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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
遺志の証明
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彼女の事情

この人の目的は、ニェルハなんだろうな。


ジルトは、そんなことを漠然と思った。


おそらく、今回の学園祭でもっとも真実に近い男であるバルトは、お気楽な表情を浮かべながら、出店をひやかしている。ニェルハにからかいの言葉をかけながら、彼女の反応を観察している。


対するニェルハはというと、妙に馴れ馴れしいバルトの態度に引き気味なようで、ささっとジルトの後ろに隠れた。


「シルクちゃん、助けてください〜あの男が私をいやらしい目で見てくるんです」

「いやらしくねーよ、健全な目だよ」


やりすぎたか、と苦笑いするバルトは、「すまんかったな」とニェルハに謝った。


「お前さんが可愛いものだからつい」

「つい、じゃないですよぅ。あ〜精神すり減った。これはシルクちゃんの匂いを嗅がないとやってられません。すー、はー」

「お前も同類じゃねえか」


アントニーの鉄拳が容赦なくニェルハを襲い、ニェルハはその場にうずくまる。


「私のは、下心しかないから違いますよ」


頭を押さえながら言うニェルハは、トルマリンの瞳を半眼にしていた。


「純粋な下心しかない私と違って、あの男は私を下心のない慈しみを込めた目で見てくるんです。私をそう見ていいのは、シルクちゃんとあの人だけなのに」

「お前のがタチ悪いわ」


呆れるアントニーに、 


「……あの人?」


苦笑いをやめたバルトが、それを聞き咎める。 


「あの人って、誰だ?」

「あ、やばい。今のはなかったことにしてください」


自分の手で口を塞ぐニェルハ。たしかに、“あの人”というのは気になる。共和国関係者だろうか?


ジルトは、うずくまるニェルハに手を差し伸べて立たせた。ニェルハが、目を見開いて、ジルトの手を取った。


「……こんなところも似てる。そうですね、私の身の上話なんてつまらないでしょうけど、大好きなあの人のこと、シルクちゃんに聞いてもらいたくもあります。聞いてくれますか?」


ジルトは頷いた。自分の命を狙っている、異国の暗殺者の少女のことを、もっと知りたいと思ったからだ。


そしてそれは、彼も同じらしい。 


複雑な光を灯した瞳で、バルトは静かにニェルハを見ていた。




ニェルハは、果物の飴を齧りながら、できるだけ明るい声で話し始めた。


「私の肌の色を見てわかる通り、私は王国とは違う国の人間です。共和国で生まれました。どうしてこの国に来ているかは……割愛で」


ジルトはその理由を知っている。リルウと、その片腕であるガウナ、そして共和国の刺客の目撃者であるジルトを殺そうとしているのである。


「理由は話せませんが、動機は話すことができます。私は、大切な人の役に立ちたいと思ったんです」


それが、さっき話していた、“あの人”のことなんだろう。


「共和国というのは、とっても物騒な国なんです。“血巡る大樹”が国の象徴になっているだけあって、内戦が絶えません。今現在も、身内同士で争っているんです」


ニェルハの腕は、ジルトの腕に回されている。だから、ジルトはすぐそばで、彼女の表情を見ることができた。


「私の幼馴染は、それを当然と捉えていました。けれど、私は、内戦が大っ嫌いでした。だって私は、その内戦で、彼と引き離されてしまったんですから」


彼女の瞳には、陰ができていた。


「ここも割愛しますが、内戦のおかげで、私はこの世の地獄を知りました。生き残ることって、必ずしも良いことではないんですね。まあそれは置いておいて、“あの人”っていうのは、戦地で私を救ってくれた人のことなんです」


ニェルハは立ち止まって、ジルトの両手を優しく包んだ。バルトにいやらしい視線の迷惑料として買ってもらった果物の飴。その一本を、ジルトの手に握らせる。


「“分け与える”なんて言葉、共和国民は知らないと思っていました。実際私も行為自体は知っていても、その意味はわからなかったし。けれど、あの人に会って、私はその意味を知ったんです」


柔らかな笑みだった。きっと、“あの人”も、ニェルハにそんな笑みを向けたのだろう。 


「あの人は、私にパンをくれた時、“僕はお腹が空いてないから”って言ったんです。でもその後に、盛大にお腹が鳴って。照れ臭そうに笑ったあの人を見て、私は思ったんです。“この人に、一生尽くそう”って」


ニェルハにとって、分け与えるということは、とても大きな意味を持っていたのだ。

ジルトも、ニェルハの気持ちはわかる。セブンスが拾ってくれなかったら、きっと自分は、母の遺体と二人ぼっち。春の夜、いつしか冷たくなって死んでいただろうから。


ニェルハに貰った飴を齧る。甘酸っぱい果実の味が、口の中に広がった。


“あの人”というのは、ジルトにとってのセブンスで、ニェルハにとっての“恩人”なのだろう。


「だ、だからといって、私に食べ物をくれる人みんなを無意味に信じるわけじゃないですからね! 本当だからねシルクちゃん!?」


なぜか必死になっているニェルハの瞳からは陰が消えていた。かわりに、涙が浮かんでいる。コロコロ変わる彼女の表情がおかしくて、ジルトは笑ってしまった。


「“あの人”は、共和国で内戦が当たり前になっているのを憂えて、変えようと思っているんです。同じ国の者同士で血を流すのはおかしい。どうせ八方塞がりなんだから、()()()()()()()()()()。だったら早く終わる方を選んだ方が良いって」

「早く終わる方?」

「そう。早く終わる方です」


ぱきり。


ニェルハが飴を噛み砕いた音が、嫌に大きく響いた。


「だから私はここにいるんです。共和国の内戦を、早く終わらせるために」


ーーああ、そうか。


トウェル王への恨みだけでない、その恨みさえ利用して、ニェルハと“あの人”は、共和国の平和を掴もうとしているのである。


「きっと叶うよ、嬢ちゃんの願い」


バルトは黙して聞いていたが、それだけぽつりと呟いた。まるで自分の感情を整理するかのように、ニェルハの髪をフード越しにかき混ぜながら。


「共和国は、平和になる」


彼の瞳には、迷いが見えた。  


そのとき、重苦しい鐘の音が、空気を伝ってジルトたちの耳に届いた。時刻は五時。空はまだ明るくて星は出ず、月はようやくその姿を見せてくれる。




学園祭が終わるまで、あと二時間。

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