彼女の恋
ファニタ・アドレナが、ジルト・バルフィンのことを避けている。
学内に忍ばせている者から、その報告を聞いた時、アゼラ伯爵はご満悦だった。そうだ、それでいい。ファニタにはジルトから離れてもらわなければ。
アゼラが崇拝する教祖・シンスの言うことには、ジルトはガウナの手先だという。
どういう経緯でそう思われたかはわからないが、麗しの教祖が仰ったことだ。それは真実なのだろう。
ジルトを人質にすると追い詰め、演技の下手さを指摘したのは、全てあの少年からファニタを遠ざけるため。
ファニタは思った通り、ボロが出ると自覚して、ジルトを避けてくれている。駒は、アゼラの手から離れていない。
ーー何が“内面”だ。だから、お前は教祖様に切られるんだ。
何もかもわかったふりをしているガウナ。だが、こちらが情報を隠していることは知らないだろう。
アゼラがファニタに接触しているのは、殺した男の娘という理由だけではない。ガウナにはそうやって説明しているが。
真の目的は、研究を完成させるため。
「『アッカディヤの魔術儀式』。それさえあれば、我々は魔女様を蘇らせることができる」
そして、魔女様があの公爵に、現王家の見るに堪えない現状に、鉄槌を下してくださるだろう。
その日を夢見て、アゼラは生きている。
徐々に見えてきた異変。
最初に彼女に問いかけたのは、彼女の親友のレネだった。
ブラウンの巻毛を揺らして、レネはファニタに詰め寄った。
「ファニタ! 貴方、なぜバルフィン様のことを避けていらっしゃるのですか?」
心配そうな顔。ファニタは優しい友人に、すげなく返した。
「そんなことないわよ。気のせいじゃない? それより、レネ。お昼は食堂にしない?」
「ほら! 貴方だって倹約の鬼なのに、わざわざバルフィン様が使わない食堂を選んだりして! 何かあったのでしょう? 話なら」
「何もない。だから、黙ってて」
「……っ」
言葉が冷たくなってしまった。レネが息を呑む様子が、ありありとわかった。
ああ、レネは優しいのに。だけど、冷たい方がいいのかもしれない。ファニタをどこかで監視している間者が、今度はレネのことを報告してしまうかもしれない。
自分は人と関わる資格などない。関わったら、不幸にしてしまう。
行き過ぎている思考だが、今のファニタにはちょうどいい思考な気がした。
そして。
レネと食堂から帰っている時。
「おい、ちょっといいか」
彼にしては硬い声が投げられる。
ファニタ達の目の前に立っているのは、ハルバだった。
「今、急いでるの。また後でね」
ファニタは彼の横をすり抜けて行こうとして、
「おいおい、俺のことを好きだと言ったくせに、つれねえな」
ハルバが皮肉げに笑う。そうだ、ハルバ。ハルバに冷たい態度をとったら、それも報告されて、この件に関われなくなってしまうかも……。
「なんてな! アドレナさんが好きなのは、ジル」
「アイツなんて、好きじゃないっ!!」
その名前が出る前に、ファニタは叫んでいた。頭の中がぐちゃぐちゃだった。
「なんで、アイツが出てくるのよ……なんで、あなたが」
「お、おい……」
「なんでもない。ただ、アイツに振られたから、むしゃくしゃしてるだけ」
「振られた……? 本当ですの、ファニタ?」
レネが驚いている。
「ええ。少し前に、私アイツに告白したの。だけど、好きな人がいるって振られちゃったの」
「だから、バルフィン様を避けていたの? ごめんなさい、迂闊でしたわ」
レネが口元に手を当てて、目を潤ませている。
「私のファニタを振ろうなんて、いい度胸ですわね! わかりました。あの方の話はしないようにしますわ! ごきげんよう、ダグラス様!」
「なんでお前がごきげんようするんだよ!?」
喚くハルバを置いて、レネがファニタの手を取って歩く。
ハルバはともかく、レネは騙せそうだ。そうだ、どうせ、ジルトに告白してもきっと振られていただろうし、いい機会だ……。
それから。
ファニタはジルトを避け続け、ジルトもまた、ファニタの前に現れることはなかった。
匂い袋に頬を擦り寄せるリルウは、とてもご満悦のようだった。
結局調香師には、ジルト自身でなく、ジルトをイメージした香りを作ってもらったらしい。それでもリルウは嬉しそうで、年頃の少女らしく、可愛らしい表情を見せていた。
そんなリルウを見ながら、ガウナは尋ねてみた。
「ねえリルウ。君は、ジルト君に恋してるの?」
「当然」
すぐに答えられるのが、羨ましいと思った。ガウナは彼女への感情がわからなかったからだ。
「私と契約をしていることで、ジルト君に害が及ぶかもしれないよ。それでも、その恋心を持つことは愚かではないと言えるの?」
「挑発してるのか、それとも誰かさんの話なのかは、聞かないであげる。そうね、強いて言うなら。
その考え方じゃ、誰も救われないわね」




