叫び声と死の音声
その日、二年一組はちょっとした騒ぎになった。主に、女子の間で。
「じゃあ次! これねバルフィン君!」
「……」
渡された衣装を見てげんなりした様子のジルト。学園の問題児で反省文のスペシャリストである彼は、品行方正なセント・アルバートの女子には煙たがられているが、今日この日だけは人気があった。
なぜなら。
「可愛い! 可愛いわバルフィン君! 普段の姿から想像できないくらいに!」
「はーい、リボン結んであげましょうねー」
「ほら、笑って笑って!」
まったく笑えないのである。
「むう……」
「ファニタも混ざればよろしいのではなくて?」
頬杖ついて口を尖らせ、遠くで女子たちに囲まれるジルトを見るファニタに、レネは苦笑。
学園祭まであと一週間。今日は衣装合わせの日。メイド服に身を包んだ好きな人は確かに可愛い。贔屓目なしに美少女だ。女装したジルトの可愛さが周りにも伝わって、ファニタ的にも満足なはず……だけれど。
ーー私だけが知ってたのに。
正確に言えば、アリア先輩も知っていた。別にファニタのものじゃないけれど、秘密の宝箱を勝手に開けられた気分。
珍しく不貞腐れるファニタに、レネはよしよしと慰めてくれた。
「バルフィン様は、この前のお弁当も褒めてくださったんでしょう? それに、沈みがちな彼を慰めたのは、紛れもない貴女ですのよ」
「うう……ありがとう。でもぉ、これでジルトのことが好きな人が増えたらどうしよう……」
ファニタは約二名を思い浮かべた。金髪の女王様と、珊瑚色の髪の公爵。どっちも美少女だ。落ちぶれ貴族の自分より、地位もあるしお金もある。
「もうおしまいだわ……」
「あら?」
ファニタが頭を抱えたとき、レネが声を上げた。
「美少女が向かってきますわよ」
「美少女じゃねえよ」
少し機嫌の悪い声なのに、ちょっと安心してしまう自分がいた。
ジルトがファニタの真ん前にいて、真剣な目を向けてきた。
「ファニタ、少し話したいことがある。時間あるか?」
「で、でも……」
と、女子たちの方を見ると、彼女たちは肩をすくめていた。しょうがないな、とでもいうように。
「行ってきなさいな」
レネの優しい言葉に背中を押されて、ファニタはこくりと頷いた。
制服に着替えたジルトは、どっかりと地面に座った。行儀が悪いが、彼は彼なりに疲れているようだ。
「良いオモチャが手に入ったと思ってさんざん遊びやがって」
「でも可愛かったわよ。良かったじゃない。男子からも憎さが半分になったって言われてたじゃない?」
「それでも憎いんだよな……」
と苦笑いするジルトは、なぜか隣に座るファニタに生暖かい視線を送っていた。
「それで、話したいことなんだけど、これ、どういう意味だと思う?」
ジルトは、ズボンのポケットから紙切れを取り出して、ファニタに見せた。
『学園祭には出るな。殺されるぞ』
端的な警告文。
「この手紙が、五日前から毎日寮のポストに放り込まれてる。おそらくこいつは寮生ってことになるんだろうけど……何の目的で、俺にこんなことを書いてるんだか」
「心当たりはないの?」
「全然。と言いたいところだけど、警告が来る前に、大通りで会った人たちがいる」
ファニタもその話を聞いていたので、すぐにわかった。共和国の人間二人と四人。それに、自分をギャングと名乗る怪しい男。
「どっちも共和国絡みだと思うんだよな」
ギャング(仮)は、“他国の奴ら”と明確に言っていたらしい。それは、共和国を指していると思われる。ジルトがプレートを見て確信したように、男もプレートを見て確信したのか、それとも。
「だけど、共和国のゴタゴタは解決されたらしいから、候補から外れるには外れるんだよな」
現在、共和国では王国派と帝国派に分かれており、疲弊しきった共和国内に王国が資金協力をすることで、一応の解決を得た、と新聞には書かれている。
「だから、俺がゴタゴタを見てしまったとして殺されることはない。周知の事実だからだ」
「でも、思い当たることはそれしかないのよね?」
ファニタが訊くと、ジルトが頷く。
「クラスの奴らには悪いけど、テキトーにサボって文化祭出るのやめようかなって思っ」
「あーもう! なんでわかってくんねえんだよクソ兄貴!!」
「て」
ジルトの後ろ向きな言葉は、イライラした大声に遮られた。
学園の中でも、あまり人の通らない奥まった場所だ。密談や叫ぶことにはうってつけだが。
「自分の失望を俺に押し付けんじゃねえよ! 四年前、何があったかは知らないけどさ! ああぁ、でも、同級生を殺させたくないし……俺はどうすりゃいいんだ」
「……どうやら、犯人は見つかったようだな」
半眼のジルトは、さっそく大声の主をとっちめに行こうとし、足を止める。
「四年前。兄貴……」
何かと何かを結びつけるように思案顔。目を見開いた。
「あの指の動き、そういう意味だったのか!」
親友が元気を取り戻してくれたことは、ハルバにとって朗報だった。なんと声をかけていいかわからず、でも声をかけようと、放課後に寮の扉の前で待っていたハルバの前に姿を現したのは、いつも通りのジルトだった。
『心配かけたな』
そう言って苦笑するジルトに、自分は笑えていただろうか。
そんなことを、自室で考える。
「魂を視るな、か」
“禁域”調査を最後の仕事として辞職する予定の、ブラン・ルージュ秘書官が、同族のアルドという男の遺言として、ハルバに伝えてくれた言葉である。ハルバはそれを聞いて、とある実験をしてみた。黒瞳を光らせる。
先のトウェル王召喚を読めなかったのは、ハルバの中で強い後悔として残っていた。
ガウナがブランの時と同様に、術を使った直後に眠ったままでいるということは視えていた。その不自然な状況は、まさしく『アッカディヤの魔術儀式』の対象者である。ガウナが誰かを憑依させる、そこまでは読めていたのだ。
「つまり」
脂汗が額に浮かび、動悸が激しくなった。
「魂を視なければ良い」
それは、アルドと一緒の言葉だったが、アルドに二番目に優秀な男と自負させた彼の言葉は、違う意味を持っていた。
暗闇、暗闇、暗闇。
すなわち、アルドがたどり着こうとしてたどり着けなかった仮定ではなく、その証明である。
暗闇、暗闇、暗闇……。
「っ……」
器の中は、悲壮に彩られていた。
耳に入ってくるのは、水の音? 濁流と、雨の音だ。
ざあざあ、ごうごう。ざあざあ、ごうごう。
誰かの叫び声が聞こえて、ハルバは実験が成功したことを感じた。死の音声ともいうべきそれは、生きている者のそれよりも鮮烈である。
「問題は、俺が耐え切れるかなんだけど」
ハルバは苦笑した。正直言ってきつい。今にも倒れそうだ。
「ま、大丈夫だろ」
これを使うときは、きっと彼らがそばにいる時だろうから。




