王の過ち
あの人ほんとろくなことしないな
応接室で待っていた甘いマスクの青年は、にこにこと笑みを浮かべて、トリーの将来について尋ねた。
トリーは、彼にしては珍しく苛々として、将来は王城に勤めるのだと言い切った。
「俺は兄貴みたいにはならない。目を覚ませとは言わない。けど、俺までそっちに引き摺り込もうとするのはやめてほしい」
「はは、ひどい言われようだなぁ。残念だよ」
ため息を吐き、優雅に紅茶を口に含む。
「目を覚まして欲しいのは僕の方だよ。いつまでこんなくだらない学園にいる? この学園にいたとして、成せることは?」
「俺はこの学園で、二年一組で、委員長という役割を仰せつかっている。俺ができることは、二年一組をまとめ上げて、文化祭を成功させ、良い思い出を作ってやることだ。どのクラスよりも優れたクラスへと導いて、やる気ない奴らの目にも光を灯してやるんだ」
「それが女装男装喫茶なのがズレてるよお前は」
肩をすくめ、トリーのお兄様は、垂れがちな目を眇めた。
「僕の時もそうだった。学園祭で頑張って、みんなをまとめて……でも、そんなの意味がなかった。全部色褪せてしまった。形のあるものもないものも、全て。燃えてしまうんだよ、トリー」
「そうやって、兄貴は勝手にこの学園に失望したんだろ。地下の話は聞いた。たった十二人だけ生き残って、彷徨って、壮絶な経験をして。地下でやばいものを見たんだろ」
聞いても話してはくれないけど。
それを話してくれない以上、トリーは兄のことを肯定する気にはなれない。
あんなに優秀だった兄が、世間様に背中を向ける生き方をし始めた時、トリーの中ではたしかに何かが、がらがらと崩れたのだから。
「お前は僕の否定しかしてくれないな。だけど、それで良いのかもしれない」
だが、トリーがいくら兄を嫌っても、兄はあの頃と……四年前と変わらない瞳でトリーのことを見てくるのだ。それが気に入らなくて、居心地が悪くて、トリーはますます兄に反発する。
本当に、ろくでもない兄だ。一族の恥……と言いたいが、ネラル家はもともとそうだから一族の誉ということになるのだろう。逆に、真っ当な道を生きようとするトリーの方がおかしく見えているのだ、あの人たちには。
人の弱みに漬け込んで、貧乏人から金をむしり取る、後ろ暗い家業。何が縄張りだ、ふざけるな。
……いや。
抜け殻のようだった同級生を思い出して、トリーは思い直した。兄のように何もかもを捨てないと彼は決めている。だから、そのことに関してはお礼を言っておいた。
「兄貴が教えてくれた世間話で、多少なりとも同級生の興味を惹くことはできた。それについてはありがとう」
「あの物騒な世間話で気を惹くことができる同級生か。将来有望だな……物騒か。あァ、そうだ。お前、学級委員長なら、クラスメートに注意喚起することはできるよな?」
「注意喚起?」
トリーが首を傾げると、兄がゆるりと頷いた。
「できるだけ外出するなって言ってほしいんだ。さっき、共和国の奴らに絡まれてる生徒を見たんだよ。ネクタイの色からしてお前と同じ学年。俺のことを見て顔引き攣ってたから、それなりの常識人だと思うんだよな。品行方正なセント・アルバートの生徒にしては買い食いとかしてたっぽいし、俺のことを不審者としか思ってないっぽかったけど」
「そりゃ、ギャング姿の兄貴に絡まれたらドン引きするだろ」
今こそ品の良いスーツに身を包んでいるが、それはあの姿だと学園に入れてもらえないからで、基本スタイルはロングコートにつば広帽子。
兄は行儀悪く足を組み、ニヤッと笑う。
「どころかしょんべん漏らしそうなのに、妙に肝据わってんの。だから絡まれるのかもな。お前知ってる? 灰色の髪の生徒。珍しいよな」
