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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
遺志の証明
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先客

ガウナはしばらく左手をぶらぶらと振った後に、ひとつ頷いた。


「これなら大丈夫そうだ」


腹を刺されるのに比べればマシ。包帯代わりの布をぐるぐる巻いて、最後に口を使って、ぎゅっと縛る。


それを見ていたエリサ……を名乗る女は、びっくりしたような顔をしていた。


「……器用なんですね」

「いざという時のために練習してるからね。命を狙われやすい職業だから」


それこそ、手の怪我にかかずらって自分の命を落としたら、馬鹿という言葉じゃ済まされない。一瞬でも他のことに気を取られたら殺される。それが、トウェル王麾下の海軍によって、自分以外の家族を殺されたガウナの得た教訓である。


ーー治癒魔法も習得すべきだな。


ローズの生まれ変わりだから炎魔法を覚えた。閉じ込められていたから空間魔法を覚えた。それならば、死にそうになったから治癒魔法を覚えたっていいではないかと思う。

そうすれば、たとえ腹や心臓を刺されてもすぐに回復できるのに。


今度ペルセに治癒魔法がないか訊いてみることにしよう。

そんなことを思いながら、ガウナはジクジクと痛む左手から意識を逸らした。


「それで、悪魔の娘を殺す手立てはあるんですか?」


少しだけ正気を取り戻していたようだった目は、また混沌に戻っていた。


「そもそも、貴方はどうして学園祭に来ているんですか?」

「それは」


君を誘き出すため、と言いたかったが、目的が変わってしまった。てっきり地下の件で狙われているかと思いきや、リルウのおまけで狙われていることがわかってしまった今、それを言うのは得策ではない。


「実は、僕は共和国に狙われていてね」

「……共和国に?」


ことりと首を傾げるエリサに、ガウナは頷く。


「理由はだいたい君と同じ。厄介なことに、その共和国からやってきた刺客と、知らない間に接触してしまった生徒がこの学園にいてね、僕は彼を保護しに来たんだ」


完全なるでまかせである。


「彼は命を狙われていることを知らない。いざとなったら、僕がこの変装を解いて、共和国の刺客から彼を守ろうというわけだ」

「それで、その彼はどこに?」


ガウナは肩をすくめた。「逃げられた」


実際には、『円卓』メンバーのロッド・ウェーンを殺す指示をダリルにしようとクライスを向かわせたから、それを防がれたのである。


ーーあのナンパ男め。


思い出すだに舌打ちしたくなる。シリウス・スピレード元内務大臣の“教え子”という人質があるから、ガウナは彼を殺せない。だが、彼が邪魔なのも事実。


今回共和国王子、及びチェルシーと秘密裏にやりとりしていたマルクス財務大臣も、完全に味方とは言えなくなってしまった。


ーールクレールも殺したんだ。次もきっとうまくいくさ。


そんな暗い決意を抱きつつ、「だから、彼を探している途中だったんだ」とガウナは続けた。


「彼は奔放だからね、もしかしたらここにいるかもしれないと思ったんだ。そこまでは良かったんだけど、もう少し慎重に話すべきだったな。保護対象をみすみす逃すとは」


喋りながら、ふとガウナは思う。ジルトとここで会ったのは、ハルバの予知通りだったのだろうかと。

ジルトは、ガウナの姿を見て「げえっ」と嫌そうな声を出した。予知でわかっていたのなら、ある程度準備はできているはずなのに。


あれが演技である可能性もある、だが、あの声は本当に嫌そうな声だった。それと、アントニーとラテラの急襲。あれは完全に、ジルトにとっての予想外だろう。


つまり、ガウナが予知を変えようとしたことすら、その人物にとっては予知済みなのである。


薄寒いものを感じながら、ガウナはリルウを殺害する計画をエリサに話し始めた……。






アントニーは、額を流れる汗を拭い、爽やかな笑みを浮かべた。


「いやあ、人助けって気分がいいな!」


残念ながら、ジルトとアントニーは、ダリルを人気のない場所に連行し、そこで見ていただけである。ニェルハの大活躍を。


ニェルハは、ダリルの首にとりつき、ロッドに手を出される前に意識を刈り取った。その手腕たるや、神業のごとし。躊躇なく首を狙いに行くところといい、それをしている時の淡々とした表情といい、先程までの彼女とはまったく違う。共和国の暗殺者の姿が、そこにはあった。


「おーい、大丈夫かー?」


アントニーがしゃがみこみ、気絶したダリルの体をつんつん指で突く。ダリルはピクリともしない。


「しばらく目を覚まさないと思いますよ」


一仕事終えたニェルハが、キラキラした目でジルトを見ながら言う。正確には、トルマリンの目はジルトの手をじっと見ていた。


「撫でてくれって言ってんぞ」


アントニーが笑いながら言ってくる。本当にそうなのだろうか? 疑問を抱きつつも、ジルトはニェルハの頭を恐る恐る撫でた。フード越しとはいえ、初夏の日差しにさらされた彼女の髪は、少し熱かった。


どうやらそれで正解らしい。蕩けるような顔をしているニェルハを見て、「こっちの方がいいな」と勝手に思った。


二つ隣の他国。こんなにも良い笑顔を浮かべることができる少女が、自分の命を狙っていることに、改めて悲しくなる。


「よし、そんじゃこいつをどっかに隠さないといけないな」


アントニーは平然としている。スピレードの元“教え子”であり“弟子”である彼は、ニェルハの鮮やかな手つきに感嘆していたし、ジルトと違うことを思っているのかもしれない。


ジルトは思考を切り替えて、隠し場所をどうするか悩んだ。簡単に見つかる場所だったら騒ぎになりかねない。いちばんいいのは地下だが、ガウナの刺客である彼をそこに運ぶのは、相手に情報を与えるのと同じ。


しばらく考えて、ジルトは、自分のお気に入りの隠れ場所に思い当たった。式典や学園行事に参加させようとしてくるファニタから逃れるために、よく利用していた場所である。




ごごご、と重い音を立てて、台座の扉が開く。


中庭の天使像。学園長室前の人気がない場所にそれは建っていて、台座の中には人一人が入れるスペースがあるのだ。


ここなら、誰にも見つからない。そう思って、ダリルを運んできたわけだが……


「先客がいたみたいだな」


アントニーが、乾いた笑いを浮かべながら言う。ジルトも頷くしかなかった。


すでに、男が一人、押し込められている。


「お前みたいに、ここの存在を知ってる奴がいるってことだ。こりゃ、きなくせえことになってきたぜ」


「知らない」という情報を与えているガウナ君

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