ジルトの選択
脱出ゲームのヒント係を終えたハルバは、ジルト達に合流する前に現状を視てみようとし、「嘘だろ」と呟いた。
朝に視ていたはずのものが視えない。
ーーな、なんで。
という気持ちは抱くが、理由はわかっている。これは、別の予知能力者の介入を意味している。誰かがこの学園祭で、ハルバの予知を覆し、別の方向へ進ませようとしているのである。ハルバたちが知っている情報以上のことを知っている何者かが、目的を持って。
「くそっ……」
ハルバは、片っ端から未来を視ていく。ようやく自分に決定権が戻ってきたのは、今からおよそ六時間後。その光景は、とても信じられない光景で、ハルバはしばらく呆然としていたが。
「いや、違う違う。そうじゃなくて」
頭を振る。遅い昼食を摂りに行こうと誘ってくれるクラスメートに謝罪し、ハルバは彼女の元に向かった。
幸いにして、ファニタの居場所はわかった。
彼女は二年一組にいて、バックヤードで昼食を摂っていた。
事情を聞いたファニタは、ひとつ頷くと、「それなら」と案を口にしてくれる。
「どうしてアイツがそんな選択をするに至ったのかを考えなきゃね」
予知からの、理由の逆算というわけである。ファニタは、まだ全体像が見えているわけではないけれど、と前置きして、二年一組で起こったできごとを話してくれた。
ジルトが人質になったのは予知通り。ということは、正午以降に予知が狂い始めたということになる。
「怪しいのは、エリサ・モルトーって人だな」
「ええ。たぶん、ハドソンさんは、公爵に言われて、エリサさんの偽物を炙り出そうとしていたんでしょうね」
「で、それに釣られたのがケイヴさん。偽物とやりとりをしていた人ってことか」
「面倒なのは、偽物が、共和国の刺客と接触したジルトを狙っていたっていう点ね。四年前の卒業生である『円卓』。その一員を騙る者が、共和国と繋がっていた」
「で、その内通者と繋がってる疑惑があるのが、イインチョウの兄貴ってことになるな」
「面目ない」
本当に申し訳なさそうに頭を下げるのは、ガウナの積み上げた死体のことを知らない二年一組の学級委員長、トリー・ネラルである。
彼は委員長としての責任があるのか、終日二年一組にいて、指示出しをしているのだが、今はほんの少しの休憩時間なのである。
「イインチョウ、兄貴の写真持ってる?」
「ああ。ちょっと待っててくれ」
頷いて、トリーは教室から駆け出した。ほどなくして、彼は一枚の写真を持ってきた。
「兄貴が捨てようとしてたのを、掠め取ってきたんだ」
それは教室の中で撮られたようだった。劇の衣装だろうか? 皆それぞれ別の衣装を着て、ポーズをとっている。トリーが、一番前にいる生徒を指さした。赤いリボンのついたトロフィーを高々と掲げる男子生徒。
「これが兄貴。この頃はほんっとうに格好よかったよ」
少しだけ失望の混じった声。なるほど、自慢の兄だった、というわけだ。優しげな面立ちに、輝かんばかりの笑みを浮かべて、目には涙が滲んでいる。この先に起こることなんて、想像できないような笑みだった。
ハルバは、トラン・ネラルの名前と、その写真とで、彼の居場所を予知しようとした。が、視えるのは暗闇だけ。
ーーて、ことは、イインチョウの兄貴も、予知圏内? もしくは……。
予知圏内の人物と接触したことで、視えなくなった、ということが考えられる。
あまり期待した結果は得られなかった。そのことに肩を落としそうになるハルバだが。
「暗闇……」
「この学園祭に介入してる奴が作った暗闇だよ。お手上げだ、イインチョウの兄貴に聞けば、何かわかると思ったのに」
ファニタの呟きに、諦観を混じらせて答える。が、彼女は違う感想を持ったようだった。
「ううん、お手柄よハルバ。あそこなら、誰にも見つからないもの……密会場所にも、死体の隠し場所にもなるし……もしかしたら」
そこで、ファニタは目を白黒させるトリーを見た。
「委員長は、しっかり学園祭を盛り上げてね! お客さんも増えてきたことだし!」
バックヤードから覗けば、チラシを持った客が続々と入ってきていた。ハルバは、「おお」と感嘆の声を上げる。
「すごい客の入りよう……こりゃ売り上げもすごいことになるな」
「……それにしても、入りすぎじゃないか? まさか、さっきのいざこざを喋った人がいたんじゃ……」
トリーの不安な声。だが、入ってきた客が口にするのは、“寸劇をしたメイドさん”の話だった。なんでも、可愛いメイドさんとローブを着た女の子が、中庭で寸劇をしており、そこでチラシを貰ったとか。
「茶髪で、三つ編みの子だったよ」
「すっごく可愛かったわ! そのあと、たくさん食べ物を買い込んでたわね」
「喋らないのは徹底してたよな」
期せずして、予知がなくても居場所がわかったわけだ。それにしても、ローブを着た女の子というところが気になる。まるで、正体を隠そうとしているかのような……。
「……もしかして」
「ええ、たぶんそうだと思うわ」
ファニタもまた遠い目をしている。運が悪いのか良いのかわからないが、友好的な関係を築けているようで何より。
「アイツなら大丈夫でしょう。私たちは、私たちのできることをしないとね」
「アドレナさんって、けっこう楽観的だよな」
苦笑しながら言うと、ファニタは「そうでもないわよ」と首を振る。
「アイツに関してだけよ。さ、ハルバ! トランさんのところに行くわよ!」
「行くって、どうやって? 暗闇しか視えないのに」
「もちろん、その暗闇に」
ファニタはぱちんとウインク。
「トランさんの話と合わせれば、たぶん、この事件の全貌が見えて来ると思うわ……アイツが、何を思ってそんな選択をするのかもね」
「何を思って……」
脅されたりとか? いや、脅されたにしては、あの光景は変だ。
「アドレナさんは、どうしてだと思う?」
教室から出る最中、ハルバは、前を行くファニタに尋ねてみた。
「私も今のところはわからないけど……」
くるりと振り返る。青色の瞳は、絶対的な信頼感に満ちていた。
「アイツがそうする気持ちは、ちょっとわかるかもしれない」
結局、あの口が堅くて頭が固い先生は、毛髪を渡してくれなかった。これは予知通り。予知能力者というのは、本当にすごい。人間じゃないみたいだ。
化け物を倒すには、化け物の力を借りなければならないという事実に、バルトは改めて震えた。
「どうせ倒せやしないけど、か」
これから自分は、正義とは真逆のことをする。あの王様と、同じことをする。
「ごめんな……」
呟いた言葉は、初夏の空に消えていく。それなのに、バルトの心は一向に晴れない。
それは、異国からやってきた、暗殺者の少女への言葉である。




