よかった
ーーさて、面白いものとは、いったい何なのかな。
男子生徒(シルクという名前がつけられているらしい)のおすすめパンケーキを食べながら、バルトはエリサからの手紙の内容を推測した。
ずいぶんと抽象的な内容だった。面白いものが何を指すのかもわからないし、学園祭に来てと書いてあるだけで、どこに集まれという指示も書かれていない。
だが、それは言い換えると、“学園のどこにいてもわかってしまう大規模な面白い出来事”ということになる。不穏ったらありはしない。
「エリサは何を考えてるんだろうな」
そんなことを言うと、先ほどまでシルクと話していたハドソンが、「そうですね」と頷く。
「馬鹿なことを考えてないといいんですけど」
「馬鹿なこと、ね」
「どうしましたか?」
「いや……」
あれだけエリサのことが好きだったハドソンのその言葉に、少し驚いただけである。四年も経てば、好きだった女のしようとしていることも、“馬鹿なこと”として片付けてしまえるものなのだろうか。
変わらないと思っていた後輩の、変わった部分を見せつけられたようで、バルトは苦い気持ちになった。
ーーま、俺も人のことは言えないんだけどな。
そんなことを思って、パンケーキのクリームを掬った時だ。
ばん!! と音がして、誰かが二年一組の教室に入ってきた。帽子の庇を下げた男に、バルトはなぜだか既視感を覚えた。
「二年一組……ここだな」
やはりどこかで聞いたことのある声。シルクが果敢にも笑顔で対応する。
「い、いらっしゃいませお客様、一名様ですかっ、えっ!?」
あっという間の出来事だった。シルクの首に腕を回し、男はその首筋にナイフを突きつけた。
「すまない、大人しくしててくれ」
「は、はい……」
中身が男子生徒とはいえ、まだまだ子供だ。ナイフに恐れをなしたのか、シルクは男の言葉に従って、腕をだらんと下げた。
ーーいや、大人しくしすぎじゃね?
バルトは心の中で突っ込んだ。力を抜いたというか、リラックスしているように見える。捕まる時も、自分から捕まりに行ったように見えたし。
ーーい、いや気のせいだな。まったく、なんで俺はこんな危機的状況で!
バルトは首を横に振った。
ざっと教室を見回す。ここにいるのは、せいぜい十四、五の生徒と、女子供や老人。戦力になりそうなのは、バルトとハドソン、そして、赤茶けた髪の青年だけ。青年は、シルクと男の方を見ていて、こちらに気付く様子はない。と、すると、頼りになるのは。
「おい、ハドソン」
こそっと話しかけると、ハドソンが頷いた。が、なぜか彼は、右手でバルトを制した。
「彼の話を聞いてみましょう」
「ばかお前、そんなこと言ってる場合か!」
「大丈夫です、まだ、大丈夫……」
ーー付き合ってられねぇ。
バルトはとりあえず、パンケーキについてきたフォークを握り込んだ。しょぼいが武器にはなるだろう。見たところ、侵入者はひょろい男だ。フォークをぶん投げて目眩しをして、押し倒してしまえば、こちらに分があるだろう。
バルトはそう思って、フォークを持って駆け出した。幸いコントロールには自信がある。人質を傷つけることなく……
ーーここ!
男が被っている帽子の庇にフォークがヒット。床に落ちた帽子を目で追ってしまった男に、バルトは体当たりした。
目深に被っているのは、おそらく顔を知られたくないためだ。帽子を飛ばせば焦りが生まれる。
男が倒れる瞬間、それをわかっているかのように、シルクはするりと男の腕から抜け出した。それに拍子抜けしながら、バルトは男を取り押さえる。
「はっ……相変わらず、器用なことをするんだな、バルト」
うめき声と共に男の口から漏れたのは、自分の名前だった。ブラウンの瞳に、驚愕する自分の姿が映る。そうだ、その澄ましたような面は。
「お前、もしかして、ケイヴか?」
「そうだよ。『円卓』の裏切り者を始末しに来たんだ……なあ、どいてくれよバルト。エリサの名前を騙る偽物に、『円卓』を崩壊させようとする者に、罰を与えてやらないと」
「は? 何言ってんだ、お前?」
「お前じゃ話にならないな」
呆れたような瞳。「放してくれ」と言ったケイヴは、バルトに少しも興味がないようだった。果敢にも、ケイヴが手放したナイフを拾い上げたシルクに、ふっと笑う。
「君、ジルト・バルフィンを知ってるか?」
「クラスメイトです」
「うん、やっぱりそうか」
なにが「やっぱり」なのだろうか。バルトには、さっぱりわからない。わかるのは、シルクが嘘をついていることだけである。
「おい、お前、自分のやったことわかってんのか? 罪のない生徒の首に、ナイフ突きつけたんだぞ?」
「その点に関しては、悪いと思っている。だが、僕はどうしても、裏切り者の正体が知りたかったんだ……僕の服のポケット、そこに手紙が入ってる。偽物に突きつけようとしてた手紙だ」
バルトは訝しんだが、「頼む」というケイヴの言葉を受け入れて、胸ポケットから手紙を引き出した。手紙は二通。
「こっちは、俺たちのところに送られてきた手紙、で、こっちは?」
「本物の、エリサの手紙だよ」
違いは明らかだった。柔らかな筆跡と、神経質な筆跡。ケイヴが言うには、神経質な方が本物のエリサの手紙なのだという。
「でも、エリサの字にしては硬すぎないか? 俺たちのところに送られてきた方が、本物っぽいけど」
「いいや、これが本物なんだよ。なにせ、僕はエリサの悩みを、四年にもわたって受け止めてきたからね。焼け落ちた王都で何を見たのか、自分たちだけ助かってよかったのか……彼女は精神を病んでしまった。日々変わっていく筆跡を、僕は知っている」
「……」
ケイヴの瞳は真摯なもので、嘘を吐いている様子はなかった。
「君たちは知らないことだろうけどね。特にハドソン。君には、良いところだけ見てもらいたかったんだってさ」
「……嘘だ」
いつのまにか近くに来ていたハドソンが、小さく呟いた。
「ケイヴ先輩は、嘘を吐いてます。だって、エリサは、エリサ・モルトーは、死んだんですよ?」
「は? 死んだ? 何を言ってるんだ、お前」
「ケイヴ先輩は、騙されてるんですよ。はは、アイツの言った通りだ! 馬鹿が釣れた! やったよエリサ、これで君の仇を打てる……!」
陶然として言うハドソンに。
「……お前こそ、騙されてるんだよ。アイツって誰だ? 僕たちの『円卓』に、土足で踏み入ろうとしてる奴は」
冷え冷えとした瞳で言うケイヴ。
「おい、お前ら……」
それに困惑するバルトは、どちらの味方をしていいかわからなかった。めんどくさい、どっちも気絶させて冷静にするかーーそんな物騒なことを考え始めた、その時である。
「じゃあ、エリサさんの写真を見せてください。俺の知り合いにダグラスがいるので、そいつに生死を判定してもらいましょう」
第三者の声。正確には、シルクの声である。
その場にそぐわない穏やかな声に、三人は固まった。
「やっぱり、皆さん卒業生だったんですね……よかった」
そこから先、別に言葉は発されていない。だが、バルトには確かに、「よかった」の後に続く幻聴が聞こえたのである。
「よかった、馬鹿が釣れて」と。




