女王陛下と悪意のお茶会
何者にも尊大な態度を崩さないユバルは、今、恐縮していた。
なぜかといえば、幼馴染のニェルハの命を、目の前の女王陛下が救ってくださったからだ。学園祭で、ニェルハがしたことは、いくら外国人とはいえ、その場で処刑されてもおかしくないことだったのである。
だが、ニェルハは処刑されず、ユバル達同様、賓客として、王城に招かれることになった。
ユバルは、この寛大な女王陛下に、いたく感謝した。あの悪辣な副大統領と刺し違えてでも、王国には指一本触れさせまい。そんなことを、決意し直していたのだが。
「あっ、リルウ陛下ぁ!」
ずっこけたままのユバルは、瞬時に体勢を立て直し、駆け寄るニェルハの首根っこを掴んだ。
「おいお前、なんでそんなに親しげなんだ? お前がやろうとしてたこと忘れたのか?」
「……良いのですよ。ユバル殿下。彼女は私の大切な話し相手なのですから」
「ほら、ほーらっ」
女王陛下からのお墨付きをもらって、「どうだ」という顔をするニェルハの額に、ユバルは一発指をくれてやった。仕方なく手を離すと、ニェルハがリルウの元に駆けていく。
「わぁ! 美味しそう! ありがとうございます陛下!」
「ふふ、良かったわ。ユバル殿下も、ターゴ殿も、こちらにいらしてくださいな。さきほどの、続きを話しましょう?」
お菓子、というのは、リンゴを薄く切って、一枚一枚をずらして飾り付けしたアップルパイのことである。
ユバルはそれを一つ手に取り、目を瞠る。
「綺麗ですね」
「ふふ、そうでしょう?」
リンゴは煮てあるのだろうか? 果肉まで赤色に染まり、照明にきらきらと輝いている。まるで、
「どう? ニェルハ。これ、お兄様は喜んでくれると思う?」
「見た目の綺麗さもそうだけど、味も美味しいので天使ちゃんも、きっと喜びます!」
ーー天使ちゃん? お兄様?
ユバルは、首を傾げた。ターゴも同様。二人して顔を見合わせる。
「あの、陛下。先ほどからおっしゃっている、お兄様という方は」
「あら、殿下も会われているはずですよ。ジルト・バルフィン。灰色の髪の素敵な方ですわ」
リルウが、うっとりとした様子で言う。
灰色……珍しい髪色だ。珍しい髪色?
『あんたら、悪い奴らじゃなさそうだから、やる。今日の俺は、人に親切にしたい気分なんだ』
ユバルの脳が閃いた。
「ああ、あのときのしょみ」
「ストップ」
ターゴに口を塞がれ、ユバルは、気付いた。にこやかに笑うリルウから、圧が漏れていることを。
「あの時の、とても親切な好青年ですね」
「そう、世界一素敵でかっこよくて私の夫になる予定のお兄様のことです」
一部妄想が入っている気がしないでもない。
ーーていうか、あいつ、女王陛下と知り合いだったのか!?
あの不審者を見るような目でユバルとターゴを見てきた庶民が? 気まぐれで串焼きをくれた庶民が?
「……あ」
ユバルは、そのときのことを思い出して、それから、さきほどのニェルハとの会話を思い出した。
ーーたかがパンひとつで。
そう思っていたのに、自分も似たり寄ったりなことに気付いてしまう。
たかが串焼き一本で、王国の味方をしようと思ったんだから。
「私も、人混みの中でうずくまってたら、天使ちゃんにワッフルをもらったの! 良いでしょ?」
「お前、なんでもかんでも貰うなよな……」
もしも毒が入ってたらどうするんだ、という言葉は飲み込んだ。なんやかんやで自分も串焼きを食べたからだ。
ニェルハが、そんなユバルを見て微笑んだ。
「ね? “分け与える”って、素敵なことでしょ?」
「あぁ、そうだな。そこは認める」
ユバルは、パイ生地にかぶりついた。ほのかな甘味が口の中に広がった。
「でも、俺ははっきし言って、お前の上司のやり方は気に食わねえ。なんつーか、アイツは、必死に生きようとしてねえんだよ」
「レデン・アーウィッシュ副大統領のことですわね」
冷え冷えとしたリルウの声。
「戦後の混乱期に、共和国に亡命したと聞いています」
たしか、目の前の女王陛下は御年十歳だから、彼女が生まれる前の話になる。
「どうして、彼が亡命したかは私も聞き及んでおりませんが……」
たしかに。それは、共和国とて同じである。彼は秘密主義者で、反乱することもなく、スェル大統領によく尽くしているということしか、ユバルは知らない。
「王国に恨みでもあるのでしょうか?」
「さ、さあ」
小首を傾げながら言われても、知らないものは知らないのである。あの副大統領の腹の中は、うまく読めない。ユバルという権威の残り滓を崇める派閥を放っておくことも、その副次効果で、王国派と帝国派の対立構造を作り上げたことも。
ーーわざわざ、自分の敵を作るなんていかれてる。
それこそ、ニェルハに言った通り、内戦の火種をばら撒いていると思われても仕方がない。
甘酸っぱい味を十分に味わってから、ユバルは瞳を細めた。
「それで、女王陛下。外圧をかけるとは? ことによっては、俺たちは貴方の敵にならなければなりません」
ユバルとて、共和国民だ。リルウが寛大な心を持っているとはいえ、共和国に牙を剥くとなれば話は別。いくら恥知らずと思われようが、祖国は守るつもりだ。
警戒するユバルに、リルウは、あくまでも穏やかに言った。
「そうね、まずは貴方に、王国民になっていただこうかしら?」
……この国には、とある御伽噺があるらしい。
悪い魔女が英雄に討伐されて、その英雄はお姫様と結ばれるという、どこにでもあるような話。
魔女は、決められた悪役だ。英雄への恋慕から、人々を焼き尽くす魔女は、しばしばお姫様と対比される存在である。
恋愛という内輪の出来事は、国じゅうを巻き込んだ殺戮に繋がったが、同時に、国民の心を一つにすることにも貢献した。
「わざわざ、共和国の仮想敵になってくださるのですか、リルウ陛下は」
ターゴが納得し難いような表情で言う。ユバルは、自分の部屋のベッドに寝転びながら、「うーん」と唸る。
「たぶん、違うと思うんだよなぁ」
脳裏に浮かぶは、さきほど食べた菓子である。あの菓子の上に乗っているリンゴは、何かの形に似ていた。幾重にも重なった花のようなそれは。
「ああ、そっか」
どうして、リルウがそれを食べたのか、そして、共和国民たる自分達に食べさせたのか。
よくわからないが、あれは多分、彼女ではないのだ。
「あれは、薔薇だったんだ」




