三分の一
もう二度と潜らないと決めていた門を潜って、バルトは苦笑した。
四年後の学園は、まるで火事のことなどなかったかのように、そっくりそのまま再建されていた。
あの時焼け落ちた時計塔もそう、中庭の謎の像もそう。ひん曲がったことを言うなら、あの日にあったことを全力で隠そうとしているというかんじだ。
「にしても、エリサの奴……何を考えてんだ?」
バルトは懐から手紙を取り出した。そこには、相変わらずの柔らかな筆跡で、『面白いものが見られるから、学園祭に来て』と書かれていた。他の十一人にも手紙を出したらしいが、果たして色々と思惑を持ってそうな奴らは来るのやら。
そんなことを考えてパンフレットと睨めっこをしていると、
「あれ、バルト先輩?」
「ん? もしかして、ハドソンか?」
「ええ、そうです! 先輩も、エリサ先輩の手紙を読んでですか?」
背後から声をかけてきたのは、後輩のハドソンである。彼は金茶の髪を揺らして、バルトの元に走ってきた。手には、真っ白な封筒を持っている。
「いったい、面白いものって何なんでしょうね。書き方からして不穏ですけど」
「まあ、エリサなら大丈夫だろ。と、言いたいところだが、わざわざ俺たちを呼んだってことは、あのことだよな。なんか、嫌な予感がする」
「もしかして、それを止めに?」
ハドソンの問いに、バルトは頷いた。
「四年経ってわかった。クレア先生が、あいつのことを生徒に口止めしたわけが。悔しいが、俺達ゃあの化け物に勝てねえ。だから、止めに来たんだ」
「化け物……」
ハドソンが俯く。
「そういうお前は、なんで来たんだ?」
「バルト先輩と同じです。エリサを止めたくて」
「ふーん、ま、お前、エリサに惚れてたもんな」
「ぶっ!?」
ハドソンが吹き出して、あっという間に顔が真っ赤になった。バルトはハドソンの背中をばんばん叩いた。
「ちょうどいいから、プロポーズでもしてやれよ。俺らも『円卓』とか言って変な誓いを立てちまったけど、四年も経ったんだ。そろそろ顔を合わせても良いと思うんだよな」
十二人の生徒は、陳情を出した時に決めていた。お互いでのやりとりは手紙で行なうこと。直接顔を合わせて、その姿を見られないこと。
思い出一つ共有できないそんな硬っ苦しいやり方に、バルトも飽き飽きしていたところだ。
「だからさ、お前の真実の愛でお姫様の心を溶かしてやれよ? な?」
「先輩って、意外とロマンチストですよね」
「何をう」
ハドソンに絡みながら、バルトは安心していた。手紙だと、皆それぞれ別の方向へと歩き出したかのように思えたが、ハドソンは相変わらず初心なままだし、言いたいことを言ってくるしで、変わっちゃいない。
ーーそうだ、きっとエリサも、変わっちゃいないさ。
手紙の中で変わってないんだから。ハドソンに向ける瞳だって、変わっていないはずだ。
「よっし! 頑張れよハドソン!! 未来は明るいぞ!!」
「……は、……か」
「ん? なんか言った?」
「いいえ、何も」
一瞬だけハドソンの瞳が曇ったように見えた。
「ところで、俺朝飯食ってねえんだよな。どっかのクラス行って飯食おうぜ」
「ああ、それなら、こことかどうです?」
ハドソンがパンフレットを広げて指差したのは。
「いらっしゃいませ〜! 何名様でございますか!?」
妙に勢いこんだメイドの男子生徒が、妙に笑顔で話しかけてくる。男子生徒とは言ったが、それは声を聞いたからわかったことで、黙っていれば可愛い女子生徒である。
「二名だよ。席は空いてるかな」
「はい! 空いてますよ! 少々お待ちください!!」
なんでそんなに晴れやかな笑みなんだろう。と思ったら、メイドの男子生徒に背中を押されて、二人の少女が出てきた。
「結局半分こしてくれなかったけど、私はシルクちゃんの愛情を受けとったからね!」
「結婚したら、間接キスのみならずですからね。それまでにとっておきましょう」
「お時間でーす」
どうやら、厄介な二人組にお帰りいただきたかったらしい。一生懸命背中を押す男子生徒は、この時ようやく疲れたような顔をしていた。ばたん、と扉を閉めて、やり遂げた笑顔。
「これで俺の心の安寧を取り戻した」
「なんというか、お疲れ」
バルトが声をかけると、男子生徒ははっと顔を青ざめさせた。ぺこりと頭を下げる。
「すみません、変なところを……」
「大丈夫だよ。彼女達は、君のファンなのかな?」
「まあ、そうなりますかね?」
ハドソンの問いに、曖昧な返事をする男子生徒。あまり認めたくないらしい。そのハドソンは、案内される途中に、やたらと男子生徒に話しかけている。男子生徒は笑いながら、ハドソンの質問に答えてくれていた。
……両者の間には、まるで探り合いのような緊張感があった。
これが終わったら、二年一組に行って、あの少年をからかいたおしに行ける。
そんなことを思いながら、ガウナは応接室にて、エベック・クレア学園長との探り合いに臨んでいた。
リルウは学園に着くなり、さっと変装して、「あとはよろしくね」と言ってどこかへと消えていった。大方わかっている。彼女が愛してやまない彼のもとに行ったのであろう。
『あんたら、命を狙われてるぜ』
……共和国のユバル王子から、衝撃的なことを知らされたのは、あの醜い追い出し合戦が終わった直後だった。
彼が言うには、共和国側は、王国側というか、王族に、強い恨みを抱いているらしい。それというのも、十一年前、帝国の第一姫が殺された事件の、真の首謀者が、トウェル王なのだとか。
あまりにもやりそうなことである。憤る以前に、ガウナとリルウは天を仰いだ。何をしてくれてるんだあの男。
認めるべきかどうか迷っていると、ユバルがまたとんでもないことを言う。
『だから、共和国の追手を見た、あの庶民。あいつは殺されるぜ』
『庶民? それは、囮に使えるのかしら?』
『えげつないことを言うなぁ』
と、苦笑しながらその“庶民”とやらの特徴を教えてもらったリルウが、共和国の内通者を根絶やしにせんと決意を固めたのが二週間前。
その共和国をネタにして、本題に切り込んでいこうとしているのが今のガウナである。
「……私は何も話さない。そう決めたのです」
寡黙な学園長からは、先ほどからその言葉しか貰えていない。
貝のように口が硬い学園長。彼が抱える秘密を解き明かすには、やはり外部から攻めるのが正しい。
手応えのない言葉を交わしながら、ガウナは“外部”の彼へと期待する。
ーーこっちはダメだ。だから、頑張ってくれよ。ハドソン君。




