不吉
奇跡みたいな生還をしたそのあとで、十三人だけの卒業式をした。
すでに、亀裂はできていた。みんな、表面上はクレア先生に従っていたけれど、『円卓』の正義を貫くのを優先することはわかっていた。
……瓦礫と灰になってしまった学園。今はまだクラスメートの顔を覚えていられるけど、たぶん薄情な俺は忘れてくんだと思う。
地面に屈んで、灰を手に取る。握り込んでも、さらさらと指の隙間から流れていって、それが無性に悲しかった。
「何してるのよ、先輩っ」
「ほら、卒業式はまだ、終わってないぞ」
灰で汚れた手を引っ張り上げてくれる手。その手もまた灰まみれ。その時、俺は思ったんだ。
こいつらだけは忘れないでいようって。こいつらだけは、死なせないでいようって。
『他の何を犠牲にしても、お前は円卓を守る覚悟があるわけだな?』
もちろん。それこそ、俺がたどり着いた等身大の正義。『円卓』を守るために、ニェルハ・ラマナを犠牲にする。
ああ、できるさ俺なら。死んだクラスメートの顔を、一人として覚えてない薄情な俺なら、異国の少女一人見殺しにするのなんて朝飯前だ。
“良心”なんて、はたらくはずもない。
不思議なものだなと、トランは笑いそうになってしまった。
四年前は、早くこの暗闇から抜け出したいと思っていた。複雑に入り組んで、出口が見えない地下道。早く地上に出て、光を浴びたい、そう思っていたのに。
今は真逆。ずっとずっと、この暗闇に引きこもっていたいと思ってしまう。地上になんか出たくない、出させたくない。エリサとの約束を守るために、全部終わるまでずっと。
きっと地上に連れ戻しにきたであろう二人の存在を、トランは好意的に見ることができなかった。
くだらない正義感から、学園を見下していたことは大いに反省しよう。クレア先生にも後で謝るから、だから。
今だけ見逃してくれ。
そんな弱気な言葉が、口をついて出てきそうになる。
見たところ、ジルトの親友のダグラスを名乗る少年は、そんなに強くなさそうだ。一捻りで黙らせることはできる。だが、そんなことをしたら、後ろのハドソンとケイヴが黙っていない。
どうして予知能力保持者を黙らせたのか、そんな疑問に思い至らせるだけである。そうしたら、逆算してエリサの死を二人に知らせてしまうだけ。
どうやっても詰んでいる。
ダグラスの少年が、歩を進める。後退したくなる足を叱咤して、トランは彼を見た。
ダグラスの少年は、トランを真剣な顔で見つめていたが、不意に表情を崩し、苦笑した。
「……俺は、知りたいだけです。だからそんなに警戒しないでください」
彼の視線は、トランの右手に注がれていた。そこでようやくトランは、自分が拳を握り込んでいることに気付いた。
「俺の予知が狂って、ジルトが予定外の行動をしています。俺はただ、視えた未来の理由を知りたいだけ」
「視えた未来の、理由?」
ダグラスについて、トランは詳しく知らない。だが、その能力をもってして政府に取り入り、悪さを働いているのは、新聞記者たちが暴かなくともわかっていた。
ダグラスなんてロクな一族ではないのだ。人の秘密にずかずかと押し入り、自分に利するように状況を持っていく。
ーーだけど、不思議だ。
「そうです。俺は、アイツを助けたいんです。アイツに、死んでほしくないんです。俺が信用できないって言うなら」
そこで、ダグラスの少年は背後を見た。先ほどから、状況を見守っていた金髪の少女だ。
「ファニタにだけ、情報を教えてあげてください。彼女も、ジルトを助けたいって思ってるから」
「……よくわかんないんだけどさ、そんな警戒することないんじゃないか?」
少年の真摯な瞳に圧され、逡巡していたトランを差し置いて、そんな風にのんびりした声が、地下に響いた。それは、ケイヴの声である。
「友達を助けたいっていう気持ちはわかるし。お前が何を考えてるかわからないし、ダグラス本家のあの子が何を考えてるかわからない。僕は蚊帳の外だからな」
自嘲と共に吐き出された言葉は、余裕を失いつつあったトランの心を少しだけ抉った。
「だけど、人を助けたいって気持ちを無碍にすることはないと思うよ。ダグラス本家のあの子も、お前も、バルトもな」
「たぶんお荷物扱いされてるだけだと思いますよ。俺たち」
呆れ気味のハドソンの言葉は、半分当たっているが、半分外れている。
あの日、灰の前で跪くバルトを見て、トランはかける言葉が見つからなかった。
けれど。
『何してるのよ、先輩っ』
アイツが、
『ほら、卒業式はまだ、終わってないぞ』
ケイヴがバルトに手を差し伸べて、バルトが二人の手を取った時、トランは人を助けるという意味を知ったのだ。
だから、そのときの尊さと同じものを持つ二人に、エリサのことを教えてやることは、正しいことのように思えた。
今救える命を救うことに、なんの躊躇いもない……救えなかった彼女との約束を破ることには……
「それで、トランさん。トランさんとやりとりをしていたエリサさんは、何と言っていたんですか?」
金髪の少女……ファニタが口を開く。彼女の瞳もまた、ダグラスの少年のように、確かな意思が宿っていた。
「エリサさんが本当に亡くなっているかどうかは、後でハルバの力を使えばなんとでもわかります。予知が狂った以上、私たちがしなければいけないのは、貴方とやりとりをしていた彼女を止めることです。私たちには時間がありません。お願いです、私たちと一緒に、来てください」
それが、トランに与えられた逃げ道であることはわかっていた。まったく無様だが、自分より五個くらい年下の子供の意見に乗るしかない。
ジルトを助けたいという二人の気持ちは尊重したいし、エリサとの約束も守りたい。だから、これはほどよい着地点だ、
「なんで、あんたが」
薄青の瞳と目があった時、トランは絶望した。
道理で、重いはずの扉が簡単に開くと思った。まるで、誰かが外から手伝ってくれたみたいに。
「久しぶりだね、ネラル君」
彼は、エベック・クレアは微笑んだ。あの頃よりも下手くそな笑い方。たぶん、あの頃を思い出そうとしている笑い方で。
トランは思わず、下を見た。暗闇と同化する黒瞳が、苦笑いして、ぺこぺこ頭を下げている。
ーーああ。
やっぱりここから出るんじゃなかった。




