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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
遺志の証明
238/446

二分の一

なにも、書類上で死んでいるからという柔な理由ではない。なぜならこちらには、この術があるからだ。


「君の名前は?」

「エリサ・モルトーです……あの、ここは、どこなんでしょうか……というか貴方、まさか」

「そう。僕はガウナ・アウグストです。以後……はないか。お見知り置きを」

「ひっ……」


この反応。ガウナがしでかしたことを知っているのだろう。ガウナは微笑んだ。


「君は、どうして死んだのか、覚えてますか?」

「……い、()()()()()()。どうしてそんなことを訊くんですか?」


すっかり怯え切ったエリサは、ふるふると首を振った。『アッカディヤの魔術儀式』において、召喚した人間がすべて言うことを聞くかというと、別にそうでもないらしい。ガウナは苦笑した。


ラフトやトウェルがそうだっただけ。無差別殺人犯で、ガウナに好悪がなかったり、ただ単に人を嬲り殺したいから状況を利用したりと、そういう理由がなければ、言うことを聞かせるのは無理なのである。

戦争反対派に回った身として、軍部を説得するのにこの儀式を持ち出そうとしている身としては、痛い情報だ。


ーーいざとなったらドラガーゼ陸軍中将を召喚しようと思ったんだけど。


いやはや、人生うまくいかないものである。夢の親子対決は成立せず、茶番になってしまうのだろう。


ハドソンにこの儀式を開示すれば、彼は完全にこちら側についたのであろうが、この儀式は外法。それに、彼がエリサの言葉によって改心する可能性もあった。

だから、ガウナは彼に、エリサが書類上で死んでいるということしか明かせなかったのである。


……完全に、エリサ・モルトーの死を証明できなかったのである。






ハドソン・ガレス。


おそらく、ガウナに唆されて、“偽者のエリサ”とやらを炙り出そうとした青年。


ハルバに頼んでエリサの生死を視てもらおうとは言ったが、それはあの場を収めるための言葉であって、根本的解決にはならない。生きていても、死んでいても、筆跡の違うエリサが二人存在する以上、エリサの偽物は必ず存在するからだ。


その偽物をどうにかしないことには、『円卓』内の諍いが収まることがない。


そしてジルトは、その諍いを収めるためのキーパーソンを知っていた。まだ今日姿を見ていない、トリーの兄、トランだ。彼はジルトを助けた時に、あの場にいた『円卓』の誰かを見逃した。その『円卓』の誰かはきっと、ケイヴが文通をしている人物なのだ。彼あるいは彼女は、共和国を使って、ガウナの命を奪おうとしているのである。


ーーこいつより先に、エリサさんを名乗る人を見つけないと。


自然、睨むような形になってしまったらしい。


「そんなに睨まなくても、君の昼食は取らないよ」


ガウナが見当違いのことを言ってくる。ジルトはデザートのクレープを食べながら、どうやってトランに接触するかを考えた。


ーーいちばんいいのは、ハルバに予知してもらうことか。


エリサの生死を視てもらうと共に、トランの場所を予知してもらう……トリーあたりに言えば、写真は手に入りそうな気がする。少し怪しまれるかもしれないが。


ーー大丈夫。今日の学園祭は無事に終わる。


学園祭が始まる前の時点での予知だが、ハドソンもロゼッタも生きていた。だから、大丈夫。



「……今日の夜までは予知してあるんだろうね」


そんなジルトの思いを見透かすように、ガウナがにっこりと笑いながら言う。勝手にジルトの隣に腰を下ろした。


「……ねえジルト君、葬儀の時、エリオット君がしたことを覚えてる?」

「覚えてますけど」

「どうしてハルバ君をはじめとしたダグラスは、コレシュ伯爵が殺されることを予知できなかったんだろうね」

「それは」


チェルシーに聞いていたジルトは知っていた。

それは、別れ道を作っておいたからだ。何も言わなければ動くな、号令が出たら殺せ。本人が殺すのではない、第三者に殺させるスイッチが、作られていたからだ。


「思うに、予知というものは万能ではない。第三者が間接的に関わることで、いかようにも変わると思うんだ」

「何を、言いたいんですか」

「つまり、こういうことだよーークライス、ダリルに伝言。ロッド・ウェーンを殺せ」


ダリル? ロッド・ウェーン?


聞いたことのない名前だ。だが、その伝言は到底許せるものではない。ジルトは咄嗟に、ガウナの首に左腕を回した。


「……クライスさん、自分の主人を殺されたくなければ、ここを離れないでください」


右手で髪を束ねているリボンを解き、それでガウナの喉を締め上げようとする。


「それで、ここからどうするんだい?」


面白そうに言うガウナは、生命の危機など微塵も感じていないようだ。当然だ、彼には優秀な従者がいる。だからこれはほんの数秒の気休めにしかならない。せめて、ハルバが気付いてくれれば……そう思った、その瞬間。


「うわっ、本当にいたんだけど。よし、ラテラ! いっちょ捻ってやれ!」


弾丸のように飛んできた彼女の蹴りと、クライスの蹴りが交差する。ジルトは目を見開いた。


「……アントニーさん、どうしてここに」

「細かいことは気にすんな! ロッドを助けに行くぞ!!」

「……はい!」


どうしてロッド・ウェーンの名前をアントニーが知っているかを聞いている暇はなかった。ジルトはガウナの首から腕を離して、走り出した。踵の低い靴でよかった。スカートは走り辛いが、裾を縛ればなんとか走れる。


あの時みたいに、無様に転ぶこともない。




そんな後ろ姿を、ガウナはぽかんと口を開けて見つめていた。本当なら、逆にジルトを人質にとらなければならなかったのに、それができなかった。目を擦る。どんどん小さくなる後ろ姿を見て、苦笑する。


「僕としたことが」






「まさか、バルトが全部わかってるとはな」

「あ、あの先輩。この場を動かない方が良いんじゃないですか。どうして俺たちはどんどん前に進んでるんですか」


ハドソンがびくびくしながら訊くと、前を歩いているケイヴが「それはもちろん」と振り返る。


「あのバカが全部終わらせる前に、僕たちの正義を証明しなければならないからに決まってるじゃないか」

「決まってるじゃないか、じゃねえですよこの正義厨が」


ハドソンは溜め息を吐きたくなった。ケイヴの『円卓』の皆を守りたいという気持ちに心打たれたのも束の間、この先輩、地下の白骨を持ち帰って、アウグスト公爵の犯罪を明るみにしようという魂胆なのである。


「ねえ、やめましょうよ。バルト先輩は、俺らに生きてて欲しいからこの穴に放り込んだんですよ。これって、命を捨てる行為だと思いませんか?」

「お笑い草だな。じゃあ、お前がアイツとやらに唆されて、手紙を送ったことは?」


ぐ、とハドソンは言葉に詰まった。


「仲間の命を危険に晒す行為だろう。だいたいお前は考えがなさすぎる。あの手紙は、お前の字じゃないだろう。誰に書かせた? 『円卓』外に情報を漏らして、その人物が危険に晒される可能性を考えなかったのか?」

「『円卓』外じゃないですよ」


むっとして、つい答えてしまう。


「俺だって、そんな考えなしじゃないですよ。あの手紙を書いたのはーー」



「あの手紙を書いたのは、俺の知り合いだよ」



不意に、聞いたことのある声が、地下に響いた。


「待ってたぜ、二人とも。さ、思い出話でもしようかーー全部終わるまでな」


二人の行く手を阻むように、彼は、トラン・ネラルは、そこに立っていたのである。


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