不審者と爆弾
肩を掴まれたまま、ジルトは男たちを観察した。
おそらく、さきほどの不審者たちと同じ類の人間だ。
二人組と比べると、言葉がずいぶんと訛っている。血塗れの襤褸を着ているわけでもないのに、こちらの方が数倍危なそうだった。
「さっきの二人組と、何を話しましたか?」
「ただ道案内しただけです。道案内というか、あそこに見えるのが王城かって訊かれて、そうですって言っただけで……」
ジルトがそう答えると、男たちは顔を見合わせた。
「本当に、それだけですか」
ジルトはむっとしたように装った。
「なんなんですかまったく。さっきの二人組といい、人のことをジロジロと」
「何かあげていましたね」
肩越しに、串焼きの袋を指さされる。ジルトは袋の口を開けて、串焼きを見せた。
「これです。食べますか?」
「いや、けっこう」
後ろの一人がもう一人に目配せする。ジルトは口元をひくつかせた。
ーーこれ、やばくね?
何か知らないが面倒ごとに巻き込まれたような気がする。ジルトは周囲に視線を走らせた。よりにもよって、さっきの二人組のせいで人がいない。
つまり、危害を加えられたとして、クライスしか目撃者はいないというわけである。しかも、そのクライスが助けてくれる保証もない。少し前に追い払ってしまったし、助けてくれるとしても、何発か喰らった後かもしれない。
「あのー、俺、人畜無害の一般人なんで、もう帰っていいですかね?」
人数は四人。二人は後ろから肩を掴んでいて、もう二人はジルトの前にいる。つまり、囲まれている。前方にいる男が、ジルトに言う。
「一般人は、血で汚れている二人組を見て、何かをあげようとは思いません」
「それは僕も思います」
不覚にも同意してしまう。その同意に、不信感たっぷりの視線が突き刺さる。返答を間違えたとジルトは悟った。
ーー俺も“抜け穴”が使えたらなぁ。
と、目の前に迫る拳に、とうとう現実逃避し始める。
……鈍い音が四発聞こえた。
まず、目の前の二人が倒れた。
何が起こったかわからないままに固まっていると、肩が軽くなった。こんなことができるのはと、ジルトは後ろを振り向く。
少々不本意だが、礼は言わねばなるまい。
「た、助かりました、クライスさ」
「おう、大丈夫か兄ちゃん。ったく、ガキを大人四人で囲むとは、卑怯にも程があるわな」
「いや誰!?」
そこには、黒髪の寡黙な従者などいなかった。
代わりに立っていたのは、つば広の帽子にロングコートを着こなした、長身の男。
無造作に首元に巻いているストールを巻き直した男は、サングラスをカチャっと押し上げる。
「誰、と言ったな」
靴裏でぐりぐりと、倒れた男の一人の頭を踏み躙りながら、男は前髪をかき分け、ふっと格好つけて笑う。
「俺は……通りすがりのギャングだよ」
ジルトは口をあんぐり開けて、思った。
ーーこいつも不審者じゃねえか!!
