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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
地下に眠るもの
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人違い

こいつのことを覚えてる人がどれくらいいるだろうか

たとえば、たとえばの話である。


何も悪いことをしていないのに、自分だけが暗闇に放り込まれて、人間以下の生活を強いられていたとしたら、どうなるか。


そんなことを考えながら、ジルトは寝返りを打った。


目を瞑ったら、闇が広がる。けれど、目を開けたら、部屋に差し込むほのかな月明かりが、優しく出迎えてくれる。アイツが閉じ込められていた地下では、そんなことは、きっとなかった。


涯のない暗闇が広がっていて、常に饐えたような臭いが充満している。自分の排泄物と、食べ物の臭い。鼻を摘んでも、やっぱりそれから逃れることはできない。


『誰かを救うという大義は、人を容易な行動に駆り立てる』


ルクレールが言ったのは、きっとこのことだった。彼は、自分が救った人間の幸せを願っていた。自分の良心を信じていた。


……その良心の結果、救った人間に殺された。


普通なら、地下から出てハッピーエンドのはずの物語は、アイツがまだ生きているから続いている。夥しい死体を作り上げたアイツは、まだ終わりを迎えられないでいるのだ。


だから。


これから先、アイツは新たな死体を作り上げる。だからこそ、ジルトはアイツを殺さなければならない。


ちょうどいい理由が見つかって、ジルトは安心した。安心して、眠りについた。






絶対来るなと言われると、行きたくなるのが人の情というものだ。


「親父、俺、今日セント・アルバートの学園祭に行ってくるわ」


朝食のときのことである。なんの気無しにそんなことを言えば、カイリは食べていたベーコンをフォークからポロッと落とし、ついでにラテラも飲もうとしていたオレンジジュースの入ったグラスから口を離して、アントニーを見つめた。


二人の視線に晒されたアントニーは、「んだよ」とガラ悪く呟いた。


「俺が学園祭に行くの、そんなにおかしいのか?」

「いや、そういうわけではないんだが……まさか女子生徒に手を出そうとしてるのか?」

「してねえよ。息子のことをなんだと思ってるんだ」


そう言いつつ、過去の自分を振り返ると、反論らしい反論ができないと考えてしまう。社交会に出かけてはナンパをしていたことは事実なのだから。


だが、今回は違うのである。


「ジルトが“楽しくないから来るな”って言うんだよ。これはなんかあるぜ」

「いや、“来るな”って言われたんだから、行かないのが筋じゃないか?」


カイリの言葉にラテラも頷いていたが、アントニーはふふん、と得意げな笑み。


「……何の出し物をやるか、なぜか教えてくれなかったけどな。俺の情報網を駆使した結果、アイツのクラスは女装男装喫茶であると判明した」

「ああ……」


納得したような声を出すカイリ。


「だから俺は学園祭に行って、アイツをからかい倒しにいこうと思う!」

「可哀想だからやめなさい」


冷静に突っ込むカイリだが、「と、いうのは建前で」とアントニーは真剣な表情を浮かべた。


「もしかしたらアイツの危機かもしれんとチェルシーが言っていた。共和国の追っ手と接触したんだとさ、ジルトは」


ネラルのギャングと繋がっているチェルシーは、明らかな殺意を浮かべながら「私ちょっと学園祭に行ってくるね」と言っていた。アントニーは、チェルシーにも「来るな」と言われていた。きっと二人の「来るな」は、巻き込むのを恐れての「来るな」なんだろう。


だが。


「ハブられるぐらいなら、積極的に関わっていってやる。今回は公爵の案件でもねえし、なにより、俺の知らんうちに死なれたら寝覚が悪い……ん?」


くい、くい、と袖を引っ張られて、アントニーは下を見た。ラテラがじっと見上げてきていた。


「わかったよ。行ってきなさい」 


カイリが微笑みながら言う。


「そのかわり、ちゃんと無事に帰ってくるんだぞ?」

「大丈夫だよ、な? ラテラ」

「……!」


ラテラが勢いよく頷いた。






人混みでごった返す学園。アントニーは、ラテラと共に、とりあえず二年一組を目指した。


初めて踏み入れたセント・アルバートは、なんだか高貴な空気が漂っている気がする。アントニーのことをちらちら見てくる女子も、声をかければすぐに食えそうだとゲスなことを考えてしまう。


