出身地
(彼が丸めて捨てた原稿その一)
魔法使いは、聖剣がつかわれなかったことが、不思議でなりませんでした。
聖剣は、ゆるしの剣です。それは、ローズだけではなく、アルバートに対してのゆるしでもあったのです。
アルバートが、ローズをうつ時に、少しでも気が軽くなるように。
そう願って、わたした剣だったのです。
「どうして、アルバートは、聖剣をつかってくれなかったんだろう」
返された聖剣をみつめて、魔法使いはつぶやきました。けれど、そのつぶやきに答えてくれる人は、もう魔法使いのそばにはいませんでした。
(彼が丸めて捨てた原稿その二)
とある山のてっぺんで、魔法使いは、よろこびの声をあげました。
「やったぞ! これで、やりなおせる!」
たかだかと突きあげたこぶしの中には、神様の右目が握られていました。
神様の右目は、未来をみる右目です。それをつかって、世の中をしゅうせいし、こんどこそ、ふっかつの儀式を成功させるというのが、魔法使いの願いでした。
(彼が丸めて捨てた原稿その三)
こうして、王国は、神なき国になりました。
神様がなくなったことで、右目をもっている魔法使い以外は、魔法を使えなくなりました。神様とけいやくしていた人たちは、困りはててしまいました。彼らにも、叶えたいねがいがあったからです。
魔法使いは、神様を殺すことで、たくさんの人の願いを踏みにじったのでした。
(彼が燃やした原稿)
願いを踏み躙っただけじゃない。俺は
気品あふれる顔をした男は、なぜかジルト達を見て「海に行くのかね?」と、驚愕の表情で言った。
「うん、今の季節ぴったりでしょ?」
「それはそうだが……」
チェルシーの返答に、なにやら言いにくそうにする男。ちらりと背後の海を見遣り、それから、近くに見える集落のようなものへと目を向けた。
「海なんて、わざわざ見に行くものじゃないよ。引き返しなさい」
「貴方は釣りに行ってたのに?」
男が担いでいる釣竿を指さすチェルシー。男は「これはまいったな」と呟いた。
「海は危険だよ。子供達だけで遊びに行っていいものじゃない」
男は、海と言いながらも、集落と海を交互に見ていた。
「どうして、あの村は、柵で囲まれているんですか?」
不思議と惹かれて、ジルトはそう質問した。釣り人の男は、ジルト達を追い返せると思ったらしく、「昔、大虐殺が起こったんだ」と教えてくれた。
「とてもかなしい事件で、恐ろしい事件だった。ここは、そんな悪意がいまだに渦巻いている場所なんだ。悪いことは言わない、引き返しなさい」
男の目は必死だった。ちらちらと周囲を気にしている。居もしない亡霊を恐れるかのように。
「知り合いが、ここの出身なんです」
男が自分たちを気遣ってくれていることは十分にわかっていた。だからジルトも、正直に話すことにした。
「ソイツはムカつく奴なんですけど、どうしてそんなムカつく奴になったか知りたいと思ったんです」
「……ここの、出身?」
「はい。夏の海は綺麗だと言っていました」
「その、知り合いの名前は……いや。どうしても海に行くというのなら、大人である私を同伴させてくれないか?」
柵だけではない。近づくと、集落には、鉄線も張り巡らされているとわかった。
「なんだか物々しいね」
チェルシーの言葉に、ジルトも頷いた。視界に映った村は、灰色の海を思い出させる。
「取り壊すことはできないの?」
「手を入れられないんだ。詳しいことは言えないが、これには政府が関わっているから」
「ふーん、もったいないね。セントアノアの先がこんなに物騒なんて。ここのあたりも綺麗にすれば、もっと観光地として有名になるのに」
「ははは、それはごもっともだが、それができたら、セントアノアは発展していないかもしれないよ?」
男が苦笑しながら言う。ジルトは、廃屋が並ぶ村から目を離し、男を見上げた。
「どういうことですか?」
「セントアノアは、これを隠すために繁栄させられたからだよ」
人々の目を誤魔化すために、戦後にわざと大都市を作ったのだという。
「つまり、大虐殺なくしてセントアノアは作られなかった。皮肉な話だね……と、いけないいけない。つい話しすぎてしまった。海へ行こうか」
焼けそうなほどに熱い砂浜も、アイツの言ったとおりだった。
「変わらないなぁ」
隣のチェルシーが小さく呟いた言葉は、きっと彼女だけのものではない。彼女の目には、海は、どう映っているのだろうか?
そして。
ジルトは、チェルシーと手を繋いで立つラテラを見た。ラテラは、その双眸を海へと注いでいた。視線は、あまりにも遠くを見ていた。水平線よりも、ずっとずっと遠くを。
「パフェちゃ……」
「お主、どういうつもりだ?」
低い声が、近くで聞こえた。そこには、やはり釣竿を手にした老人が立っていた。釣りがブームなのだろうか?
「どうしてここに子供がいる?」
険のある表情。老人は怒っているようで、ジルト達を案内してくれた男に詰め寄っている。男は、老人を宥めるように両手をあげた。
「知り合いの出身地だという話なので、案内しているんです」
「知り合い? そうだとしても、それを話すはずは……!?」
ぽろりと、釣竿が落ちた。老人の眼は、ジルトのことを見ていた。
「そうか、そういうことか……なるほど、そっくりだ。良いだろう、ワシがとっておきの場所を案内しよう」
ころりと変わった態度に、ジルトたちは首を傾げた。
「君の目で、たしかめて欲しいんだ」
老人の態度の変わりように驚かない男は、ジルトの肩にそっと手を乗せた。
彼は、ラテラと同じ目をしていた。海に目を注ぎながら、ずっとずっと、深くを見ていた。
ころころ、と右手でそれを弄び、レデンは、何の感慨もない声で呟いた。
「そうか、ニェルハは失敗したか」
閉じていた目を開ける。蒼色の目を伏せて、レデンは思う。パン一つで、よく保ったものだと。
今回のことで、ニェルハの忠誠は揺らぐだろう。まずは王国をと思っていたが、順序を逆にしなければならないかもしれない。
「しかし、帝国には彼がいるが……ああ、なるほど」
それを視て、レデンは口の端を吊り上げた。
「すべて均すということか。稀代の魔術師が考えることは、末恐ろしいーーいやはや、実に、理想的な世界だ」




