表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
地下に眠るもの
218/446

ハルバがガウナに激昂したわけは、ファニタにはわかっていた。というか、ハルバが言わなければ、ファニタがガウナのことを罵っていた。


でも、ファニタには、ガウナを罵るよりも、優先すべきことがあったのだ。


「ねえ、ジルト」


そっと、肩に手を乗せる。ファニタはできるだけ、自然に言った。


「どうして、自分を無価値だなんて言ったの?」


委員長との会話を終えたジルトは、伏せていた顔を上げた。

この前から、彼の草色の瞳には、澱みが混じっている。


ルクレールとミュール、この二人が目の前で死んだ時、ジルトは()()()()を口走った。


前に、ガウナとジルトの因縁を聞いたことがある。良心。殺せないジルトのことを、ガウナはそう呼んだのだという。


一歩間違えば、正体を知られかねない言葉。けれど、双方とも正気じゃなかった。それは幸いだ。だからガウナはジルトを平手打ちしたし、ジルトも感情のままに殺意を口走った。自分を、否定する言葉を。


はっきり言って、ファニタはジルトのことを恩人だと思っているし、愛している。

だから、好きな人が自分のことを否定するのが、悲しくてたまらなかった。


ジルトは憮然として言った。


「あいつが信じてるものを否定するのが、いちばん効果があると思った。あいつは有りもしないまぼろしを追いかけてる。それを突きつけてやろうと思ったんだ」

「“良心”ね」


ジルトは頷いた。


「馬鹿みたいだ、あいつ。はじめて会った時は、俺を、人を殺す言い訳にして。どんどんどんどん神格化していって。そんなんじゃ、ないのに」


ジルトは机に伏せった。ぼそりと言う。


「死んでくのを、見届けることしかできなかったのに……」


自己嫌悪に陥っているところ悪いが、実は、ファニタはガウナの気持ちがわかる。わかるから、ジルトの気持ちに阿った。


彼女は、悲しいことに天才だった。


「そうね、ジルトは、普通の男の子だもんね」


良心という言葉とは違うけど、私だって貴方を特別視してる。自分の至らない部分を埋めてくれる、素敵な人だと思ってる。


「子爵が言った言葉、覚えてる? 地下の化け物の話。きっと、化け物は、地下の暗闇に慣れてしまって、少しの光でも眩しく感じてしまったのよ。それが、貴方だったって話」


きっとそれは特別な光だった。貴方が私を助けてくれたあの日みたいに。そうでなければ、パーティーの参加者は殺されていない。何百人もの参加者は殺されて、ジルトは殺されなかった。それが全てを物語っている。


「ええと、何て言ったかしら。犬に噛まれたと思ったら? 向こうが貴方を特別視しようが、貴方が向こうを特別視する必要はないのよ」


それは無理なんだろうけど。


たまたま居合わせたジルトが、たまたま彼の良心になっただけ。それだったら、どんなに楽だろうか。


「犬……」


ジルトが顔を上げた。ファニタは笑った。


「そうよ。だから、因縁なんて忘れて、今は……」


窓の外を見る。学園からは見えない教会で、行き倒れの遺体が弔われているはずだ。ジルトも釣られて窓を見て……


「許せなかったんだ」


机の上で拳を握りしめた。


「あんなひどいことをするあいつも、なにより、あいつの神格化してる良心が」 


ようやく言ってくれた。 


「大嫌いだ……だから、無価値って言ったんだ」

「自分で自分を嫌いになったのね」


ジルトは頷かなかったけれど、結局はそうなのだ。


たぶん、ガウナの思い人が……良心が別の人物だったら、彼はあんなことを叫ばなかった。良心が自分だとわかっていたからこそ、叫んだ。


ガウナへの意趣返しではなく、彼のまぼろしを否定するのではなく。現実の、自分自身を否定するために。


あのくすんだ金髪の子爵が謝ったのは、この結果がわかっていたからだ。死者を恨むのはお門違い。だけど、背中を押した彼に、ファニタは良い顔をできない。

ファニタの好きな人が、こんなにも傷つけられることになったのだから。


死者も所詮は人間だ。死ねば心象が良くなるかというと、別にそういうわけではない。

自分の父親の件で、それは痛いほどにわかっていた。


彼らはきっと、わるい大人だ。


そして、ファニタもまた、わるい子供だった。


「それなら、降りちゃえば?」

「……え?」

「何もかも放り投げて、自分を好きになれば良いのよ」

「放り投げたら、余計自分を嫌いになるだろ」


責任感のある言葉。けれどそれは、彼との間の複雑で、そして単純な因縁の上に成り立っている。


「あの人って、誰も彼もに恨みを買ってそうだし、貴方が討たなくても、放っておけば死ぬと思うわよ」

「でも、その分たくさんの人が死ぬ」

「貴方が関われば、たくさんの人が死なずに済む?」

「……わからない」


まさか自分も背中を押す側になるとは。文句を言う筋合いはないのかも。


「また、あの王様が召喚されたとして、勝てると思う?」


少し意地悪かもしれない。ジルトが傷ついたような顔をした。


「無理よね。なら何故、貴方は降りようとしないのかしら。簡単よね」


二人が死んで、瞳を澱ませて、でも彼が、降りるのを躊躇う理由。


「貴方が、殺したいからでしょ? 他の誰でもない貴方が。それが、理想の復讐だからでしょ?」

「……」

「自分が嫌いになっても、人が死んでも。貴方は一つのわがままを通したいのよ」

「俺って」

「ん?」

「俺って、そんなに重くてひどい奴だったんだな」

「そうよ」


ファニタは口では肯定しておいた。心の中では、ずっとジルトを褒め称えているにもかかわらず。


けど、ジルトを立ち直らせるには、“彼”と真逆のことを言うしかないのである。


ほら。


「ありがとう、ファニタ。そうだよ。俺が、俺だけが、あいつを殺したいんだ」


言ってる言葉は物騒だが、ジルトの瞳は、いつものように少しだけ濁ったものになっていた。


心は傷みに傷んでいたが、ジルトがそうやって笑ってくれるなら、安いものである。


窓の外を見る。細く棚引くそれが、見えるはずもないのに、見えた気がした。


ーー私は、降りてもらいたいんだけどな。


降りたとしても、愛する自信があるんだけどな。


そんなことを思いつつ、結局ファニタは、自分の好きな人を否定して、背中を押してしまったのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