番外編 敗北の味
ニセモノ戴冠式と微妙に繋がっています。
天才って、本当にいるんだなぁと僕は思った。
地面に派手に突っ込んで、僕はその相手を見ようとした。けれどそいつは、僕に顔を拝ませる気すらなかったらしい。次の瞬間、後頭部に衝撃が走った。
それでも、強引に首を捻って見てみると、赤髪の少年が、ぽんぽんと木剣を肩叩きのようにしながら、にやにやと笑って、こちらを見下ろしているのが見えた。
「足をどけてくれ、降参だ」
こういう輩は、早々に折れてやるに限る。先生も、「こら、早く足を退けなさい!」と蒼白な顔で走ってくる。まあ先生は、大事な大事な王族からの預かり物に傷をつけたくないだけなんだろうけれど。
「ほら、先生もそう仰っている」
「やだよ、もう少しで面白くなるところなのに」
「は」
この状況でどう面白くなるって言うのだろう。僕の負けが確定しているこの状況で。一応、彼も由緒正しき家の者なのだけれど、奥ゆかしき素振りなど微塵も見せず、ならず者みたいな笑顔で囃し立ててくる。
「ほら、最後の輝きを見せろよ王子様! ほら、ほら!」
「……最後じゃないよ」
そんなに言うのなら。
僕は砂を握って、手を振り上げた。彼が目を瞑るが、まさか、授業で目潰しをするわけがない。これはブラフ、一瞬だけ、押さえつける足の力が緩んだ。その隙に、姿勢を低くしたまま、彼の足に向かって回し蹴り。
「おっとと」
二、三歩後ろによろめいた彼は、まだ余裕があるだろうに、地面に座り込んだ。からんと木剣を放り投げて、「あーあー」と空に向かって大声を出す。
「はい降参。接待プレイはおしまい。せんせー、俺の負けでーす」
「これが接待プレイだとしたら、杜撰すぎるぞお前……勝者、トウェル・ソレイユ!」
先生が呆れながら、僕の方に旗を振る。
なんだか釈然としないが、相手が降りてくれて助かった。そう思いながら、授業終わり、教室への道のりを歩いていた時である。
「おい」
彼に呼び止められた。彼は、校舎の壁に背をつけて、腕組みしていた。まだ僕と同じ十三の少年なのに、不思議とその格好つけた動作が似合っている。
彼は、赤色の瞳を眇めた。
「お前、なんで手を抜いた? 目眩しなんて使わなくても、ご自慢の足技で切り抜けられたはずだ」
「まさか。君に敵わないと思ったから、早々に負けを認めただけだよ」
「つまり、まだやれたってことだよな?」
にやりと笑った彼は、ぱちんと指を鳴らした。
僕の目の前に、忽然と木剣が現れる。それは、授業で使ったものと同じものだ。
「驚かないのな。ま、クソ親父がそっちに勤めてるから、見慣れてるのかな」
木剣を握った僕に、セブンスが言った。
宮廷魔術師のサファード・レイク様を、クソと形容できるのは、彼がサファード様の息子だからなのだろうか。
今、彼が何もない空間から木剣を降らせたのは、魔術によるものだ。それは、人の業ではなく神の業とされていて、強大な力を持つがゆえに恐れられている。
レイク家は異端とされる魔術を使い、その魔術を国益のために使うことを誓っているがために、存在を容認されている。
そのため、彼の父親であるサファード様は、王位継承権がいちばん低い僕にも、腰を低くして接してくれる。態度によって、害のないことを証明しているのだ。
「クソ親父がな、お前は将来トウェル様に仕えることになるのだから、今のうちに人となりを知っておきなさい、だってよ」
「サファード様が……」
「しょーじき、なんでそんなことを言ったかはわからねえけど、授業で剣を交えてやっとわかったぜ。お前、性格悪いのな」
それはお互い様だと言いたくなった。セブンスの方は、開けっ広げな性格の悪さ。僕のはわかりにくい性格の悪さだ。
「目線とは違うところに突き入れてくるし、常に足払ってコケさせようとしてくるし、なにより、まだやれたのに、早々に降参してくるところが、無駄な体力使いたくないって感じでムカつく」
