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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
死に損ない、海へと還る。
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白亜の街

ごと、ごと。


細かい振動が、時折体に伝わってくる。ジルトは、安定感を求めて、何かを掴んだ。


ーーやわらかい。


やわらかくて、暑い。ごろりと寝返りを打とうとすれば、「ここでは狭すぎるかも」と苦笑とともに、優しい声が降ってきた。それならしょうがない。ここにとどまるしかないか。


さらさらと、細い指が髪を梳く。これは、あれだ。たぶん、思い出だ。


公爵家に嫁いで、気を張っていた母が、二人きりの時にだけ見せてくれる優しさ。目を閉じていてもわかった、眼差しの温かさ。


ーーいや、あったかいっていうか、暑いな。


「汗、かいてる。大丈夫?」


額の汗が拭われる。そういえば、この声もどこかで聞いたことがある。どこだっけ、そうだ、この、声は……。


ジルトは、瞬間、がばりと起きた。まどろみから一転、窓から入ってくる日差しに、目を焼かれそうになる。


「あ、起きちゃった。可愛かったのに」


残念そうに言うのは、珊瑚色の髪の少女。ジルトは、ぐしゃぐしゃになった髪を整えた。


「ねぇ〜どうだったぁ? 私の膝枕?」


ニヤニヤしながらチェルシーが訊いてくる。まさか、母との時間を思い出していたとは言い辛いので、ジルトはそっぽを向いた。


「……ここは?」

「セントアノアだよ」


何かのパンフレットだろうか? 三つ折りになったそれを広げながら、チェルシーは楽しそうに言った。


ーーセントアノア。


その地名を、ジルトは知っている。


王国南西部のレトネア地方に属する町であり、王都に次いで二番目に賑わっている都市である。セントアノアから先、地形は緩やかに下っていき、そこでようやく、海に行き着くのだ。


だから、セントアノアはこう呼ばれている。


「海の、入り口」

「そう。ほら、見えてきたよ」


ジルトは、感嘆の声を漏らした。


チェルシーが指さした建物と建物の間に、小さく青が見えたかと思えば、一気に視界が開けた。セントアノアの街並みも相まって、真っ白なキャンバスに、青い絵の具で一息に太い線を引いたかのような海が、遠くに広がっていた。


「すげえ……」


それしか言いようがない。遠くから見る海でも、十分に迫力がある。


チェルシーが言うには、ここから先、馬車はセントアノアの街中に入るらしかった。


「残念だけど、街中に入ると海は見られないらしい。よおく見ておいてね」


ジルトは頷いた。




馬車は、潮の匂いのする街中を、ゆっくりと進んだ。セント・アノアは白亜の街だ。見渡す限りの白、白、白。海の代わりに、空の青さとのコントラストが美しい。


人々の豊かさを象徴するかのように、建物のひとつひとつが大きく、内陸部と沿岸部のいいとこ取りをしたように、色とりどりの食べ物が、屋台に並んでいる。観光業にも力を入れているせいか、宿屋が多いように感じた。


ジルトは、ゆっくりと窓の外を流れる景色を楽しみながら、「それで」と本題に移る。


「なんで、俺ここにいるんだ?」


確か、学園祭の片付けが終わった後に惰眠を貪っていたはず。学園祭の翌日と、翌々日が休日になっているから、二度寝も覚悟で、泥のように眠っていたはずなのである。


「それはねえ、私とラテラが協力して、寮で寝てる貴方を拉致してきたからだよ」


悪戯っぽくチェルシーが笑う。ジルトは、先ほどから表情も変えず、何も言わない同乗者を見た。


「パフェちゃん、本当か?」


こくり、ラテラは頷いた。黄水晶の瞳は、澄み切っている。


「言っておくけど、私じゃなくてラテラが提案してきたんだからね。私も、最近は思うことあったし……綺麗な海でも見て、ごにょごにょ……」


チェルシーは、言い訳っぽく言いながら、ジルトのことを上目で見た。


「怒ってる?」

「人のことを拉致した点についてはな。でも、海が見れたことについては感謝してる」


そんなことを言うと、チェルシーが、がばりと抱きついてきた。


「よ、良かったぁ〜、内心不安だったんだ」


それは本当で、チェルシーの眉は下がっていた。


「勝手に連れてきてごめんね、ジルト。周りの人にも心配かけちゃうけど、ちょっとだけ付き合ってね」

「大丈夫だよ。ハルバが視てくれてるだろうし」

「あ、そっか」


突然いなくなった自分にも、苦笑いしてくれるはずである。


ジルトは、頭の後ろで手を組み、ぽすんと座席に凭れた。 


「だから別に、気にすることねえよ。俺がいなくなっても、どこにいるかはわかるはずだからさ」


そんなことを言って、目を閉じた。


白、白、白。

夢のような街並みだ。そう、夢のような。


「……鳥は、いないか」 






「ジルトがいない!」


朝になり、昨日の戦果を聞こうとしたハルバは、顔面真っ青だった。最初は普通だったノックの音が、廊下に響き渡るまでになった。


「おい」

「や、やばい、また変なことに巻き込まれてんのかアイツ、そ、そうだ、視なきゃ、ジルトはどうしてるのかなぁ」

「おい、こら」

「あー、よかったぁ。いやよくないか、なんであんなところにいるんだアイツ」


がつっ。


頭頂部に衝撃が走って、ハルバは「痛え!」と叫んだ。見上げると、手刀の主が立っていた。


「動揺しすぎだ。ったく、アイツなら大丈夫って伝えにきたのに、ぜんぜん俺に気付かねえし」

「え、あれ。シュルツさん?」

「そうだ。ほら、これアイツから」


渡されたのは、四つ折りにされた紙切れだった。よほど急いで書いたのか、走り書きで、ところどころが読みにくい。


「アイツ、字は上手いはずなんだけどなぁ。なになに?」


ハルバはそれに目を通した後、重大な使命を預かってしまったと思った。それと同時に、あんなに人に頼ることをしなかったジルトが、こうまで頼めるようになるとは、と感動した。


ーーアイツにしては、素直すぎる文章だけど。 


「なんて書いてあったんだ?」

「ちょっとした旅行に行ってくる、だそうです」

「ふぅん」

「これから忙しくなるぞ! フレッドさん、ありがとうございます!」

「どういたしまして」


拳を握って喜ぶハルバは、役に立てるという希望でいっぱいだった。だから、フレッドの“どういたしまして”に、安堵が混じっていたことなど、微塵も気付かなかったのである。

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