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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
地下に眠るもの
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番外編 ニセモノ戴冠式

彼が正解を選ぶ理由の話。地味に次章へと続くかもしれない。

昔々のことだった。


幼馴染と、二人だけの戴冠式をしたことがある。


真白の花の咲く丘で、僕より背の低い幼馴染は、爪先立ちをしながら、僕の頭に手作りの花冠を載せた。


「ほら! これで、貴方は王様よ」


彼女が爪先立ちをするのが面白くて、わざわざ屈まないでいた僕は、彼女の笑顔を正面で見てしまった。


「……失敗だ」

「? どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」


屈んでいれば、こんなに眩しい笑顔を見ないでいれたものを。


「ねえ、レイラ。本当に、僕で良かったの?」


はっきり言って、僕は王になれない。なぜなら、僕の母は下級貴族の生まれ。王位継承権が一番下で、僕の上には、優秀なクロスお兄様や、ヴェラお姉様がいるからだ。


ただ王族に生まれただけ。劣等生として、兄弟姉妹の中でも虐げられる僕には、何の力もなかった。それなのに、レイラは僕の婚約者になってくれた。


「……うん。私は、ーーが良いの」


背伸びをやめたレイラは、頬を赤らめて、僕の腕を取った。


「こうして一緒に遠出して、二人でのんびりしてる時間が、私は好きなの。ほらっ」

「わっ?」


腕を惹かれて、二人して花畑に倒れ込む。レイラの瞳には、僕の汚い姿が映っていた。


さっきの笑顔もそう。レイラは僕と正反対の性質を持っていて、だから僕のことを放っておけないようだった。


「あははっ、ーーの驚いた顔、可愛くて好き!! もっと驚いて!!」

「驚いて、って言われても」

「ね、笑わなくてもいいから。お願い」


背中に腕を回されて、ぎゅうと抱きしめられる。柔らかな、温かな感触。規則正しく脈打つ胸の音を聞きながら、僕は彼女の懇願にも近い“お願い”を聞いた。


ーーそれが、六歳の時の出来事。






そのときの真白の花に囲まれて、彼女の目は永遠に開かれないままになった。


「お前の婚約者にしては、勿体なさすぎたもんなあ? 早々に死ねて、彼女も満足だろうよ」


どうやら彼女の家は、盗賊団に押し入られて、一家まるごと殺されたらしい。飼っていた犬も役に立たず、使用人達も歯が立たず。レイラは自分の部屋で、ベッドに横たわり、静かに綺麗に死んでいた。


遺体の口元は微笑んでいたという。それが何を意味するものなのか、僕にはわからなかった。


ーーそれが、十歳の時の出来事。






どうやら僕の造形は、女性を引き寄せるらしいと気付いたのが十二歳の時。そしてそれが使えるらしいとわかったのが、兄の婚約者を寝取った時だった。


「殺してやる、殺してやる、たかが下位貴族の妾腹が」


すでに兄は、自分の婚約者を殺した後。就寝していた僕の襟首を血まみれの手で掴んだ兄の形相は、僕に愉快な気持ちを抱かせた。


「兄上だって、僕の婚約者が死んだ時、ああ言ってたじゃないですか。早々に死ねて、彼女も満足でしょうよ」

「このっ……」

「これは、復讐でもあるんですよ。僕がわかっていないとでも思いましたか? 盗賊団を手引きしたのが誰か、気付いてないとでも?」

「ま、待て。あれは不慮の事故だ! お前の婚約者まで殺すつもりはなかった。俺はただ……!」

「レイラを自分のものにしたかった。ですよね?」


兄がレイラに向ける、情欲に凝り固まった、醜い視線は知っていた。


「自分に劣る存在が、自分の欲しいものを持っているのが、許せなかったんですよね?」

「やめろ、やめろ」

「……言ってくれればよかったのに」

「言えるわけないだろう! お前に言ったら、俺は俺の敗北を認めなければならなくなる!!」


そういう意味で言ったのではないんだけどな。やはり、兄は愚物だ。欲しいものがあるのなら、何がなんでも手に入れるべきだ。みすみす殺してしまうなんて、馬鹿のやること。


「それで、どうされますか兄上。僕は僕の不実を明かしてもいいが、それと共に兄上の不実をも明かしますが」


そうやって言えば、兄の顔は、暗闇でもわかるくらいに真っ青になった。


「元はといえば、お前が、リアを……!」

「誘惑してきたのはあちらですよ。兄上との子ができないのに悩んでいたリア嬢は、僕で試してみたかったらしいですよ。それがうまくいったら、僕との子供を兄上の子だと言うつもりだったとか。婚約者思いだったんですね、リア様は」

