正義は我らにあり
この子はあくまでもダークサイドのヒロインなので…
男は言った。
『そう、お天道様じゃなかったんだ、あれは』
学園から出発して、ジグザグと指を動かし、大通りの向こうへーー式典会場、王宮のあった場所へと。
その動きに既視感があったのは当然だ。ジルトたちが途中まで通り、師匠であるセブンスが学生時代にせっせと穴を掘った地下通路の複雑さにそっくりだったのだから。
一年前の入学式、火事から助かったというエベック・クレア学園長は、どうやって助かったかを教えてくれなかった。今思えば、それは濁していたようにも思える。けれど、王都の八割が焼けた中で助かる方法を考えてみれば、それしかないのである。
すなわち、彼らは地下通路を通って、王宮へとたどり着いた。生還し……そして、絶望した。
何を見たのかはわからない。
『化け物を地下から解き放った男は、とある夫婦と出会いました』
けれど、その惨状を作り出したのは、きっと。
顔を青ざめさせるトリーに、ジルトは言った。
「委員長の兄貴ってさ、ここの学園の卒業生なんだろ? ついでにギャング?」
「軽く聞いてくれるな!? そうだよ。身内の恥っていうか、身内が恥なんだけどさ。お前が街中で会った不審者が俺の兄貴。そんでもってここの卒業生なのは……よくわかったな?」
「あ、えーと。クソ学園長によろしくって言ってたから……」
まさか地下通路の話をするわけにはいくまい。ジルトは誤魔化した。
「不審者が身内だってのは言いたくなかったから、匿名の脅迫文を送らせてもらった。すまん」
ジルトに野次を飛ばして来たのが嘘のように、トリーが頭を下げた。
「別に大丈夫。それより俺は、委員長の心変わりの方が心配だよ。あんなに俺にサボるなって言ってたのに」
「クラスメートの命の方が大切だからな。だから、堂々とサボれよ」
「委員長……」
トリーはつとめて笑顔だった。ファニタの方を見て、「堂々と言うってことは、アドレナさんもこのこと知ってんだよな」と言って、二人を近くに招いて声を潜めた。
「クソ兄貴はいけすかないけど、言ってることは信用できる。お前、共和国の人間に会ったろ? だから命を狙われてるんだ」
「うげ、やっぱり共和国絡みなのか……でも、やっぱり命を狙われるってことがわかんないんだよな。共和国内がゴタゴタしてるってことは、その時は皆知らなかったろうけど、新聞で報道されてるし。報道されてないのはーー」
「王子たちを追って、王国に、共和国内部の人間が潜り込んだこと」
トリーが重々しい声で言う。
「その事実だけは、新聞報道されてない。これの意味がわかるか? まだ、隠されてるんだよ」
「それって、この国の防衛力が疑問視されるからか?」
「それもあるけど、違う。兄貴が言うにはな、共和国の人間は、王族を恨んでいるらしいんだ。正しくは」
特段声を潜めて、トリーは言った。
「トウェル王を恨んでいるっぽい」
「……」
その名前は、ジルトの顔を歪ませるのに充分すぎる名前だった。二人の命を奪っていったあの男。存分に残虐性を見せつけ、「またね」と言って去ったあの男。
ジルトは拳を握りしめた。息を吐く。
「つまり、王族への被害が想定されるから、隠されてるってわけだな。共和国内のゴタゴタじゃなくて、ココ。王国内を舞台にしたゴタゴタの一端を、俺は知ってしまったわけだ」
「理解が早くて助かる。そうだ。セント・アルバートは基本的に閉鎖的だが、文化祭の日だけは開放的になるだろ。外部から人が来る……共和国の奴らは一目見ればわかるけど、問題は、国内の奴ら。王国に、共和国からの刺客を呼び寄せた奴らだ。そいつらが、お前を狙って来ないとも限らない」
「そういえば、あの二人は返り血があったけど、四人は返り血を浴びてなかった。穏便に国内に入った証拠ってことか」
「そういうこと。癪だが、バルフィン。お前の安全を考えると、文化祭はサボった方がいい。俺もテキトーな理由をつけるから……よかったな、お前、サボり好きだもんな」
「うーん……」
ジルトは考えた。たしかに、まあ、そうなのだが。俯きがちなトリーを見る。
「委員長のお兄さん、俺のことなんて言ってた?」
「なんだ突然。灰色の髪の生徒って言ってたよ」
「ふーん、なるほど」
「な、なんだよ」
「いや、別に。なあ委員長、お兄さんに会わせてくれないか?」
「……は?」
陳情の返事は来なかった。
みんな狂っている。復興の旗の下に、あんな惨状を作り上げた人物を許容するだなんて。
トラン・ネラルがそんなことを言うと、貧民街の女王であった彼女は同意してくれた。青緑の瞳を細めながら。
『確かにそうだ。あの公爵の幻想に、皆騙されているだけ。救ってもらったという事実は、真実を歪ませるんだ』
最近公爵の位を取り戻した彼女は、傲岸に笑った。
『だからこそ、皆の目を覚ましてあげよう。君は良い情報を教えてくれた。あとは私たちに任せて、これからは、共和国の方々を護衛するといい』
その意味はわかっていた。だからトランは、あの銀髪の化け物を殺せる共和国の刺客を、殺さないでおいた。
拷問する前に死んだことの反省を踏まえて、共和国の王子ではなく、王国の王族を殺すなら見逃すと言い含めて野に解き放った。
馬車に乗り込む。
座席に凭れると、笑いが漏れた。トランは、好青年の仮面を外して、身を震わした。
「く、は、は……」
これで、これで! 四年前の無念が晴らせる!
ずっと不満だった。黙秘を貫くことを生徒に約束させた、あの腰抜けの学園長。正しいことを言い出せずに、墓場に持っていく気の、尊敬していたはずの先生。陳情を握りつぶした旧政府。あの化け物に擦り寄るように、いや、本当は恐れているのだろう。化け物に気付かれるのを恐れて、英雄式典なんてものを開くあの男。
すべてが茶番だ。正しいなんて意味がない。
だからトランは、あんなに嫌だった家業を継ぐことにした。真面目さなんてかなぐり捨てて、文字通り灰になってしまった思い出に背を向けた。クラスメートは皆死んだ。涙を流して優秀賞を喜び合った彼らは、骨になって、あるいは骨さえ残さずに死んでしまった。
これは、トランにとっての復讐でもある。
ーーなあ、トリー。学園なんてくだらないんだ。正しさを貫けない男が運営してる、学園なんて。
正義は我にあり。お天道さまから顔を背けてでも、成し遂げなければならないことがある。
「近頃あの化け物が俺たちの周りを嗅ぎ回ってるようだが、まあいい。どうせ無駄なことだからな」
同時刻。王城。
「つまり、君はこう言いたいわけだ」
ガウナは今しがた、彼の忠実な犬から聞いたことの意味を、口に出した。
「あの陳情の主を特定することはできなかった。なぜか、皆が皆、清廉潔白だったわけだ」
こつ、こつ。ガウナは講釈を垂れるように、後ろ手を組んで執務室の床を歩き回る。
「誰からも、何も見つからなかった。疑いすら、何も。それは確かにおかしいことで、怪しいことだ」
つるりとした床は、一枚の板に見える。しかし、正確にはつなぎ目がある。そのつなぎ目は、この部屋ができたときに埋められて、見えなくなっているだけなのだ。
つまり、と彼は言う。トランが化け物と称するところの彼は、いとも簡単にその答えへと辿り着いた。
「十二人全員が、陳情の主ってことになる」