つらつらと並べ立てられる悪口。だが、不思議とそれは悪口には聞こえなかった。
「ムカつくんだけど、お前との勝負、楽しかったわ。だから今度は、お互い本気で闘ろうぜ」
僕は迷った。
僕が授業で本気を出さないのは、将来を恐れてだ。学園といえど油断はできない。いつ暗殺されるかもわからないから、自分の本当の実力を隠して、相手を油断させるようにしている。
だからといって、負けてばかりというのは王族の名折れ。勝っていい相手と負けていい相手を見極めて、僕は授業でまあまあの成績を残そうとしていた。
ところが、目の前の彼は、勝っていい相手でも、負けていい相手でもない。なぜなら、僕に決定権はないからだ。僕の本能はわかっていた。お互いが本気で闘ったとして、勝つのはセブンスだと。
ーーこれはいわゆる、負け戦である。
「うーん、乗ってこないな。じゃ、これならどうだ? 俺に勝ったら、お前の家臣になってやるよ」
自分の価値を理解した言葉。
セブンス・レイクは、ならず者顔負けの素行の悪さで有名だが、同時に神童とも噂されている。
魔術なしでも、彼の成績は学年で最優秀の成績を収め、剣技においても、やや難があるものの、センスは抜群だと先生に言われているのを聞いたことがある。
ただの驕り高ぶった人間ではない、彼は、才能があるからこそ傲慢なのである。
「そのかわり、俺がお前に勝ったら、俺は、お前と違う奴につく」
才能溢れる、王家とゆかりのある家の子供。彼を味方にすることができれば、王座はぐんと近づくだろう。
「勝負を降りたら?」
「俺が勝った時と同様」
「わかった。その勝負、受けてやろう」
話しているうちに、僕には勝算が浮かんできていた。
「ただし、場所の指定は、僕がさせてもらう」
「おう!」
…
……
「お前さあ、まじで性格悪いわ。自分だけ無傷とか」
「僕は王子様だからね」
たんこぶをこさえたセブンスが、隣を歩く僕を、恨みがましく見てくる。一応、僕も共犯なので罰してくださいとは言ったのだが、「勘弁してください」と言って、反省文を書くように言われただけ。
僕が勝負の場所に選んだのは、中庭の人気のない場所。「ここなら十分にやれるな」と満足げに笑うセブンスから、逃げて逃げて、職員室の真前まで逃げてきた。
僕の本気の実力と、彼の本気の実力の差。そこから僕が稼げる時間を計算して、職員室にいるであろう先生に見つかるように仕組んだのである。
先生は、僕ではなくセブンスの方に顔面蒼白で怒って、ゲンコツを食らわせた。なんでも、サファード様から息子には厳しくしてくださいと言われているのだとか。
職員室からの帰り道、恨み節をつぶやくセブンスに、僕は言ってやった。
「勝負は引き分け。引き分けの場合は何も言ってなかったから、僕と君の間には何も発生しないわけだ。これに懲りたら、僕に勝負を挑まないこと」
やはり、学園で本気を出すわけにはいかない。
だが、他の王位継承権を持つ者のところに彼が行っては困るから、勝負を受けて、引き分けの形に持っていった。
セブンスという器は惜しいが、これが最良だーーそんなことを考えていると。
「じゃ、ダチになろうぜ」
「話、聞いてた?」
僕としたことが、真顔になってしまった。隣を歩くセブンスは、にやりと笑った。
「死なば諸共、いつかお前にもでけえタンコブをこさえてやるって目標ができた。お前はこれから不良の仲間入りをすんだよトウェル君」
「勝手に仲間にするのをやめて欲しいんだけど」
「いいじゃん。夕日をバックに殴り合いしようぜ、俺、そういうの憧れてんだ。な? 俺と釣り合う奴いねーからさー」
はしゃぐセブンスは、いつの間にか僕の肩を組みながら、あそこの店に一緒に行きたいだの、図書館で教えあいしたいだのと理想を語ってくる。
その理想を聞いているうちに、僕はひとつの事実を思い出した。それは、僕にも言えることである。
ーーそういえば、僕たち、友人いないんだっけ。