お互いに婚姻を結ばせて政権から追い出そうとする醜い争いは、死人のような顔をした彼の言葉で一応の終止符が打たれた。
ガウナ側に座りながら、注意深くやりとりを聞いていた彼は、議論が途切れたところで、そもそもの前提をひっくり返しにかかった。
「トウェル王は、戦争をせずに、諸外国と婚姻を結ぶ、平和的解決を考えられていたのですか」
褐色の瞳を沈思の色にし、ブラン・ルージュ秘書官はそう言った。それに長官は大いに頷く。
「勿論です。戦争を止めたのはトウェル王ですよ。我が王は、戦争を憎んでいました」
「戦争……だけですか」
含んだ言い方に、長官は片眉を上げる。
「ルージュ秘書官、一体何を……」
「平和的解決を考えられていたのなら、どうして、“禁域”は生まれたのですか」
「何事にも、保険というものはあります。悲しいですが、人体実験のユーフィットもその一つです。医学の発展は……」
「医学?」
ブランが長官の言葉を嘲笑する。
「『ユーフィット醫院』で研究されていたのは、医学ではないでしょう? いや、研究すらされていませんよね?」
長官の顔が青ざめた。
「王総研も同様です。高名な学者を集めて、トウェル王が何をしたかご存知ですか? 学者たちの檻と呼ばれたあの施設の内側で、何が行なわれていたのか。どうして、戦後に“禁域”が生まれたのか、考えてみたことは?」
次々とされる質問に、内務省側の人物は狼狽える。その狼狽を無視して、ブランは言い切った。
「トウェル王が戦争を止めたのは、程よく国内が混乱したからです。一度壊した国内を、都合よく思想統制するために、“禁域”を設けたんです。長官殿の仰る保険をかけても仕方がない。そんな空気を醸成させた……戦争という外部の暴力を盾にして、内部の暴力を正当化させた」
「そんなの、推測にすぎな」
「私の本当の名前を、ご存知ですか?」
途端に笑みを浮かべて、ブランはそんなことを問う。
「ブロウ・ウェイン。王立総学研究所の所長、ダンテ・ウェインの孫です」
困った。
レオンは、ガウナ側で爆発した爆弾が指し示す未来と、自分の考えている未来を擦り合わせて、その相違にため息を吐きたくなった。
「懐古」に傾きつつあり、トウェル王の発言を捏造しながら婚姻を迫る戦いは、ブランの爆弾発言によって、意味を成さなくなった。
戦争を憎み、平和を愛するトウェル王という前提があったからこそ、旧政権派によるトウェル王賛歌があったからこそ、相手を婚姻に追いやることができたのだが、これでは旧政権派の頭に血が昇って、遺言云々ではなくなってしまう。
いや、頭に血が昇るどころの話ではないか。ほとんど死にかけているのだから。
華やかなりし旧政権に幻想を持つ方々は、今まで全力で目を逸らしていた案件を持ち出され、泡でも吹きそうな勢いである。
ガウナの方を見る。彼はなぜか、旧政権派が叩きのめされつつあるのにも拘らず、ちらちらと会議室の入り口の方を見ていた。
ーーああ、もしかして。
レオンは、彼が何を待っているのかを悟った。
それならそれでちょうどいいかと思い直す。ブランによって、トウェル王は戦争を完全に否定していなかったという土壌ができたことだし、彼らにも協力してもらおう。
「しかしっ、これは当時の政権の総意でっ、時代の流れで」
「流れを作ったのがトウェル王だと言っているんです」
レオンは耳を澄ました。聞こえる。
「皆さん、落ち着いてください。お客様がご到着されたようですよ」
口を開こうとしたガウナに先んじて言うと、ガウナに恨みがましい目をされた。
足音が近づいてくる。二人分だ。
「馬車って密室だから暗殺にぴったりじゃね?」
「しかし、暗殺した後に逃げるのが難しいですよ」
「じゃ、御者を殺して成り代わろう」
物騒な会話だと、レオンは苦笑いした。かの国の人間は、血の気が多いらしい。
「お、ここか。感謝するぜ門番さん。ありがとうな」
「閣議中ですから、静かに入っていきましょうね」
「よしわかった!」
「絶対わかってないだろクソガキ!?」
ばたーん!!
両開きの扉が開け放たれ、浅黒い肌の少年が部屋に入ってくる。耳をつんざくような大声と共に。
「たのもーう!! 俺は共和国第七王子にして最後の王族、ユバル・ナルシャ!! このたび女王陛下との婚姻のために、遠路はるばる、まじで遠路はるばる参った次第だ!!」
「たのむなバカ!!」
この闖入者たちをきっかけに、閣議はますます混迷を極めていくのだが……。
「待ってましたよ」
それは、ガウナにも、レオンにも、預かり知らぬことであった。