「お前、本気でそれを言っているのか……!?」

「ええ、健気ですよね。リア様は」


兄が殺してしまった婚約者の名誉を守るために、そんな話をでっち上げてみたが、逆効果だったらしい。僕の襟首を掴んでいた兄の指は、今度は首を絞めにかかった。 


「レイラと、リアの元に送ってやる……お前みたいな不気味な人間、生きてるべきじゃない」

「神様でもないのに人の生死を決めるなんて、傲慢すぎますよ兄上。ああ、指の跡がつきましたね。これで貴方が殺人犯という説得力ができました」


足で兄の体を蹴り上げて、床に落とす。兄は虫みたいに丸まって、激しく咳き込んだ。僕はドアに手を掛けた。


「さようなら、イデル兄上ーーリア様と、お幸せに」






四歳年下の弟に嫉妬するなど、我が兄ながら情けない。


廃嫡された兄が死んだことを、風の噂で聞いた僕は、馬を駆り、あの日レイラと戴冠式をした丘に来ていた。


真白の花は、そこになかった。僕が枯らしてしまったからだ。レイラがもう二度と、偽物の冠を作れないように。


「やっぱり、失敗したなあ」



あの日、目を合わせなければよかった。そうすれば、コレも捨てることができたのに。

あの日、声を聞かなければよかった。そうすれば、こんなこと、思い出さなくて済んだのに。



凍った花冠は、ずっと僕の手元にある。レイラの凍った心臓は焼かれてしまったけれど、コレはずっと、僕の手を離れてくれない。



あの日、ベッドで寝ていたレイラと目を合わせなければよかった。

あの日、とても苦しいはずなのに、僕を抱きしめたレイラの声を聞かなければよかった。

 


なぜなら、僕は思ってしまったからだーー殺さなければよかったと。






「でもね、レイラ」


僕はここで、満ち足りてしまいそうになったんだ。人一人が幸せになるのは、そんなに難しいことではないと、知ってしまいそうになったんだ。


僕が手に入れなければならないのは、偽物の花冠なんかじゃなくて、本物の王冠なのに。


本物が欲しいから、僕は偽物を切り捨てたんだ。


「初めから、君のことは殺すつもりだったんだよ。兄上たちを嵌める足掛かりとしてね」


僕は誰に何を言ってるんだろう。花冠を捨てることをできずに、彼女の最期の言葉を忘れることもできずに。






だけど、姫の家系に幸せは似合わないだろう?


「ーー様、私達をお救いください」

「もはや私達には、貴方様しかいないのです」


当然の結果だった。誰よりも劣っている僕が、僕より優秀な人たちを片っ端から殺していったんだから。


花冠より、ずっとずっと重い王冠。だけどなぜか、僕には花冠の方が重く感じた。偽物を本物より重いと感じるなんて、失恋と、唯一できた友人が失踪したショックが大きいのかもしれないな。


そんなことを思って一人で笑っていたら、聞こえるはずのない声が聞こえた。






本物の偽物は、偽物だ。


戴冠式が終わった後、僕は自分の部屋に行って、凍った花冠を取り出した。


だから、コレに用はない。とくとくと、優しい音が聞こえないコレに、もう用はないんだ。


「ごめんね、レイラ」


僕は花冠を机の上で砕いた。キラキラとした結晶が、空中に飛び散った。それはそれは綺麗な光景だったと思う。




そんな光景を見ながら、とある言葉を言おうとして、僕は口を噤んだ。ごめんねレイラ、君の優しい声ばかり覚えてて、すっかり忘れていたよ。


「もう、失敗しないから」



あの日、レイラは、冷たい体で僕を抱きしめて、耳元で囁いた。



『私を殺してもいいけど、ひとつだけ約束して。絶対に後悔はしないって……愛してるわ、トウェル』

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