地下に眠るもの
突然だが。アントニー・マルクスの悪名は有名である。
最近改心をしたともっぱらの話題だが、その前は女癖がひどくて、金に物をあかし、不良連中と付き合っていた。父であるカイリ・マルクスはあんなに聖人なのにどうして息子はこんなのなのかと、何度陰口を叩かれたことか。
聖人である父と不良息子。この二人に共通点は見られないというのが、彼ら二人を知っている者達の総意だった。今、この瞬間までは。
「“血巡る大樹”。共和国は、王国であった頃から血の歴史だと聞きます」
机の上で手を組み合わせながら、誰も彼もを出し抜いた彼は口の端を歪めながら言った。まるで彼の息子のような笑み。
「そのために、共和国の国内は疲弊している。だからこそ、戦争をしようとしているのです。王国と帝国、いがみあう二国を使って」
「十五年前の出来事を積極的に起こそうとしているってわけだね」
チェルシーの言葉に、カイリは頷いた。正確に言えば、十五年前は内憂から目を逸らすため。さて、此度は?
「その通り。では、疲弊とは何だと思いますか? 皆さん」
「……それは、貴方の役職に関することでしょう」
リルウが静かに言う。
「金銭面での疲弊。だから、彼らは貴方のことを知っていた。わざわざ危険を冒してまで王国に来たのは、私との婚姻を隠れ蓑にして、マルクス財務大臣に資金協力を得るため」
「その通りです。リルウ陛下の写真と称して私の写真を送っておきました。資金協力のことを書いてね」
ちゃっかりとそんなことを言い、悪どい笑みをやめた彼は、女王陛下と宰相に、ひどく優しい視線を向けた。
「私は、リルウ陛下もアウグスト宰相も、他国へと送りたくはありません。お二人ともが、国の宝なのですから」
言われた二人は、醜い争いをしただけあって、気まずそうにしている。
「ですから、勝手ながら目的を書き換えさせていただきました。婚姻ではなく資金協力。婚姻は共和国でも秘密裏のことなので、秘密裏に破局しても何ら影響はありませんね?」
「もちろん。本国の大統領と帝国派はそれを知っていますが、この資金協力が成れば問題はありません」
問われたターゴがカイリの言葉を肯定。
「王国派と帝国派の対立は、マルクス財務大臣のおっしゃる通り、金銭面の疲弊によって生まれています。それ自体が解決されれば、我々も、大統領といがみあう必要はなくなります」
「禍根は残るだろう? 貴方たちを見る限り、もう既に追手とやらを殺している。もう戻れないのでは?」
ガウナが不審げに問えば、今度はユバルが首を横に振り、右手の親指を立てた後に、懐から真鍮製の何かを取り出した。
それは、ネックレスだ。プレートに描かれているのは、共和国の紋章。“血巡る大樹”とその根元に置かれている人の手らしきもの。
「共和国は血の歴史。今更一人や二人死んだところで禍根なんて残らねえよ。みんなみんな、“大樹”の養分になるんだから」
だから、彼は、ユバルは生き残っているのである。
その場の誰もが理解した。この王族の生き残りは、親族が殺されたことを当然のことのように思っているのだ。
共和国の死生観は、王国の死生観とは少し違うらしい。
だから彼は復讐をしなかった。自分が生き残ったことを“延命”と言った。無力感に打ちひしがれていたり、媚びを売っているわけではない。“生き残りルート”は、彼らの命のことではなかったのだ。
すべては、共和国のために。
「追手の方も、同じプレートを持っていたとの情報がありました。素敵な国ですね。リルウ陛下、アウグスト宰相、資金協力の件、了承していただけますか?」
二人はこくりと頷いた。
「ところで、その情報はどこから?」
今まで黙っていた長官が訊ねると、カイリは悪戯っぽく笑った。
秘密です、とカイリは答えなかった。
レオンは少し考えて、ある一つの可能性にたどり着いた。王城の人間に察知されない、そんな外れた存在。
横目で珊瑚色の髪の彼女を見た。少しだけ微笑んでいる。
ーーああ、彼女のお友達か。
貧民街に住んでいたチェルシーは、公爵位を賜る前に、よからぬお友達と絡んでいたらしい。息子のアントニーと養子のラテラの影響で、カイリとチェルシーが繋がっていてもなんら不思議はない。
清廉潔白に見えて、カイリは悪いお友達を使う術も心掛けているわけである。
そして、悲壮な覚悟を固めた秘書官をも。
「さて、両国の平和への道筋もできたところで、本題に入りましょうか……ルージュ秘書官」
「はい」
旧政権派を徹底的に打ちのめしたブランが立ち上がる。その手には、一枚の用紙。
「私は、ネリア夫人と共謀してオリヴァー監察官の遺体を運河に投げ入れました。殺させられた夫人の心情を見るに見かねて、せめて遺体を発見されますようにと投げ入れましたが、夫人と御子息御息女の落胆のしようをみるに、私はなんと愚かなことをしてしまったのかと、慚愧に耐えません」
会場を見回す。
「そこで、私は辞職を申し願いたいと思います。ですが、私にはやらねばならないことがあります」
ブランは、皆に見えるようにその書類を見せた。ごくりと喉が鳴る音がそこかしこで聞こえた。主に、旧政権派のお歴々からだ。
「王総研所長の孫として、祖父の罪を糾明し、そして」
『王宮地下の禁域における捜査計画書』。たしかに、そう書いてあった。
「この国がしてきた間違いを、白日のもとに晒すのです」
彼の言い分は、一見、旧政権の罪を暴くように聞こえた。しかし、それは違う。
レオンは、ガウナを見た。いちばん意味を理解しているであろう、彼を。
彼は、どうするかを決めかねているようだった。
地下を掘れば自分の罪が暴かれる。しかし、ブランはあくまでもそれを旧政権のせいにしようとしている。とすれば、骨が見つかってもトウェル王のせいにできる。
「地下には何があるのですか?」
禁域と書いてあるだけで反応していた長官は、そこに何があるのかと首を傾げる。冷静さを取り戻したようだ。
「そんなところを掘っても、何も見つからないでしょう」
「ええ、そうです。これは、疑いであるのですから。祖父も、そして亡き養父も言っていました。“地下に眠るものを掘り出せないのが残念だ”と」
「……その言い方からすると、悪いものでもないのですか?」
「わかりません。もしかしたら」
言葉を切って、共和国の二人を見、リルウを見る。
「莫大な財宝かもしれない」
ブラン君は誰からそれを聞いたんだ…




