後手
ガウナ君が楽しそうな回
『じゃ、宣言しておくよお嬢ちゃん。最高戦力獲ーった!』
明らかにこちらが視ている前提での、最初の勝利宣言。寒気が背筋を走っていく。
「? なんて言ってるんだ?」
ハルバはどうしてか音声が聞こえないので、首を傾げている。
「大方、こっち側の戦力を削ったことを宣言してるんでしょうね」
ーーす、すごい。
予知能力者でもないのに、的確にセブンスの言葉を当てた“お嬢ちゃん”に、ソフィアは状況も忘れて感嘆した。さすがは、天才学者、ガイアス・アドレナの娘。ぴたりと当ててきた。
「クライスさんを誘い出すために、あの門番さんが差し向けられた。先手を取られたわね。貴方のお師匠様は、どういう頭してるの?」
「……うーん、ちょっと待て」
ファニタに半眼で見られたセブンスの弟子の少年は、いそいそとナイフを鞘にしまった。途端、目を見開き、ばしっと、肩の上に乗っている手を叩く。
「心を許してくれたかと思ったのに」
叩かれた手を見て、口を尖らせるガウナ。
「なんか変な魔術掛けてないですよね?」
「掛けてないかけてない」
さっきから無視していたが、ガウナがジルトの肩に手を置いていたのはツッコミどころだったらしい。気のせいか、ジルトの目に光が戻ってきたような。わかりにくいが。
ーーなんか、おかしかったもんね。
あの門番にナイフを投げてから、妙にガウナに友好的だった。今はそれが、なくなった感じだ。
ジルトは小さく頭を振った。何かを振り払うかのように。
「そんで、師匠のことだろ? そーだな、俺から言えるのは、師匠は自信家で、人の嫌がることが大好きだってことだ」
「お前の師匠、良い性格してんなぁ」
ハルバが苦笑い。
「今も視てたけど、五分後のことが視えなくなった。たぶん、今から五分後に、何か仕掛けてくるぞ」
「五分、ね」
ファニタがまた、思慮深い光を瞳に灯した。
ーーまた、あの人が襲ってくるのかな。
ソフィアは、マッジが死んだ時以来の恐怖を思い出した。クライスが獲られた今、あの男に対抗できる人物は、いるのだろうか。
顔色の悪いソフィアをよそに、ファニタは、淡々とハルバに質問する。
「そこから先は視える?」
「いや、それは、相手の出方を見ないとわからない……いや、視える。五分後が視えないだけで」
「次に視えないのは?」
「十分後、なんだこれ、穴が空いたみたいに、五分間隔で、視えない」
「やっぱりね」
なにが、やっぱりね、なのだろうか。ソフィアは、心の中で首を傾げた。
「ソフィアさん」
「ひゃいっ」
急に名前を呼ばれて、ソフィアは飛び上がった。
「すみませんが、五分後から先、視える範囲で良いので、私たちが何を話しているか、教えてもらっていいですか?」
「う、うん、わかった……」
そうだ、ハルバにばかり頼っていられない。
ーー私も、予知能力者なんだから!
ソフィアは、黒瞳を光らせた。そして、拍子抜けした。
五分後のソフィアたちは、相変わらず応接室にいたからだ。しかも、全員無事。唯一変わったことといえば、金髪の学園長が、こちらに加わったことくらい。割られた窓を見て、怪我人はいないかなどを確認されている。
なるほど、未来のソフィアたちは、学園長に助けを求めたというわけか。
それをほっとしながら伝えれば、ファニタが難しい顔をして、「そういうことね」と呟き、立ち上がる。
「今すぐ応接室を出ましょう。クレア学園長がここに入ってくる前にーー」
「私が、どうしたんですか?」
こっ、と靴音を響かせて応接室に入ってきたのは、エベックである。彼は、応接室の惨状を見て、顔を顰めた。
「なにが、あったんですか? 先ほど窓の割れる音もしましたし……公爵も、なぜここに?」
「うそ、どうして」
助けのはずなのに、ファニタは愕然として、エベックを見る。
「これが、あちら側が規定した未来?」
エベックに聞こえないように、ガウナがファニタに囁く。ファニタは、こくりと頷いた。エベックが、そんな二人を不審げに見る。
そこまで聞いたところで、ようやく、ソフィアは理解した。
エベックは、こちらが呼んだのではない。セブンスが、彼が駆けつけるように仕向けたのである。
あの門番に、わざと窓のガラスを割らせて、大きな音を立てさせたのだ。
よって、これは、セブンスの掌中での出来事。
エベック・クレアは、必要であるから呼ばれたのだ。
ーーでも、どうして?
せっかくクライスを排除したのに、どうして襲ってこない? どうして、エベックを差し向けた?
セブンスが規定した未来であるなら、どうして五分後よりも早くそれが起こっている?
「……っ」
ファニタが、ぎゅっと拳を握るのが見えた。
「それだけじゃ、ないんですよね?」
「ええ。さきほど、音がしたのがここだと教えてくれた人がいまして」
それが、セブンスであることは、ソフィアにもわかった。
彼は、“お嬢ちゃん”によって、予知がひっくり返される前提で動いたのだ。
「……」
ソフィアは、表情を引き締めた。ここまでくると、もういちいち怖がってなんかいられない。修羅場は潜った。もう、ちょっとやそっとじゃ驚かない。
ーーでも、なんで、予知に穴が空いてるんだろう。
はっきり言って、エベックが来るという決定権なんて捨ててもいいはず。いや、むしろそんなのは回避すべき未来だ。
そのことをファニタに訊こうとしたソフィアは、ようやく、学園長という第三者が投入されたことに気付いた。魔術も何も関係のない、一般人が。
「……!」
ファニタに宣言をする前に、もうセブンスは手を打っていたのだ。
「さあ、行きましょう皆さん。安全なところへ」
ーーこの学園長の前じゃ、迂闊な話はできない。
ファニタの口は、封じられてしまったのである。
「後手後手だわ」
彼女が小さく呟く声が聞こえた。




