準備は整った
セルフ洗脳回
静かな場所だった。
いや。概して墓というのは、静かな場所に建てられるものではあるのだが。
人間は死んだら神の身許に行くというのが、あの愚か者どもの言。だから、死者が静かな場所で眠れるようにというのは、生者の自己満足にしか過ぎない。そのはずだけれど。
セブンスは、ソフィアに見つからないように、木の陰に隠れながら、彼女の様子を見ていた。
手に持った“左耳”からは、彼女の心が伝わってくる。
『しゃちょーのお墓、やっと、作れましたよ。本当は、あの男の心臓でもお供えしようと思ってたんですけど』
なかなかに物騒な会話である。目を閉じて、穏やかに祈っているように見えても、心の中ではそんなことを思っているのか。
『あの男の心臓、今は焼かれちゃって、ないんですよね。同僚の人たちが、密かに弔ったそうですよ。警邏局の顔に泥を塗った裏切り者なのにね』
死んだら誰でも善人になるという理論だろうか。それはどうやら、心の中でさえ皮肉げに語るソフィアにも通じる理論のようだ。
……。
セブンスは、木にもたれかかって、空を見た。久しぶりに帰ってきた王国の空は、別に、帝国の空と何ら変わりはない。故郷だからといって、特別な空だとかは思わない。
自分が感傷に欠けた人間であることを、セブンスは、よく理解していた。それゆえに悩むだろうと思っていた。自分の幸福とは、何なのかを。
だが、セブンスは、案外するりと解答を導き出せた。草色の瞳をした少年の姿が、脳裏に浮かんでいた。自分と同じ、母を亡くした少年の姿が。
親友が死んだ今、セブンスの幸福は、あの少年一人に委ねられているのだ。自分を、“理解”してくれる人間に。
だから、彼はナシで、彼女はアリなのだ。
自分がこんなに臆病だとは思わなかった、こんな、妥協するヘタレとは。
“左耳”から聞こえてくる、ソフィアの決意。ああ、アイツは好ましい。俺の“理解者”じゃないけど、“理解者”に近しい存在だ。
ジルトみたいに復讐心を心に宿し、実際従兄をきちんと仕留めてみせた。すっぱりと殺せるところはトウェルみたいだ。それでいて、踏み台でしかないラミーのことを心配する優しい面もある。
先ほど喫茶店で食べたパフェの味が、舌に蘇ってきた。子供みたいにはしゃぐソフィアは可愛かった。まるでジルトみたいに、少しずつ少しずつ味わうように食べて、いちいち、この苺の酸っぱさが、クリームの硬さがだのと、ご講釈を垂れてくれた。
ーーいや、違うな。
セブンスは、頭を振った。比較はだめだ、これでは成功しない。
セブンスは、注意深く、ソフィアの心の声に耳を傾けた。彼女は、もう一人の死者のことについての不安を吐露していた。自分に血を分けてくれただけの女のことである。
「みつけた」。セブンスは、目を瞠った。
ーーアイツと俺は、おんなじだ。
途端、堰を切ったかのように、彼女を愛おしく感じてきた。風習に雁字搦めになってしまった、可哀想な女から生まれた者同士。そんな可哀想な女の手から離れた、不孝者同士。
口の端が、自然と吊り上がった。かちりと、何かが嵌まる音を、たしかに聞いた。
わざと、近くに落ちている枝を踏む。
ソフィアが飛び跳ねんばかりに驚いて、きょろきょろと首を回す小動物のような動作をした後、「あ!」と声を上げる。
みるみる羞恥に染まっていく顔に、セブンスは「しまった」という顔をつくったあと、取り繕ったように、にやけた顔をつくる。
「みずくせえな。俺も、誘ってくれれば良かったのに」
「泣いちゃうかもしれないと思ったんですよ。久しぶりに、しゃちょーに向き合って」
“左耳”が拾ったとおりだ。素直に自分の本心を教えてくれるソフィアに、セブンスは頬を緩めた。そんなセブンスの顔を見たソフィアは、なぜか視線をそらした。“左耳”は、その答えを教えていたけれど、セブンスは無視した。自分の容姿の良さはわかっている。
ソフィアの目線の先にあるのは、あの魔女が住まう王城だ。彼女は、風に嬲られた髪を耳にかけた。意志の強い瞳が、森に囲まれた城を睨んだ。
「でも、泣けなかった。きっとまだ、やることがあるんです、私には」
「……そうだな」
「行きましょう、セブンス様。魔法使いの誇りにかけて、今度こそ、魔女を退治してみせます!」
空元気というやつだろう。セブンスに余計な心配をかけないように振る舞うその健気さは、セブンスの胸をじんわりと温める。
ーーあと、こいつのやりたいことは。
母親の墓参り。美味しいものを食べたい? 良いだろう。すべて、叶えてやる。
ーーお前の願いを、すべて。
『あとは、もうちょっと素直に笑ってくれたらなぁ。絶対、格好いいんだけどなぁ〜』
誰のことだろうか。セブンスが首を傾げていると、視線を感じた。
「……何?」
「べつに?」
『ジルト君に会ったら、この人ももう少し素直に笑えるのかな。その時までお預けだな』
……人っていうのは不思議だ。悪意だけでできていると割り切れば、そうでもなかったりする。だからといって、信用すれば裏切られる。
だからセブンスは、神の左耳を手に入れた。これから会う男には、絶対に必要なものだったからだ。
だが、これを手に入れたことにより、ソフィアの本心もわかるようになってしまった。彼女の心は、思ったよりも綺麗だった。自分と同じ不孝者。けれど、自分と違って、肉親の死を悲しく思っている……自分にないものを持っているのは、やはり眩しい。
愛情と、羨望。これらがあれば、十分だろう。
眼下に広がるは、王都の街並み。一年と三ヶ月。自分は、ここに、帰ってきた。
ーーああ、殺せるなら、万々歳だ。
聖剣と化したナイフには、幾重にも魔術をかけてある。あの魔女を苦しみ、悶えさせながら殺す魔術が。
「フレッドさんは、無事、公爵に接触できたみたいですよ!」
「そうか、それは良かった」
「まあ、公爵は疑ってますけど……これで、準備は整いましたね」
「ああ、準備は整った」
あとは、殺すだけだ。




