裏技
師匠は本作中いちばん性格が悪いです。
身の丈ほどの大きな剣を振り回し、ラミュエルは、「ふむ」と顎に手を当てた。
「魔法が使えなくなっていますな」
ぶんぶんと剣を振っても、炎も氷も、雷も出ない。普通の風切り音がするだけである。さて、これはどうしたことか。
「セブンス様とソフィア殿に聞こうにも、お二人とも王国に出張中で御座いますし」
先程のことである。ラミュエルは、一瞬、全身の力が抜け落ちるかと思うほどの脱力感に襲われた。それと共に、心臓から作られる血が、まったく違うものに変えられた感覚。正しくは、「戻った」感覚である。
庭に出て、剣を一振りすれば、案の定。親王国派の裏切り者たちを処刑して得た魔法が、すっかりなくなっていた。
「はて、これはどういうことでしょうか」
いずれは愚かな家族を説得して、帝国軍に魔法を普及させるつもりが。一番槍の自分が使えなくなっては、元も子もない。
途方に暮れるということは、長らくしてこなかったが、このときラミュエルは、久しぶりに途方に暮れた。
遠い王国の空の下。そこにいる赤髪の少女を思って、ラミュエルは、胸の前で両手を握る。
「セブンス様……どうか、ご無事で」
ラーナ・ナーヤの宿で待っていたソフィアは、てくてくと、赤髪の男の跡をついていく。
「でも、本当によかったんですか、セブンス様。これでラミー様は魔法を使えなくなりました。魔女の方も、神様の死は察しているでしょうし、抑止力が一つなくなったことになりませんか?」
「いいや、これで正解だ。俺はハナから、アイツのことを抑止力なんて思ってねーよ」
レオンくんは知らんがな、と鼻で笑うセブンス。幼女の時にはその皮肉げな言動も笑っていられたのだが、こうして本来の姿を取り戻した後では、それも笑っていられない。彼の低い声は、どこまでも冷たく聞こえた。
「最後の砦だって、言ったのに……」
はじめて会った時のことを思い出す。帝国をけしかけて、国ごとガウナを潰すのが最終手段だと思っていた。その最後の砦をあっさり手放したことに、ソフィアはモヤモヤしたものを感じていた。
「帝国には、戻らないつもりですか?」
「そうだな。今度の居候先は、共和国だ」
セブンスが、神の右目を宙に放り投げながら言う。まるでどこかの山からとれた鉱石のようだが、彼によると、これは神様の目玉らしい。ラーナ・ナーヤで殺した神様から、抉り取ったもの。
「……!」
あまりにも冒涜的だ。ソフィアは、込み上げる吐き気を抑えることができなかった。と、同時に、最近理解してきたことを、心の中で反芻する。
「“この人は、ひどく不安定だ”ってか?」
今まさに考えていたことをぴたりと当てられて、ソフィアは固まった。
「“どうして?” そうさな、これのおかげだよ」
セブンスは、ソフィアに何かを投げてよこした。そのぞんざいな扱いっぷりは、目玉の比ではない。
投げられたそれを反射的に受け止めたソフィアは、ひゅっ、と息を吸い込んだ。
「血は止まってるから安心しろ。もっとも、神様の血だ。拝んどいても損はないぜ?」
それは、左耳だった。ちょうど、十歳を超えたばかりの子が有しているような、かわいらしい大きさだ。
「……神様って、どんな姿をしているんですか?」
「お前が想像してる通りだよ」
ソフィアの両手から耳を受け取りながら、セブンスが笑う。
「そこらにいるクソガキみたいなやつだ」
そんな少年を、躊躇いもなく殺したのである。目を抉り取り、耳を切り離し。
虐殺も同然ではないか、と思ってしまう。
「それくらいしないと、あの魔女には勝てないからな」
言い訳のように、セブンスがそう言って、
「お前はずいぶん優しくなったな。俺は嬉しいよ」
ちっとも嬉しくなさそう? いや、嬉しいけど、悲しいという顔だ。
「お前を失ったら、俺はきっと悲しくなるだろうと思う」
どこか遠くを見ながら、セブンスはそんなことを言った。それがいたたまれなくて、ソフィアは話題を変える。
「と、ところで! どうしてラミー様に魔法を教えたんですか? 魔法じゃなくて、魔術を教えたら、神様が死んでも使えるし、多少の脅しにはなると思うんですけど」
少しの沈黙。
「……ラミーはとっくに、大切なものを喪ってるからだよ」
「どういう、ことですか?」
「十一年前、トウェルがラミーの姉を殺した」
ごくり、とソフィアは唾を飲んだ。はじめて聞く話だ。
「アイツのことだ。うまいこと帝国に取り入って、ボンクラどもをだまくらかして、王国に刃が向かないようにしたんだろうな」
「けっこう美化してません?」
「そうだな。ま、そういうわけで、ラミーが魔術を覚える機会は無くなったってことだ」
「どういうわけなんですか」
ちっともわからない。ソフィアは頬を膨らませた。セブンスが、ちらりとソフィアを見て、また視線を戻した。燃えるような赤い髪が、日に照らされている。
「……神は人に、魔法を賜うた。それは、遊戯のためである。そして人は不幸になった。大切なものが、見えなかったからだ。神に与えられたものは魔法、それを発展させたのが魔術だ」
それは、なんとなく理解している。以前に聞いた魔法と魔術の違いを含めて、人が魔法を発展させたのが魔術なのだと。
「神様は一度殺された。けれど魔術は、細々とだが生き残った。愚かな人間は、死んだ神様と繋がる裏技を開発したからだ」
「裏技?」
「それが、ラミーがもう魔術を使えない理由。最愛のレーナ姫が、トウェルに殺された時に、レーナの魂を使って契約していれば、奴は魔術を使えたんだ。だけど、その時は過ぎ去った」
「魔術を使う裏技って、まさか」
「そうだ。殺された大切な人の魂を使って契約すること。目利きのディーチェルは、それもわからないで、片っ端から殺させたみたいだけどな。稀代の名工ブラウ・オクタビスは、長男を殺された時に覚醒し、聖剣を鋳直すことに成功した」
つまり、彼は魔術師になった。
セブンスはそう言って、伸びをした。
堅苦しい話はおしまいだとでも言うように、ソフィアの頭をぽすぽす叩く。
「せっかくだから、共和国に行く前に、マッジ・ホープの墓でも作ってこうぜ。それと、お前の母親の墓にも寄ろう」
願ってもないことだ。ソフィアは勢いよく頷いた。あともう一人、黒髪の彼が頭を過ぎる。
『ダグラスとして、魔女を討て』
彼の最期の言葉を思い出して、思い直す。
彼の墓参りは、もう少し後にしよう。




