しあわせと不幸
彼が死ぬまでの話です
ぱちぱちと、やる気のない拍手が室内に響いた。
「おめでとうございます、ついに真実に辿り着いたんですね」
死んだ目の行政局員は、「早く帰らせてくれませんか」と低い声で呟いた。生前の彼の慇懃無礼さからは信じられない、あからさまに面倒臭そうな表情。
なるほど、こうしてみると、彼もまた、あの男の血を引いていることが感じられる。
しみじみとしているガウナの表情を見て、彼は、がしがしと髪を掻いた。
「……それで? お、私を呼び出したのは、いったいどういう了見ですか? 貴方の初恋の正体を教えずに死んだ、私へのあてつけですか?」
「それもあるんだけどね」
「あるんかい」
神様からのツッコミに、ガウナは大きく頷いた。正直言って、ジルトの正体をわかっていながら死んでいった“恩人”達を呼び出して、ざまあみろと言いたいのは事実。だが、海千山千の百戦錬磨の彼らにかかっては、嫌味を言われてコテンパンにされ、せっかくの幸せ気分に水を差されるのも事実だ。
「だから、僕が唯一勝てるだろう君を呼び出してみたんだ……と、冗談はそれくらいにして」
ガウナは、室内の時計を見た。五分というのはやはり短い。
「君の力を借りたくてね」
「は、私の?」
「そう。僕の近くにいながら、僕の初恋の正体を知っていながら、僕にそのことを教えずに悦に浸っていたエリオット君が、少しでも人並みの“良心”を持っているのなら、協力してくれるよね?」
「そういうところですよ」
諌めるように言う局員、もといその中身は、この前死んだエリオット・ノーワンである。
「それで、私は何を視れば良いんですか?」
さすがに話が早い。協力してくれるようで、何よりだ。
「うん、ジルト君が、今どこにいるのかを視てほしいんだ」
「……」
「変な意味じゃなくてだね! クライス、説明して」
「ディーチェル公爵とラテラ様の手によって、ジルト様が連れ去られました。王都の中心部まできたところで、馬車が突然消えました。おそらく、ディーチェル公爵の能力によるものと思われます」
「……認識阻害ですか、なるほど」
チェルシー様は、公爵になることを選んだのですね、と感慨深く呟く。
エリオットは、瞳を光らせた。今更だが、この器は黒瞳ではないので、なんだか変な気分だ。そして、あらゆる光を吸い込む黒瞳でないからこそわかる……この一族は、能力を使う時、瞳が赤く光るのだと。
「……王都の外にいますね。このまま向かうとすれば、たぶん、ああ、やっぱり」
エリオットは、穏やかに笑った。
「よかったですね。ジルト様が海から帰ってきたら、感想を聞くといい」
「……」
告げられた予想外の場所に、ガウナの時は一瞬止まった。してやったりという顔をするエリオットは、固まるガウナを素通りして、ペルセを見た。
「ところで、アウグスト公爵。この『アッカディヤの魔術儀式』は、魔法と魔術、どちらに分類されるのですか?」
「魔術儀式というからには、魔術に分類されると思うよ」
「それならよかった」
何が良かったのだろう。それを聞いても、エリオットは微笑むだけ。
「もう少しで五分ですね。ここに引っ張り出された時は、早く帰りたいという気持ちに溢れていましたが、お別れとなると、悲しくなるものです」
「それ、本心から思ってる?」
「勿論。あちらには、何もありませんから」
「……君は、カルキ・ダグラス外務大臣に会えた?」
「ご想像にお任せします」
「天国は…………地獄は、あるのかな」
「それは、向こうへ行ってから。意地悪がすぎましたね」
「本当だよ」
何一つ教えてくれないところは、生前とそっくりじゃないか。
ガウナの不満が伝わってきたらしい、エリオットは、困ったように笑った。
「これは、善意からですよ。生前とは違って、私は、貴方に幸せになってほしいと思っているのですから」
「それ、君のご先祖さまにも言われたよ」
あちらは、ヤケクソな命令だったけれど。はじめてレオンと会った時のことを、ガウナは思い出した。やはり、善意は苦手だ。どう扱っていいか、わからない。
「名前を呼べとも言われた。僕の中のローズはそれをわかっているけれど、僕にはわからない」
「それが答えですよ」
エリオットは、目を閉じた。
「運命に克つのではない、運命を」
どさりと、行政局の局員が床にくずおれる、その前に、ガウナは彼を受け止めた。すうすうと、規則正しい寝息が聞こえた。
時計を見ると、五分が経っていた。
「答えは見つかったか?」
ペルセがそう、話しかけてくる。ガウナは、彼を床に横たえた。
「それはなによりだ」
何も答えないのに、ペルセはにっこりと笑った。神様は全てお見通しだ。
「さて、俺はちょっと出かける用があるから、ここで失礼するぜ」
「君は、僕をエリオット君に会わせるために、ジルト君の場所を教えなかったのかい?」
「さてね、俺はこのクソゲーを、もっと楽しいものにしたいと思っただけだよ……結果はわかりきってる、だけどお前なら、変えられるかもしれない」
消える瞬間、ペルセは凄絶に笑った。
「だから、足掻けよ人間。次の時には、俺に、このクソゲーを作って良かったと思わせろよな」
(彼が丸めて捨てた原稿その四)
魔法使いは、お姫様と手を組んで、たくさんの信心ぶかい人たちをころし始めました。
教会の土地には、いくつもの十字架がたち、いく人もの人々が火炙りにされました。
全ては、英雄をよみがえらせるために。失った魔法使いの幸せを、取り戻すために。
(彼が燃やした原稿、つづき)
踏み躙っただけじゃない、俺は、自分の願いのために、沢山の人を殺した。
だけど、それは意味がないものだった。弱体化した神様を聖剣で殺して手に入れた右目は、がらくた同然で。
「どうして、俺にこのことを教えたんだ?」
俺を見るのは、燃え盛る炎にも負けない、赤い髪を持つ男。その男は、温度を感じさせない瞳をしていた。
「簡単さ。俺にも、叶えたい願いがあったからだ」
男は俺に「悪かったな」と謝って、俺が地面に叩きつけた神様の右目を拾った。
「それを、どこに持ってくつもりだ?」
「どこか遠くに」
「お前の願いは、何なんだ?」
「しあわせになりたかった。けど、そんな上手くいくもんじゃねえな」
男は右目を地面に置いて、靴の裏で踏みつけた。何度踏みつけようとも、赤い目玉は、潰れることがなかった。
「だから、不幸を押し付けようと思うんだ」
それは、懺悔だった。どこか遠くを見て、男は呟いた。
「なくせないのなら、誰かに」




