現実的なお話
会議が長い
不審者に道を聞かれて不審者に問い詰められたかと思いきや、新たな不審者に助けられた。
ジルトは悩んだ。不審者に続々と絡まれる自分もまた不審者なのではないかと。
いやいや、自分は栄えあるセント・アルバートの制服を着ているし、数々の不審者のような怪しい格好ではないし。と自分の中で弁明する。
が、自らをギャングと名乗った男は、その制服でジルトに絡むことを決めたらしい。ジルトの背中をばしばし叩く。
「礼なら要らんぜ兄ちゃん。その制服、あそこのだろ?」
遠くに見える時計塔を指さすギャング男。
「俺の弟も、セント・アルバートに通ってんだ。これが反抗期真っ盛りでよォ、俺は兄ちゃんみたいにならないって言い切られちまってんだよ。まいったね、こりゃ」
肩をすくめるギャング男は、「でも」と続ける。
「悲観主義者じゃねえが、この国ァもう駄目だ。そりゃあ俺も、一度はお天道様の下で真面目に生きようとしたさ。けど、ある日気づいちまったのさ。お天道様なんて昇ってないことに」
セント・アルバートから、じぐざぐと指を動かし、大通りの向こう側へと行き着く。その動かし方に、ジルトは既視感を覚えた。
「そう、お天道様じゃなかったんだ、あれは」
「あれ……?」
「話しすぎちまったな。弟が俺のことをボロクソ言ってたら、ちっとは擁護しておいてくれ」
そもそも弟の名前を聞いてないのだが、そしてギャング男の名前も聞いてないのだが。そんなことを言う隙を与えずに、
「じゃあな、兄ちゃん。最近は他国の奴らが入ってきて物騒だから、買い食いもほどほどにな。それと……クソ学園長によろしく」
ひらりと手を振って、ギャング男は去っていった。
ジルトはその背中にお礼の言葉を投げて、「さて」と呟いた。地面に転がったままの男たちを指さす。
「この人たち、誰か知ってます?」
「私にはわかりかねます」
ジルトが何発かもらってから助ける気だったであろう彼は、驚くべき速さで定型的な返事しかしてくれなかった。路地裏から出てきて、鮮やかな手つきで男たちを縛っていく。
ジルトはしゃがんで、地面に転がされた男たちをじっくり観察した。
服装は普通。だが、やはり肌が浅黒い。日に焼けているというより、そのような肌の色であると言った方が良いかもしれない。何か身分のわかるものはないかと懐を探ると、ちゃり、と音がした。
それは、真鍮でできたネックレスだった。楕円形のプレートには、何かの模様が彫ってある。
その模様がわかったとき、ジルトは目を見開いた。かなり戯画化されているが、見覚えがあった。
画面いっぱいに描かれ、先の見えない枝葉を画面外まで伸ばす大きな樹。根本には、根なのか人の手なのかわからないものが描かれている。彼の国の人はそれを、“血巡る大樹”と呼ぶらしい。
そう、その国の名は。
「これ、共和国の紋章だ……」
やたらと威勢のいいユバルは、慌てふためく従者の彼を無視して、きょろきょろと会議場を見回した。
「おお〜、重鎮揃い踏みって感じ? そんで、そこの金髪美少女が、リルウ陛下?」
「ええ、お会いできて光栄ですわ、ユバル殿下。遠路はるばるご苦労様でした」
「こちらこそ、お招きいただき、恐悦至極。ということは、そこの鼻持ちならないイケメンがアウグスト宰相?」
問われたガウナは苦笑して、「お会いできて光栄です」と会釈。その場で立って、ユバルを紹介する。
「改めてご紹介します、皆さん。共和国のユバル・ナルシャ王子と、ターゴ・ディガー氏です」
「どうも」
先ほど大声でツッコミを入れていた片眼鏡の彼は言葉少なく、会議場の人々をひと睨み。まあそれも無理はないだろう。共和国も王国と同様に、こちらを完全な味方とは見ていないのだから。
ユバルとリルウの婚姻を結ぶことで、両国にとっても、不確定要素はなくなるのだが……。
ーーそれにしても、提案したその場に呼ぶとは。
レオンはガウナの行動力に苦笑しそうになっていた。一刻も早くリルウを追い出したいという気持ちが伝わってくる。
この策は有効だ。
たしかに、今は何の力も持っていないとはいえ、他国の王族を用もないのに呼んだとあれば、王国の名折れである。
正式に依頼していればの話だが。
「アウグスト宰相、少しよろしいですか?」
「何でしょうか」
「こちらに王子のご来訪の通達はありませんでした。それは良いとしても、共和国には正式に通達はされているのですか? 唯一の王族であるユバル王子がほぼ単身で王国に来られるのは、少しばかり疑問に思うのですが」
血塗れの襤褸を纏っているのも、その旅の壮絶さを思い起こさせる。王城方面を動かしたらこちらに動きが察知されるから、あからさまな護衛をしないというのはガウナ側の理由として理解できるが、実際に修羅場をくぐり抜けていそうなその格好は、明らかに向こう側が理由だろう。
「失礼ですが、貴方は?」
ターゴに問われて、レオンは穏やかな笑みを浮かべた。
「レオン・ダグラスと申します。恥ずかしながら、あなた方の来訪を察知できなかった外務大臣です」
「ダグラス……ああ、貴方が!」
ターゴが得心がいったように声を上げる。
「カルキ・ダグラス殿には、共和国が王国だった時から、良くしていただきました。生前のご厚誼に感謝致します」
両手をとられ、先程までの警戒が嘘のように満面の笑みで言われる。
「ユバル殿下、この方が、“あの”カルキ殿の御子息ですよ!」
「お、まじで? 俺の延命してくれた人の?」
キラキラした笑顔のユバルが、床につかんばかりに頭を下げてお礼を言ってくる。少しく忘れていた善意を思い出した気がして、レオンはどう答えていいものか迷ってしまった。
顔を上げたユバルは、勢いよくターゴの方を見た。
「それなら王国側をとって正解だな! 生き残りルートが見えたぜ!」
「ええ追手から逃げて逃げて逃げまくった甲斐がありましたね!」
いぇーい、とテンション高くハイタッチする主従。だが、王国側は聞き逃さなかった。
「王国側とは、どのような意味ですか?」
リルウが代表して尋ねると、彼らは少しの間目線で会話していたが、やがて同時に頷いた。
「今共和国は、二派に分かれている」
ユバルが半眼で話し出す。その口元は、引きつっている。
「親王国派と親帝国派。俺らはもちろん親王国派だけど、一番権力持ってる大統領が、親帝国派なんです。で、さっきターゴが言ってた追手というのが、親帝国派。秘密裏にリルウ陛下と婚姻を結ぶ、すなわち王国側と関係を持とうとする俺たちを同じく秘密裏に暗殺すべく、大統領から差し向けられてるんです」
「そんな危険を冒してまで、両国の平和のためにいらっしゃったのですね、ありがとうございます」
「いえいえ、マルクス大臣にそのようなことを仰っていただけるとは、身に余る光栄です」
「……」
その場が沈黙に包まれた。ぬるりと入ってきたのもそうだが、なぜ女王陛下の顔も知らなかったユバルが、彼のことだけは知っていたのか。
赤茶けた髪の財務大臣は、息子譲りの悪どい笑みで笑った。
「ええ、そうです。戦争よりも、婚姻よりも、もっと現実的なお話をしましょうか。きっと、共和国の親帝国派の方々も、気に入ってくださいますよ」




