円卓
ジルトという少年の言葉を聞いて、トランの中での謎が解けた。
王宮の地下は、二つあったのだ。
一つは、ジルトの師匠(師匠ってなんだ)であるセブンス・レイクが宮廷魔術師だった時に掘った穴。それは、まさかの謁見の間の真下に着くように掘られていたらしい。
トランたちがたどり着いたのは、謁見の間ではなく、旧内務省行政局の地下だった。焼け損なったプレートがあったから覚えている。それが、二つ目の地下。
二つの地下は、おそらく、火事による建物の崩落の衝撃によって繋がってしまったのだ。
「あの化け物の巣に、俺たちが迷い込んだってわけだ」
「化け物の、巣?」
「そう。どうしてかはわからないが、そこはたぶん、“巣”だったんだ。“住居”というには烏滸がましい。だが、人が棲んでいた形跡があった。大量の衣服、一応のところ流れる便所、飯を食べた後……その主は、いなくなっていたがな。代わりにあったのが、堆く積まれた死体とーー銀の髪」
ジルトが、最後の方で、ごくりと息を呑んだ。どうしてかはわからない。
「あの化け物はな、たぶん地下にいたんだよ。閉じ込められていたって言った方が正解か。それで、火事を契機に地下から抜け出して、人を殺しまくって、宰相なんていう地位におさまった……」
と、推測を話せば、ジルトはゆるりと首を振った。
「いいえ、逆です。地下から抜け出して、火事を起こしたんです。トランさんたちが見たのは、間違いなくアイツが殺した人々だけど」
「どうしてそんなことを言えるんだ?」
「俺が、あの火事の当事者だからです」
草色の瞳は、少しだけ迷っているように見えた。
「アイツが火事を起こしたのは、王宮で殺した人々を、焼死に見せかけるためです。アイツは、パーティーの出席者全員を殺して、王宮に火をつけたんです」
「どうしてお前さんは生き残ってる?」
まさか、あの化け物の関係者なのか? そう疑いをかけるトランに、ジルトは苦笑い。
「生き残ってしまったんですよ。変なお情けをかけられて。足首を捻って、動けなかったから、どうせ死ぬだろうって思われていたんですよ」
いまいち納得できなかった。あの、人を殺すことに躊躇いのない殺傷を見ていたトランとしては、ジルトにもトドメを刺すことは当然と思われるのだが……。
「俺のことを羽虫か何かだと思ってたんじゃないですか」
どうにもこの少年は、まだ何かを隠しているように見える。だが、彼が生き残っているのは事実。
「もしかしたら、良心が働いたのかもな」
ぴくり、とジルトが身動いだ。
「“良心”……?」
「たった十かそこらのガキを殺すのに、抵抗があったのかもしれねェ」
「……アイツに、良心なんてありませんよ」
妙に暗い声だった。顔を伏せていたジルトは、ぱっと顔を上げて、微笑んだ。
「じゃなきゃ、俺の両親は殺されてませんから」
その微笑みは、やはり何かを押し隠している。
「お前さんの両親……? パーティーに出席するくらいだ。お前さん、けっこう良いところのボンボンだったりするのか?」
「まあまあですよ。公爵家だったから」
「ふーん……は?」
それって、まあまあとは言えないんじゃね?
ーー待て待て待て。
王国には、三大公爵家というものがあった。一つは最近予知騒動で話題になったダグラス、もう一つは、貧民街の女王が取り戻したディーチェル。そしてもう一つは。
「お前さん、ドラガーゼの直系かよ!?」
「そういうことになりますね」
トランは天を仰いだ。なんてことだ、三大公爵家はまだ生きている。
「なんでそれを言わないんだ? ディーチェル公爵サマみたいに言えば……」
「復讐をしたいからです」
実にスッキリした笑顔で、ジルトは言った。
「アイツを、ガウナ・アウグストを殺したいからです。だから、今みたいに浮いた身分はちょうどいいんです」
少年が隠しているものの一端が、トランには見えた気がした。
「お前さんが、死体じゃなくて銀髪に反応したのは」
「アイツがやったことは知ってたからです。たぶんそれは、最初の方で殺された人たちなんでしょうね。王宮の警備をしていた人とか……アイツの監視をしていた人とか。気付かれないように、自分の棲んでいた場所に死体を隠したんだ」
「それで、パーティー会場に行って人を殺しまくったってわけか。なんでアイツはあそこから抜け出せたんだろうな」
「それは俺にもわかりません」
即答。わかると言っているようなものだ、それは。何かを思い出すような目のジルトに、トランは溜め息を吐く。
「なんで、アイツは、パーティー会場にいた人たちを全員殺したんだろうな」
「……それは、たぶん」
告げられた推測に、トランはすぐさま、心の中で否を突きつけた。
変なところで甘いのだ、この少年は。たぶんその甘さは、“良心”と置き換えることもできるのだろうが。
「トランさんは、どう思いますか?」
「そうさな、俺は……」
そう言われると、どうしてあの怪物は、皆を殺したのだろう。迫害される側から迫害する側に回りたかったから? 閉じ込められていたことへの復讐? いいや、そんな人間的な情があるわけない。
「なんとなく、殺したんじゃねェかな」
そうだ、それがしっくり来る。
正義は我らにあり。
あの日に燃え上がった正義感は、仄暗いものへと変化している。少なくとも、ケイヴはそう思う。
『内務省が私の周辺をかぎ回っている。貴方も気をつけて』
『ここにも来たよ。そんなに自分の立場が心配なのかな、あの宰相様は』
エリサから送られてきた、神経質な筆跡の手紙にそう返事を書いて、ケイヴはポストに投函した。もちろん、エリサからの手紙は、ライターですぐに燃やす。
こうして、十二人の生徒たちは、手紙でお互いの危機を知らせあって、お互いの身を守っているのだ。円卓に着いた十二人は、決してお互いを裏切らない。あの日に見た化け物の痕跡の恐ろしさ、欺瞞でできている世界を許さないという誓いによって、彼らは強く結ばれている。
……だが、『正義は我らにあり』という円卓が変わらずとも、そこに着いている人間はどうであろうか。
ケイヴは最近、そんなことを思うのである。
十二人の中でも、比較的中立の立場を取るケイヴは、円卓の生徒たちの変化を敏感に感じ取れる立場にあった。
例えば、今手紙を送ってきたエリサ。
彼女は侯爵家の娘で、おろおろとしているが、正しいことをしたいという意志から円卓に着いた。しかし、年を経るにしたがって……いや、ある時期から、過激派へと転身。筆跡も神経質なものになり、宰相だけでなく、その宰相に操られている女王さえも攻撃するようになった。
反対に、いちばんの過激派だったトランは、今は少しだけ穏やかになっている。それは、弟がいることが大きいのだろうと、ケイヴは推測している。
いずれにせよ、円卓の崩壊は間近。いいや、もう始まっているのかも。
十二人の生徒たちは、それぞれ別の場所へと向かっていこうとしている。それは、人が人である以上、しようがないことではあるけれど。
「まったく、皆勝手なんだからさぁ」
ケイヴは窓を開けた。
大火の後、ここに居を構えたのは、この風景が気に入っているからだ。
眼下に広がる王都。すり鉢状の王宮跡に、金の時計台が少しだけ見えるセント・アルバート。それに、緑の木々に囲まれた、白亜の城。
ケイヴは知っている。自分だけが変わらない。自分だけが、正義を貫くに相応しいと。
口の端が釣り上がる。
「僕たちが先か、お前が先か……勝負と行こうじゃないか」
なあ、ガウナ・アウグスト。




