外(交)圧
幼馴染は良いものです
ラーナ・ナーヤの全体像が、遠くに見えるようになった頃。照りつける日差しに辟易しながら、そういえば、こんなに長く歩いたのは久しぶりだと、セブンスはふと思った。
それは、ソフィアも同じらしい。セブンスの変わりように然程驚かなかった彼女は、項垂れながら後をついてくる。
「うぅ〜私は足で稼ぐタイプの新聞記者だったのにぃ、お城でのんびりお菓子とか食べてたから、歩き方を忘れちゃいましたぁ〜」
「俺も似たようなもんだよ」
“抜け穴”があると、どこにでも行けるようになるから、馬車も徒歩も必要ない。今のソフィアのように、まさしく、“歩き方を忘れる”のである。
どこぞの教祖が聞いたら憤死しそうな考えだが、セブンスはそう思っていた。
ーー魔法はダメだ。人の身には過ぎてる。
人が扱えるものではない。あれはただしく、神の物でしかない。人を不幸にするものでしか。
「ま、これはこれで良いんじゃねーの?」
夏の空、青い山々。蒸し暑い熱気を感じるのも、たまにはいい。
「町に出たら、どっかの店にでも入って涼もうぜ」
「賛成です!」
途端に目を輝かせるソフィア。単純な彼女は、両拳を握った。
「そうと決まれば、早く行きましょうセブンス様! 甘味が、私たちを待ってます!」
「へいへい」
さきほどの疲れ切った様子はどこへやら。ソフィアがテンション高く走り出す。その背中を、どこか眩しそうに見ながら、セブンスは呟いた。
「……やっぱり、お前にして良かった」
共和国議会は紛糾。
その理由は、ラグノマ・スェル大統領が、帝国との戦争を議案に持ち出したからである。
といっても、最近ユバル王子が、王国のマルクス財務大臣と締結した資金協力によって、共和国が王国側に着くという予想は、誰もがしていたことであったのだが。
問題は、スェル大統領の背後に、誰がいるか、なのである。
とある議員は言う。
「あの狐、尻尾を見せたな。これだから王国民は信用できないんだ」
それを受けた議員も、頷きながら、
「親帝国派というのは嘘だったな。亡命も、祖国の命令だろう」
俎上に上がっているのは、誰あろう、疑惑の副大統領であるレデン・アーウィッシュ。
内部の者の誰が殺されようと、大樹の栄養分になるという、ある種おおらかな考えを持つ共和国民だが、ユバルがリルウ達に説明した通り、外部の者には厳しいのである。
そんな特性を持った共和国において、なぜか外国人であるはずの彼は、副大統領を務めているのだ。
それは。
「しっ、こんなことを言っていたら、狼に殺されるぞ」
「だが、狼は今王国にいると聞いたぞ」
「いずれ呼び戻されるさ。暗殺に失敗したとしても、ユバル王子陣営への牽制になるからな」
狼とは、レデンが飼っている暗殺者のことである。レデンが戦場から拾ってきた、小柄な少女。通常の暗殺者を犬とするならば、彼女は狼と呼ばれている。犬が数十匹で一人を殺すならば、青い目の一匹狼は、一人で数十人を殺せるからだ。
「副大統領も、良い拾い物をしたものだ。これも、あの力のせいかね」
「本当にそんな力が存在するかは疑問だがな。あの男が今まで死なないでいられたのは、あの力があってこそだよ」
彼らが噂しているあの力、というのは、レデンが持っていると言われている予知の力だ。王国民という外部の人間でありながら、今まで排除されずにここまで上り詰めたのは、レデンに予知能力があるからだ、と言われている。実際、暗殺者を差し向けても、そこはもぬけの殻、もしくは、狼が手ぐすね引いて待っているとか。
「強い駒に、あるかもわからんが予知能力。これだけあって、どうして副大統領という地位に甘んじているんだか」
「やろうと思えば、ここを王国の領土にすることだってできるだろうにな、ははっ」
彼らの話していることは、正解である。だが、前提からして間違っているのだ。
「逆だよ」
大統領室の地下。レデンは“神の左目”を転がしながら、微笑んだ。
「私は、王国を殺したいんだ」
その蒼い瞳には、憎悪がこもっている。
「どうせ、私は幸福になれないから」
ユバルは、幼馴染の胸ぐらを掴んだが、あっけなく腕を取られて、自分が床に沈む羽目になった。
激しい音がする。ターゴが、「王子、ニェルハ殿には敵わないのですから、言葉で説得を」と、額に手をあてながら言う。
ユバルは、苛々しながら頭を掻き、ニェルハの腕から抜け出した。
学園祭で丸くなったかと思いきや、こうだ。ここは共和国じゃない。一歩間違えば、自分の命がなくなっていたというのに、ニェルハはまだ、あの腐れ副大統領を信じるのだと言う。
「いい加減にしろよニェルハ。アイツに着いてったとして、平和な共和国なんてのは絶対に訪れない。お前、騙されてんだよ」
久しぶりに会った幼馴染に、こんな言葉をぶつけたくなかった。もっと、お互いに抱きしめ合って、あの時はごめんと謝りたかった。あの時手を離してごめん、と。
ーーそれもこれも、こいつが強情なせいだ!
たかがパンひとつで忠誠を誓いやがって。飢えは人を短絡的思考に追い込むのだ。
「アイツが親帝国派をぶち上げたせいで、共和国は二分された。お前の大嫌いな内紛の火種を自ら撒いたんだぞ、アイツは」
「アイツアイツって、レデン様のことを言わないでよ。あの人は、最短距離を選ぼうとしていただけなんだから」
「出たな、最短距離」
その最短距離は、帝国と王国の差。あまりにも消極的な作戦を、ユバルは好まなかった。
「対王国戦の方がぱぱっと終わる。傷つく奴らは少ないとかいうふざけた理論だろ? そんな無様な理論、共和国民が納得すると思うか?」
「納得するかどうかじゃない。納得させるのよ。実際に戦争することが大事なの。内紛なんてやってる暇じゃない。外にはすごい敵がいるんだってわからせるの」
「そんで、おてて繋いで仲良くなってパンを分け合うってか。くっだらね」
「そうでもしないと、共和国の馬鹿は治らないでしょ」
ニェルハが、泣きそうな瞳で言う。あの時とそっくりだ。
必死に手を伸ばす幼い彼女の幻覚を見て、不覚にもユバルは、動揺してーー
ばたん! と扉が開かれる。
「ニェルハ! 美味しいお菓子を持ってきたの! さぁ、今日もお兄様の素晴らしさについて語ってーーあら?」
あまりにもフランクに入ってくる女王陛下に、ずべっと床にずっこける。
リルウは、紅い瞳を丸くして、「あら」と口元で手を隠す。
「おじゃまだったかしら?」
まさか、女王陛下をおじゃまとは言えるはずもなく。
「ところで、扉の外まで声が聞こえていたのだけれど」
などとかましてくる、幼き女王陛下はーー
「要は、外圧をかければ良いのよね?」
彼女の父親そっくりの、胡散臭い笑みをしていたと、ユバルは思う。