トリーは飲んでいた紅茶を吹き出した。
激しく咳き込むトリーの背中を叩きながら、兄は呑気に「大丈夫かー?」と訊いてくる。トリーは顔を上げて叫んだ。
「俺のクラスの生徒だよ! あとさっきの、物騒な世間話で気を惹いたやつと同一人物!」
「あれま。そりゃ好都合。あの少年、がっつり共和国と関わってるから、ちゃんと見張っててやってくれ」
「はあ?」
「実は共和国の奴らが来てるのって、婚姻云々じゃないんだってさ。この前捕まえた奴らに聞いた」
「で、でも、資金協力が成れば全部解決するんだろう?」
「うんにゃ。そんな平和なもんでもないらしい。帝国派の方々にとっては」
くつくつと兄は笑った。その笑い方に、トリーは背筋が粟立った。兄はこの状況を楽しんでいる。
「偽装してんのは王国派だけじゃないって話だ。捕まえた奴らに言われたよ。“共和国が親帝国から遠のいたのは、トウェル王のせいだ”ってね」
「トウェル王の、せい……?」
「詳しく聞こうとしたら死なれた。だから、あいつら両方と接触したクラスメートは危ねえ立場にいるってわけ。だが、これは丁度いいのかもな」
「兄貴、まさか」
「王族に恨みを持ってんだよ。親帝国派の方々は。都合が良いことにな」
窓から見える景色を見て、兄はそう呟いた。その先には、王城がある。
「白日のもとに晒せないのならーーあの化け物を、殺させるまでだ」
完っ全に利用された。
閣議から解放されて、ユバルとターゴは客室でのんびりと会話する。
「王国も抜け目ないよなぁ。本題はアレだったんだろ? 金が欲しい俺らがプレッシャーになるわけだ、旧政権派とやらは」
「ルージュ秘書官の煽りもお見事でしたね。トウェル王の無実を証明したい旧政権派の方々の心理を利用するとは」
「トウェル王の無実ねぇ……」
ぼふん、とユバルはベッドにダイブ。
「俺らはともかく、親帝国派の方々はどーだろーな。俺らはともかく」
本当は、それを見極めるためでもあったのだ。
自分を延命させた外務大臣に、善意の塊の財務大臣。彼らはたしかに良き人々だ。だが、それは政治の場でのこと。
ユバルを延命させることで外交を有利に運ぼうとしたのかもしれないし、資金協力をすることで共和国を捨て駒にしようとしているのかもしれないしで、あの王の国の善意なんて、信じていなかったのだが。
「串焼き、美味しかったですねぇ」
ユバルの心境をわかっているであろう、しみじみとしたターゴの言葉に少し笑って頷く。
資金協力を得るための旅は決して生やさしいものではなかった。隙あらば暗殺しようとする追手を相手にすると、油断という二文字はなかった。誰も彼もを疑った。肌の色だけじゃない、もしかしたら、王国内部の裏切り者もいるかもしれない。
その中で、あの串焼きの少年のちょっと変わった行動は、ユバル達に、たしかに王国にある善意を信じさせることになったのである。
二子を持つ外務大臣は、同じくらいの子供を持つ親としてユバルを擁護してくれたのかもしれないし、あの穏やかな財務大臣は、いがみあう女王と宰相を本当に大事に思っていて、戦争以外の手段を模索しているのかもしれない。
「十一年前、帝国の第一姫を殺し、共和国のせいにしたトウェル王は死んだ。この国には善意だけが残ったんだ」
「それも楽観視しすぎですけどね。あの閣議を聞いていると」
「まーいいじゃないか。王族は知らんけど、国民はいい奴なんだから」
「若君」
ユバルは体を起こして、ベッドに座った。ターゴが恭しく膝を床につき、首を垂れた。
「あの庶民を殺させないためにも、俺は完全に王国派に着くぜ。な、ターゴ。もちろんお前も、こっち側だよな?」
彼のただ一人の従者は、迷いなく言い切った。
「仰せのままに、我が君」




