魔法使いは、死んでいる。
生者と、死者の違いは、どこか。
「力があるかどうか、だ」
「力、ですか」
すっかり実家のように公爵邸に入り浸っている客人は、クライスの問いに、「うん」と頷いた。
「死者は所詮死者。この世のことなんて、何一つ変えられない。降りたら負けだぜ、クライス君」
どうやら彼は、クライスの“良心”を見抜いているようだ。
「結局、人間が足掻けるのは生きてる間なんだ……あの“魔法使い”を見る公爵の目を見れば明らかだろ?」
「……はい」
演技が上手いと思っていたが、自分の主人は思ったよりも演技下手だ。よく言えば素直、悪く言えば単純。彼と握手をした時だって、いつ舞踏会のことを言い出すか、ハラハラして見守っていた。
「あの魔法使いは、生前嘘を吐きまくったからな。かわいそうに、公爵に虫でも見るような目をされてらぁ」
セブンス側も、生前のエリオットの行ないは把握しているらしい。ソフィアは結局エリオットに勝ったのだから、途中からエリオットの動向も見られていたのだろう。
「だから、あの魔法使いは、ただこの世に現れているだけ。“決定権”は、公爵にある」
「彼の予知能力は有用です。ガウナ様に情報を与え、選択肢を与える点では、力があると言えるのでは?」
「選択肢を与えるだけだよ。死者は、生者に敵わない」
なぜ彼が頑なにそう語るのか、クライスには理解できなかった。
フレッドの語る死者には、トウェル王はいなかった。生者を二人葬ったトウェル王は、果たして、力を持たない死者と言えるのだろうか。
ただ彼は、クライスのことを、この世に永く引き止めようとするように、話を続けた。
「お前が公爵を守りたいと思うんなら、馬鹿なことは考えるなよ。魔法がなくなって、魔術が残って。多少なりとも、勢力図は変化したはずだ」
これから殺されようという男は、「こんなに美味い紅茶を淹れられるんだからな」と、最後は茶化してそう言った。
「だから俺は死ぬつもりはさらさら無ぇ。先輩に、俺を生かして良かったって思わせてやる」
「殺されるのは、フレッドではありません」
嘘つき魔法使いの顔色は、青ざめていた。さて、それが演技かどうか、ガウナは考える。
「貴方が、あの男のいない時に私を喚んでくれてよかった。あの男がいたら、どう丸め込まれるかわかりませんから」
エリオットの瞳は揺れていた。
「あの男、って?」
「フレッド・シュルツのことです。先程は、あの男の手前、ソフィアを要注意人物としましたが、本当に注意しなければならないのは、あの男」
「……が、僕を殺そうとするとか?」
「違います。あの男が、ソフィアを殺すんです」
「予知能力者を殺すことは不可能だろう?」
「同じ、予知能力者だとしたら」
彼の瞳は、赤く光っていた。
「たとえば、本家の力を使ったとしたら、いかがですか?」
「そうしたら、殺せるかもしれないね?」
なるほど、ダグラスの中でも異質なハルバの力を借りれば、ソフィア一人を殺すことは、可能かもしれない。
「ソフィアがハルバ君に頼ることは織り込み済み。ハルバ君を巻き込んでアクションを起こさせることで、逆にソフィアを殺す。君は、そう言いたいわけだ?」
「……はい。現在彼らは、フレッドが殺される前提で動いています。ソフィアによって、そう思わされているんです。お願いします、ガウナ様」
胸を抑えて、魔法使いは、悲痛な表情で訴えた。
「私の同胞を、従妹を、助けてください……厚顔無恥なことは知っています。今更、こんなことを言っても、偽りにしか聞こえないかもしれません。ですが、あの子だけは」
「……僕を殺す夢を託した、あの子だけは、って?」
「……っ!」
わかりやすい人間になったものだ、表面上は。
ガウナは、エリオットの肩に手を置いた。
「顔を上げなよ、エリオット君。君の大切な人を思う気持ちは、僕にもわかるからさ。わかる、わかるよ! 大切な人を、死なせたくないんだよね?」
エリオットが顔を上げーーその表情が、凍りつく。ガウナは、深海譲りの瞳を細めた。
「賢い君は、どうすればいいか、わかるよね?」
人は、大切な人のために何でもできるが、そのかわり、知能が下がるらしい。それは、ガウナの経験談である。
まったくもって僥倖。それしか言いようがない。
「ソフィアを助けて欲しければ、僕に従え。一切の嘘を吐くな。吐いたら、ソフィアを殺す」
大切な人ができてから、というか、見つかってから、守る者の強さと弱さを知った気がする。
固まってしまったエリオットは、瞳を赤く光らせた。
「わかりました。全て、教えます」
残念ながら、人の癖は死んでも治らない。けれどソフィアの命を盾にして制限をつけたら、少しはエリオットの嘘つき癖も治まるだろう。
魔法使いとしてガウナを殺したい気持ちに、自分の夢を託した少女の命という首輪をつけた。
果たして、ソフィアこそが殺されるというのは、嘘なのか、本当なのか。
重ねて残念ながら、彼は死者で、予知能力者だ。
ガウナは、エリオットが視たセブンスの情報を、耳半分で聞いていた……。
夕日が、沈んでいく。
「それじゃ、始めようか」
赤髪の男は、誰にともなくそう言って、魔術を使った。
目指すは、ただ一つの結末。
神様が用意した平坦な道を、荒地に変えて、ひたすら石に躓き続ける、そんな結末だ。
だから、セブンスは、ソフィアにハルバを頼らせた。自分の、不幸のために。
それが唯一、この姿を保っていられる条件で……神を殺せた条件だからだ。
「……」
朝焼けにも似た夕日に、セブンスは目を細めた。
何度も何度も、事切れた母親に同じ話をしていた少年を拾った日。聖剣で、親友が殺された日。絶望と、希望が一気に襲いかかってきた日。
「もう、お前は、一人で歩けるもんな」
なんて言ってみたが、一人で歩けなかったのは、自分の方で。やっと、弟子離れできたってことかな、と自嘲する。
いや。
「もう、師匠じゃいられないか……」




