先制
師匠が楽しそうで楽しい
ぶつん。
突如として、視えていたものが視えなくなった。
あるのは暗闇だけ。他の予知能力者ーー具体的には、セブンスが動き出した証拠である。だからといって、
「視えない人が多すぎる。なんだ、これ」
ハルバが呆然としながら言えば、同じく暗闇を視ているであろうソフィアが、「はわわわわ」と震えていた。
「決定権が奪われまくってる……!」
「あ、やっぱこれ、決定権なんですか」
恐慌する予知能力者たち。
「なあ、どういう状況なんだ?」
そんな彼らに、ジルトが首を傾げて聞いてくる。ハルバとソフィアは、顔を見合わせた。ハルバが代表して応える。
「一寸先は闇、状態だ。正確には、一寸先から全部、お前の師匠に規定されている」
「規定って、俺たちは学園の応接室にいるくらいだろ。一体どんな、おい、ハルバ、後ろッ!」
「へ?」
ジルトの声に振り向く。ハルバは、自分を襲う影を見た。すんでのところで、ソフィアがハルバを引き寄せる。ハルバの座っていたソファの表面が切り裂かれ、綿が飛び出る。
ばくばくと鳴る心臓。自分を狙ってきた刃の持ち主は、舌打ちひとつ。
「って、え、あ……!?」
「外したかぁ、残念だ」
刃を引き抜き、男は言う。その声にはあまり聞き覚えがないが、顔には見覚えがあった。学園を守るはずの彼の顔には。
「新しい、門番、さん?」
フレッドの後任。臨時で雇われたはずの彼は、笑みを浮かべた。
「こーんな誰でも通すようなやつを、門番なんて言うもんじゃねえよ? ハルバ君」
もう一振り。今度は視えている。ハルバはソフィアと一緒に、床に転がった。目の端に映る、突き立てられた刃。どうして、自分が狙われているのか、わからない。
だが、ハルバにはわかっていることがあったーー勝った。
「ジルトッ」
「ああ!」
ジルトは、すでに鞘を抜いていた。
刃をひたりと首筋に当てられ、男はいとも簡単に両手を挙げる。
「はい、降参。近頃のガキはおっかねぇな」
「……あんた、セブンス・レイクの回し者か?」
「他人行儀なことを言うなよジルト君。おんなじ、あの人に拾ってもらった者同士じゃないか」
「おんなじ?」
ジルトがぴくりと動く。男が笑い、ハルバは吠えた。
「下がれ、ジルト!」
ジルトがナイフを構えたまま後ろに飛び退る。勢いよく引き抜いた刃の柄を、ジルトの脳天にぶち当てようとしていた男は、またも舌打ち。
「やーっぱ、予知能力ってのは厄介だなぁ。こりゃ、あの人の言う通り、どっちか殺しておかないと……」
「よ、予知能力者を殺せるわけないじゃない!」
ソフィアが毅然として言えば、それを鼻で笑う男。
「いーや、殺せる。そのために、俺がいるんだから」
不思議な威圧感を纏う男だった。
にたにたと笑って、ジルトを見据える。
「フレッドを殺すのを、邪魔させやしない。この場で一人、予知能力者を狩る」
ーーなんで、ジルトを見てるんだ?
