固めて解して、理解して
おや くらいすのようすが
挨拶なしに辞めるのはどうなのかと思ったが、なんやかんやで学園勤めが好きだった自分を認めざるを得ないことになるし、未練も残るので、すっぱりと学園から去ることにしたのである。
「理由? 簡単だよ。もう、あの人についていけなくなったんだ」
あの人とは誰かと聞かれて、フレッドはこう答えた。
「セブンス・レイク。セント・アルバート時代の先輩でね。恩があるんだけど、さすがに、あの人は人道を外れすぎた」
人道を外れ過ぎてないことなんてあるのかと問われて、フレッドは苦笑い。
「たしかに、先輩は手段を選ばないけど……今度という今度は愛想が尽きた。なにせ、罪も何もない女の子を、殺そうとしてるんだから。ほら、あんたらも知ってるだろ? ソフィア・アルネルト。あの子は、先輩に騙されてるんだよ」
どうして殺すのか。
「魔術を得るため。あんたらもご存知の通り、魔法が使えなくなった今、もっとも強いのは魔術だ。セブンスは、海の底で眠ってる神様の力を強制的に引き出すために、ソフィアの魂を生贄にしようとしてるんだ」
どうして、こちらにそんなことを教えるのか。
「化け物を倒すためになりふり構わなくなるやつも、また化け物なんだよ。本末転倒ってヤツだ。俺は、先輩を止めたい」
幸福感を感じながら邸に帰ってきたガウナを出迎えたのは、忌々しき学園の元門番である。クライスを意地でも学園に入れなかった元門番である。
何か事情を知っているとは思っていたが。まさか、セブンスの後輩だとは。
「君のことは、十分に調べたつもりなんだけどね」
「先輩はトウェル王以外に友達いないぼっちで通ってたからな」
後輩だということを、信じる信じないは別として、セブンスの手を離れた瞬間好き勝手言うフレッド。本人がいたら、指パッチンで殺されそうである。ガウナは、溜め息を吐いた。
「僕のところに来ないで、ジルト君に泣きついたらよかったのに。愛弟子の言うことなら、なんでも聞くだろう、あの人は」
信じられない話だが、葬儀の時や、料理店で見た、あの甘やかしっぷり。セブンス・レイクを堕とすなら、自分よりも、ジルトが適任だと、ガウナは思う。
フレッドは、真顔で首を横に振った。
「いや、それを言うと、俺が本気で殺される」
「殺されるんだ」
と、言ってしまったが、なんとなくそれが想像できた。
ガウナがジルトに情けないところを見せたくないように、セブンスもまた、自分の汚いところを見せたくないのだろう。いやはや、あの、出会い頭に人を生き埋めにしようとした男のなんたる成長か。
「でも、よかったのかい? 自分で言うのもなんだけど、頼る相手を間違えてないかな」
ガウナは自信がある。セブンスよりも、多くの屍を積み上げる自信が。
「……赤の他人が、誰を殺そうが、どうでもいい。愛想が尽きたと言ったが、あれには少しばかり間違いがある。俺は、先輩が、ソフィアを殺すところを見たくないんだよ」
赤の他人扱いされて、ガウナはひきつり笑いを浮かべた。あの先輩にしてこの後輩あり。こちら側の陣営に来ようとするなら、もう少し媚びればよいものを。
「先輩に手を汚してほしくない。だから俺は、アンタに着く。薔薇の魔女であるアンタなら、最後まで悪役を貫くことは、簡単だろ?」
簡単に言ってくれる。人を悪側であると決めつけるなど、極めて不快である。
だが。
「そういう“良心”もあるんだね」
かつて、ゴート・アゼラ伯爵に、人の内面を理解しろと説いたことがある。人に説いた以上は、自らも、未知の感情に阿ってやる必要がある。
そう、未知の感情に、だ。
冷えたものを感じながら、ガウナは穏やかに微笑んだ。“自分には理解できない感情”を、“良心”として、処理した。
「良いだろう。君の案に乗ってやろう」
そうはいっても、使えない情報ばかりを寄越されている、ということは理解していた。
「まあ、十中八九罠だろうね」
フレッドが帰った後、ガウナは、クライスと、フレッドの狙いについて話し合った。
「彼の話では、僕を倒すためにセブンスが暴走しているという話だった。嬉しいことに、稀代の魔術師様は、僕を買い被ってくれているらしい」
でも、と、ガウナは瞳を眇めた。
「彼の暴走を止めるために僕に味方するなんて、それこそ本末転倒だ。そうだろ?」
「はい」
紅茶を注ぎながら、クライスが頷く。
「しかし、差し出がましいことを申すならば、私は、大切な人が不本意なことに手を染めるのを嫌う気持ちは、理解できます」
「大切な人?」
ティーカップを持ちながら、ガウナはクライスの顔を見た。あまり表情はわからない。
「たとえば、ガウナ様が、ジルト様を手にかけることが挙げられます」
「そんなことは、死んでもしないけどね。だけど、なるほど」
これで、無理に“良心”にあてはめていたものが解れた。
「つまり、相手が嫌だと思うことを推察しているわけだ」
道理で理解できないわけだ。フレッドの話を聞いている時、ガウナはジルトのことを当てはめていたのだから。
言い換えれば、それは、自分が見たくない姿。相手に求めるものがはっきりしていることの表れである。
ガウナは、正直、ジルトが人を殺そうがなんだろうがどうでも良い。あの瞳が全てを赦してくれるなら、自分も全てを赦す気でいるからだ。
「まあ、罠だとしても、おかしな点はあるね。わざわざソフィアの存在を教えてくれたところとか」
予知能力者は強力な手札だ。フレッドがセブンスの味方であるとして、彼女の存在を知らせることはしないはず。
ーーそれとも、これは、切り捨てて良い情報だったりするのかな。
それにしても、重要すぎる情報だ。
「どうして、わざわざソフィアの存在を仄めかしてきたんだ……?」
急に舞台に上がってきた亡霊の存在が、ガウナは気になって仕様がなかった。予知能力者を殺すなんて話も変だ。それこそライケットのように、自殺同然のことをしなければならない。
セブンス、ソフィア。彼らがいるはずの帝国。考えなければならないことは山積みだが、これでひとつ、はっきりしたことがある。
ーーやっぱり、エリオット君は嘘つきだったな。
セブンスの関わりを即座に否定した彼は、きっと、あの時に、視えていたのだ。神を殺したセブンスと、ソフィアが一緒にいるところを。
死してもなお、魔法使いの子孫としての責務を、ソフィアに託していたんだろう。
まあ、これも“良心”にカテゴライズされるわけではあるのだが。
「前途多難、だねぇ」
あらゆる意味をこめて、ガウナは苦笑した。
そんなガウナを、クライスが、“良心”を込めた瞳で見ていた。