「……」

「わーってるよ、そんなことしねえから安心しろ」


ラテラの呆れた視線を感じ取り、ぐしゃぐしゃと彼女の髪をかき混ぜる。ラテラはこくりと頷いた。


ーーこいつ、まさかの親父に似てきたな。


戦力的にも期待できるが、アントニーの手綱を持つ係としても優秀なようだ。


「ほんとうにやるんですか、シャゼルさん」

「ふふふ、そうだ。絶対に復讐してやる……山賊の元で修行した俺は、アイツぐらい秒で伸すことができるぜ。そうだろ?」

「そ、そうです! 俺らはあの修行を耐え切った!」

「熊に会った時は、まじで死ぬかと思いましたけどね〜」


途中妙な四人組が話してるのが聞こえた。ラテラが自然な動きで仕留めようとするのを、首根っこを引っ掴んで止める。


「まだお前が出る幕じゃない」


身なりは貴族の坊ちゃんなのに、目だけが妙にギラついている連中は、二年一組に入っていく。


「よぉーしお前ら! 特攻だぁぁ!!」


と、勢いよく教室に入っていったシャゼルという少年とその取り巻きは、三分後、すごすごと教室から出てきた。


「…………俺は恋をしたかもしれん」

「シャゼル様、気を確かに!」

「おのれ、おのれぇ……!」

「あれは一種の暴力っすわ」


意味のわからないことを言いながら、四人組は廊下を歩いていく。


「な? 大丈夫だったろ?」

「……」


いや、大丈夫じゃなくない?  


ラテラの表情から読み取るとすると、そんな感じである。が、大丈夫ったら大丈夫なのだ。


「よぉーし! アイツの嬉し恥ずかし女装姿を拝んでやるぜ!!」


アントニーもまた、勢いこんで教室のドアを開け放った。


「いらっしゃいませー!! 何名様ですかぁ?」

「ぶふーっ!?」


まああの四人組から予想はできていたが、開幕メイド服姿のジルトである。しかも、ものすごくノリノリの。

その輝かしいばかりの笑顔は、アントニーが吹き出したことにより一気に急降下。そして青ざめた。


「ななな、なんで、来るなって言ったのに」

「ほーらシルクちゃん笑顔笑顔! お客様は何名ですか?」


眼鏡をかけたメイド服姿の男子が、ぽんぽんとジルトの背中を叩く。ジルトはひくっ、と引き笑いを浮かべた。アントニーは、「二名」と言って、ジルトの肩に腕を回した。


「なかなか可愛いじゃねぇか、見に来た甲斐があった」

「すぐに帰ってください」

「ここって何が美味しいの? お前のオススメは?」

「……パンケーキ」

「じゃ、それにするか」 




案内された席に座ると、喫茶はそれなりに盛り上がっているようだった。

王城で会ったことのある金髪少女は女子生徒に持て囃されながら、こっちに警戒するような視線を向けてきた。アントニーはふふんと笑う。


メニュー表は本格的で、アントニーは「ここからここまで」と、とりあえず多く頼んでみた。ラテラが何かを言おうとしていたが、ケーキで買収した。


朝飯は少なめにしたし、食い意地張ってるジルトに少しでも分けてやれば好感度アップだ。そんなことを考えていたら。


「あっ、シルクちゃ〜ん! 私と一緒にパンケーキ半分こしようよ〜!」

「抜け駆けは許しません。お姉さまはこの私と! いちごパフェを一緒に食べるのです! ふふ、スプーン越しに間接キスです」

「いや、何してんのお前ら!?」


珊瑚色の髪と、蜂蜜色の髪の少女は、アントニーのことを見るなりさっと視線を逸らした。


「おい、こっち向けや」

「人違いです」

「同じく」

「まだ何にも言ってねーよ」


アントニーは、メニュー表をパタンと閉じた。


ーーもしかして俺、ほんとにハブられてただけなんじゃね?


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