緊迫した状況なのに……ハルバの心には、そんな疑問が浮かんだ。
「さて、どうするジルト君?」
「……それ、本当に、師匠の意向なのか」
「もちろん!」
男がそう言った途端、ハルバとソフィアは、男から距離を取る。同時、ジルトが腕を振りかぶった。
狙いを過たず、男の手から弾き飛ばされるナイフ。頬に流れた血を手の甲で拭き取り、口笛を吹く。目を細める。
「君、今どっち?」
「どちらでもないよ」
「答え、言ってるじゃん」
不思議な会話だった。男は「成果はあったかな」と呟き、窓辺に駆け寄って硝子を割った。ひらりと手を振る。
「そーいうわけで、俺はここでお暇するわ、じゃっ」
ハルバは、逃げてくれるならありがたいと思い、見逃そうとしたが……次に視えた光景によって、「待て!!」と大声で叫ぶ。
それは、彼に、男の存在を知らせる言葉。
次の瞬間、応接室の扉が、勢いよく開かれた。
「クライス」
冷静な彼の声が命じる前に、クライスは一瞬で男が割った窓に到達。しかし半歩、男に届かない。
その半歩はきっと、セブンスと二人の予知能力者の実力差だ。
あっという間に消えた二人を見送って、銀髪の公爵が「大丈夫だったかい」と気遣わしげに、
「見張りから、学園の門番が消えたという報告があってね、急いで馬車を飛ばしてきたんだ。怪我はないかい?」
なぜか、ジルトの方を見て言う。ジルトはしばらく無言だったが。
「はい、大丈夫です」
と、笑顔で頷いた。壁に刺さっているナイフを引き抜き、鞘にしまう。
「それ、前のとは違うね?」
「前のは、どこかにやってしまって」
そんな話、初耳だ。どこかおかしいジルトを、ハルバは訝しんだ。
「……そんで、一体何があったんだ?」
床に落ちた男のナイフを拾いながら言ったのは、元門番のフレッドである。
「フレッドさん! よかったぁ、まだ、殺されてない……!」
「お前なぁ」
微妙に失礼なことを言って喜ぶソフィアに、フレッドは呆れ顔。
「殺されるのはお前だろ? 俺は、それを止めに来たんだ」
「そんなの、表面上の理由ですよぉ。本当に殺されるのは、貴方なんですからぁ」
「はあ?」
行き違いが生じているようで、互いに互いを見る、フレッドとソフィア。
セブンスに狙われている二人が、期せずして、ここで出会ったわけだが……これで、何かわかるだろうか。
「なあ、どう思うアドレナさん」
「……」
「アドレナさん?」
「ハルバ、今すぐ、クライスさんを視て」
「? ああ」
声を硬くしたファニタに、ハルバは従い……ばつん! 再び、暗闇が襲う。
「はっ!?」
声を上げたハルバに、「視えなかったのね?」と確認してくるファニタ。ハルバが頷くと、ファニタが呟く。
「これ、まずいかも」
「な、何がまずいんだ?」
ファニタは、それに答えなかった。が、諦めたように頭を振って、ハルバに問いかける。
「あの人って、クライスさんより、強いと思う?」
「いや……」
強いには強いが、クライスには敵わないだろう。ジルトに後ろを取られたり、簡単に、ナイフを弾き飛ばされたり。
さっきだって、クライスに一瞬で追いつかれた。捕まるのは時間の問題。それなのに、クライスの未来は視えない。
「いちばん手っ取り早く、決定権を得る方法は?」
「それは」
学園祭で、自分がやった方法だ。
「ま、これは弱点なんだけど、いちばん信用できる方法ではあるんだよな」
赤髪の男は、気絶したクライスの首根っこを掴み、ぽいっと門番の男に投げた。
「まだ殺すんじゃねーぞ。使い道があんだから」
「うへぇ、こわぁ」
わざとらしく震える男に、セブンスは、極寒の瞳を向ける。
「ねえねえセブンス様ぁ、俺が自殺したらダメなんですかぁ?」
「お前の命には、毛ほども価値がないからダメだ」
「辛辣だなぁ」
「無駄話してないで、とっとと行け。お前もまだ使い道が残ってんだから」
「へーい」
男がクライスと共に消えるのを見送って、セブンスは微笑んだ。
「そうか、俺の相手になる奴がまだいるってわけか」
少しだけ楽しそうに、誰にともなく呟く。たぶん、視れるだろう。自分の力は、銀貨だから。
「じゃ、宣言しておくよお嬢ちゃん。
最高戦力獲ーった!」




