牽制
追い出しバトル
リルウはそれを鼻で笑った。
「それは、父の時代の話でしょう?」
ぞっとするような笑みである。真紅の瞳を嘲笑に歪め、ガウナの提案をはたき落とした。
「今更、共和国の旧王族と仲良くしたところで、我々王国のどこにメリットがあるの?」
それもそうだ、とレオンは思った。
王国と共和国は、帝国を挟む形で位置している。地形的に、牽制になるというのはガウナの言う通り。
実際、二十年前から十五年前まで続いた王国と帝国の戦争の、最後の最後で共和国が加わってきたことで戦況はがらりと変わった。
おかげでと言っていいかわからないが、思ったより死者が出ない戦争を、トウェル王が辞めさせるきっかけになった。
戦力としては申し分ない。だが、戦争に乗り込んできた理由が理由なのだ。
共和国……正確には、十五年前までの王国は、内憂から目を逸らすために外患を使ったのである。つまり、王国への味方をする気はゼロ。しかも、その戦争参加がきっかけで、留守になった王城にクーデター勢が押し入り、王城は無血開城。
で終わればいいものを、三年前、野心あふれる王族は旧政権派と結託して逆クーデターを企み、やる気のない王子以外皆処刑されたのである。
「今の共和国の王族は、ユバル王子お一人。彼にどんな力があるというの? 私が彼と結婚したところで、王国は共和国ごときと同等ですと宣言するものじゃない」
旧政権を盾にリルウを追い払おうとしたガウナの策を逆手にとって、リルウは反論する。しかしガウナは余裕の笑みを崩さない。
「それはそうだね。我が王国は大切な女王様を、共和国ごときに嫁がせるわけだ」
それは織り込み済みらしく、ガウナは一度頷いて、目を見開いた。
「だからこそ意味がある。これは、帝国への牽制と共に、共和国への牽制でもあるんだ。知っての通り、現在、共和国と帝国は付かず離れずの距離を保っている。だから、帝国と共和国が手を組まないように、婚姻をして脅すんだ……正直言って、相手は共和国の誰でも良い。大事なのは、格上の女王直々に嫁ぐこと。実質、領地の拡大とも言えるかもね」
リルウが荒んだ目をした。舌打ちでもしそうな勢いである。
「婚姻を結ぶのなら、ユバル王子に来させてもいいじゃない。どうして私が嫁ぐことに拘るの? まさか、辺境の地に嫁がせて暗殺者を送り込もうとしているわけでもないでしょうに」
ガウナの頬が引き攣った。まさにその通りのことを考えていたのだろう。
「とはいえ、婚姻というのは良い手だと思うわ」
「へ?」
艶やかに笑って、リルウはとある人物に目を向けた。
実のところ、内偵の動物たちを使ってガウナの動向は読んでいる。だからこちらも、トウェル王時代の三大公爵家、大火前の権威を連れてきたのだ。
珊瑚色の髪の公爵はへらりと笑う。彼女の軽い態度は、嘘なのか本当なのかわからない。が、味方であるレオンは断定できる。全くもって嘘っぱちである。特に、今からチェルシーが話すことは。
旧政権の人物には旧政権の人物を。嘘には嘘を。
嘘が通じるフィールドを作ったのは、他ならぬガウナであるのだから、この嘘もまた有効なのである。
「私、トウェル王に聞いてたんだけど、帝国の第二姫は、宰相様と同い年らしいね。それでいて親王国派……いちばんの腑抜けとも言ってたかなぁ? たしか、エルヒルト殿下と婚姻を結ばせたいなんてことも言ってたなぁ?」
「な、何を言いたいのかな、ディーチェル公爵」
今度こそ、ガウナが顔全面を引き攣らせる。チェルシーは、事もなげに言った。
「だから、わざわざ大切な女王様を共和国に嫁がせなくても、アウグスト宰相が帝国に婿入りして、本丸を落としてくればいいじゃん。戦争、したくないんでしょ?」
直接本人に言うことはできなかった。だからジルトは、従者である彼に言った。
「マティス・ウィリアムは……あいつが殺した人。俺が救えなかった人です」
「正解です」
正解。その言葉には、どれだけの傲慢さが含まれているか、ジルトは痛感していた。痛感なんて可愛いものじゃない。心臓が抉られて……もう二度と動かなくなるほどに、わかっていた。
「これで、クレイは、地下牢から出してもらえるんですね」
「もう、解放しています。ルージュ秘書官が貴方に会ったと同時に」
「ハルバの、予知能力を、計算してたんだ……」
また、乾いた笑いが出そうになって、ジルトは口を引きむすんだ後に、言った。
「性格悪いですよね、あいつ」
「ですが、約束は守りました」
つまらない擁護だ。ジルトは一瞬だけ瞳に怒りを灯したが、すぐにそれを消した。
「どこに行かれるのですか?」
「事実確認です」
「ハルバ様の予知でわかるでしょう」
「直接言葉を聞かなくちゃ」
早足になる。クライスがついてくる。ジルトはそちらを見ずに言う。
「クレイと、レイデス院長は、何かを知っている。ここまできたら、俺は全部知りたいんです。クライスさん、俺はあいつを殺しますよ。そのために、『ユーフィット醫院』を利用する」
「測っているのですね」
その一言に、ジルトはますます歩速を早める。
「クレイ・ユーフィットと、レイデス・ユーフィットが、こちらから見て殺すに値するのか」
「……」
「だから、わざわざ私の反応を見るために呼び出した。やはり貴方は優しいですね」
「……そーです! 俺は、優しいんですよ!」
今までは不快に感じていた褒め言葉。優しいと殺される。でも、優しくないと答えれば理解者扱いされる。それなら。
「でも、あいつ限定で優しくないから殺されないんです。はい論破!」
ジルトは、勢いよく『ユーフィット医院』の扉を開けた。
「おおー、兄ちゃん久しぶり、この度は俺を牢屋から出してくれてありが」
問答無用でクレイの襟首を掴み、ジルトは凄んだ。
「とっとと秘密を吐け」
「ひ、秘密?」
「あいつと対等になるだけの秘密があるんだろ? あいつを殺すために必要なんだ。教えろ」
「ひえっ」
さながらカツアゲのようだったが、ジルトにはそんな余裕はない。余裕はないが、なんとなくクレイの視線を読んで、「ふーん」と唸る。
「なるほど」
「は? え?」
「当たりか」
頷いて、クレイを床に下ろす。
「俺、なんにも言ってないけど」
「事実確認に来ただけだ。クライスさんもいるから別に話さなくていいぞ」
「理不尽すぎる……」
「理不尽じゃない。レイデス院長と、仲良く暮らすんだぞ?」
クレイの視線の先にいた彼を見て、ジルトは柔らかく笑った。
そんな感じで、詮索してくるクライスをしっしと追い払いつつ、久しぶりに大通りの串焼きを大量に買って食べようと思っていたのだが。
「にしても、さっきの奴ら、人のことを王国民王国民って……なんだったんだ?」
襤褸のような服に、夥しい返り血を浴びた二人組は、いかにもな不審者だったが、悪い奴らではなさそうだった。ただ少しだけ、言葉が訛っていた気がするけれど。
気を取り直して串焼きをもぐもぐ食べる。この大雑把な味付け、師匠と行った高級店も良いが、これもまた良いものだ。
自分の舌に感謝しつつ、ジルトは学園に帰ろうと歩を進め……
「少し、良いですか?」
「良くないっスね」
剣呑な雰囲気の男たちに、肩を掴まれたのであった。




