刺客
学園長室から出てきたガウナは、あまりもの手応えのなさに、心の中で溜め息を吐いた。
「どうでしたか?」
合流したクライスに、首を横に振る。
今日この日だけはクライスは学園に入ることを許されていた。普段はあの厄介な門番が入れてくれないのだが、この学園祭は、セント・アルバートが、有事の際に避難場所として使えるかどうか、その受け入れ能力を測る場でもあるので、よっぽど怪しい外見でなければ受け入れてくれるのである。
そのかわり、出て行く時には厳しいチェックが入るのだが。
「君の方は? 怪しい人物を見たりした?」
と、言っても、この学園祭にいる人物は、皆怪しいのだが。今歩いている廊下もそうだ。お化け屋敷のクラスの生徒なんかは真っ白なシーツを被っているし、劇をやるクラスの生徒は衣装そのままに宣伝をしているしで、わりとカオスなことになっている。
だから、あまり期待しないで訊いてみたのだが。
「はい」
クライスは頷いた。「ウェーン様とリノア様の両名を確認しました」
「おや、それは僥倖」
ロッド・ウェーンとロゼッタ・リノア。それはどちらもセント・アルバートの卒業生。『円卓』とやらのメンバーである。
「まあ、エリサ・モルトーと繋がっている人物かはわからないけどね。尾行は?」
「それぞれに一名ずつです」
「それは結構」
さて、彼らは無罪か有罪か。ガウナとしては、手っ取り早いので有罪であって欲しいのだが。
「チェルシー嬢の走狗は?」
「姿はありません」
空振りか。十二人の中での過激派だとハドソンが言っていたトラン・ネラル。彼は偶然にも、街中で共和国の追手からジルトを助けている。
……共和国。
奇妙なひっかかりが、ガウナの中にあった。チェルシーとトランの繋がりは、トランが公爵邸に出入りしているところからして明白。裏社会に生きている、生きていた者同士の繋がりもあるだろう。だが。
「……」
「どうかされましたか?」
「いや、複雑な構図だと思ってね。クライス、確かチェルシー嬢は、マルクス家と繋がりがあるんだよね」
「はい。マルクス財務大臣がラテラ・ルシウス様を養子にとったことで、ルシウス様の主人であるディーチェル公爵とも交流が生まれました」
「主にあの軟派男と交流してるわけだ」
「アントニー様ですね」
「……そうだね」
正直言って、ガウナはアントニーのことは生かしておくことにはしたが、舞踏会での“彼女”への許されざる行為もあって好きではない。だから名前を出さないでおいたのに。まあ、あだ名で呼ぶと混乱するからいいか。
「マルクス財務大臣がなけなしの悪意を発揮して、アントニーを通じて、チェルシー嬢に話をつけた。その結果、チェルシーと裏社会で繋がりのあるトラン・ネラルが、共和国の追っ手の護衛をすることになった。その中で、共和国の追っ手が王国を恨んでいること……王族を恨んでいることをトランに暴露した……って、ところかな?」
そして、ジルトのことにたどり着いたチェルシーとリルウが、本日タッグを組んだわけである。
トランはあくまでも、チェルシーに協力しているように見える。が、『円卓』のメンバーであることが、ガウナにはどうも引っかかる。
「完全には無実ではないと思うんだよね」
二年一組に向かう道中である。ガウナは、ライケット事件で磨き上げた探偵の勘を披露した。シンスに言った時のように、こういうのは、人に話しながら組み立てるに限る。
「そもそも、王子の言葉もおかしいと僕は思う。ジルト君に絡んでいた共和国の追っ手を認識していたことだ。マルクス財務大臣と繋がっていたのなら、トランのことを知っていたはずだ。なんなら、助けたところも見ているかも。だからジルト君のことを放置したんだろうし。それが後になって、共和国の追っ手の話をするのは、明らかにおかしい」
「と、すると」
「うん。たぶん、いたんだろうね……トラン・ネラルが伸した四人の他に、共和国関係者が」
それをあえて見逃したから、ジルトの危機を知らせてきたわけである。
「言い方は悪いが、ジルト君を餌に釣った四人は本命じゃなかった。だから見逃した」
「見逃しても、トラン様が片付けると思われていたからですね」
「ああ……逆に言えば、その本命が釣れれば、王子直々に手を下すつもりだったんじゃないかな」
釣り餌に使われたジルトを気の毒に思って、ガウナは笑う。
ーーまあ、全部が追っ手に見えた中、唯一信用できたのが串焼きをくれた庶民だろうから、それは誇っていいと思うけど。
“良心”信者であるところのガウナは、今日もジルトの発揮した“良心”に心の中でサムズアップ。同時にジルトが“良心”を発揮してくれなければ、ユバル王子は親帝国派の目的を教えてくれなかったのだろうと思うと背筋が冷えた。
「ただでさえ『円卓』とやらで頭が痛いのに、共和国のことも考えなくちゃいけないなんて。いっそこの二つが合体してくれたら、一気に解決できるんだけどなぁ。なんてね、あはは」
ちゃり、ちゃり。
ユバルは王城の客室で、それを弄んでいた。部屋に帰ってきたターゴが、表情を曇らせる。
「殿下……」
「結局、共和国って詰んでるんだよな」
真鍮のそれには、変色した血がこびりついていた。持ち主のものなのか、帝国の姫のものなのかはわからない。
だが、帝国から返されることのなかった十一年前の悲劇の証拠は、たしかに今、ユバルの手の中にあった。
この前陥落した帝国南東、共和国真下にある国ーー帝国領となったヒルレアンの使者が、ユバルに密かに渡してきたのが、このネックレスである。
『第三皇女、ラミュエル=レグナム・リオーネ様からの伝言です。遺体は、共和国民の肌色をしていなかったにも拘らず、これを持っていたことによって共和国民と断定された……そしてすぐに火葬され、埋葬された』
ネックレスを渡してきたのは、ユバルの信を得るためと見ていいだろう。彼女もまた、ユバルと同じように、帝国の内情を嘆いておりーー共和国の内情を知った上で、純然たる事実を教えてくれたのである。
すなわち、十一年前の帝国第一姫、レーナ=レグナム・リオーネの暗殺は、王国と帝国が示し合わせて初めて成ったものである、という事実。
要は、帝国は被害者ではなく共犯者。両国はレーナ姫の命を犠牲にして、共和国に落ち度を作ったのである。
「帝国についたところで幸せになれないのに、どうして大統領は帝国を贔屓するんだろうな」
「利権を貪れるからでしょう」
「……」
「……」
はー、と二人は同時に溜め息を吐いた。だめだ、共和国も腐っている。
「ニェルハが捕まればこっちのもんなんだけどな……」
「結局隠れたままでしたからね」
「アイツ頼みだってのに、まったく。アイツも串焼きもらって改心すればいいのになぁ」
悪魔のような男の国で、天使に会うとは思わなかった。
「はむ、うっ、美味しい……悔しい」
自分でも、訳の分からないことを言っているのはわかっている。だが、悔しいものは悔しいのである。ここの生徒を殺さなければいけないのに、こんなところで施しを受けるとは。ワッフル美味しい。
殺意と幸福感の間で葛藤しながら、天使を見る。
この天使、空腹で座り込んでいた少女の肩を叩き、ワッフルを買ってきて与えてくれただけでなく、少女が妙なことを言ってるのに、終始笑顔で見守ってくれているのである。優しい、この上なく優しい。涙が出てきそうになる。
「あの、お願いがあるんですけど」
気付けばニェルハは、天使の手を取っていた。
「私の、メイドさんになってください……」
共和国、ちょろい。




