絶対に許さない
沈黙を埋めたのは、誰あろう、内務省行政局の長官である。
唯一無力な彼は、恍惚とした瞳で、ガウナを見た。
「トウェル王、なのですね」
よく躾けられた犬であるところの彼は、もう“偽物”なんて見ちゃいなかった。本物を見せつけられて、ふらふらとガウナの元に歩み寄り、跪いた。
「亡き王にまた逢えるとは……貴方こそが、私が忠誠を誓う相手です」
蝙蝠のように見えるが犬である。リルウのところに預けられていた犬が、元の飼い主が現れたことによってその腕の中に帰っただけの話。
もちろんそれを否定するほどガウナは馬鹿ではない。なるべくトウェルに似るように、酷薄な笑みを浮かべた。偽善者面した笑みを浮かべるよりも、よっぽど簡単だ。
「嬉しいです。僕の味方になってくれるんですか?」
「勿論! 行政局は、全面的に貴方の味方になりましょう! ですからもう一度、もう一度、貴方のお傍に」
かわいそうに。この長官は、トウェルによって壊されている。死してもなお、旧内務省にかけられた呪いは、首輪は、決してなくなることはない。
ついさっきまで殺そうとしていた男に、縋り付く愚かさを自覚できない。その愚かさは、いたましくて、そして。
ーーなんて、都合が良いんだろう。
晴れていた空はすっかり曇りきり、頭上からの攻撃に気付きにくくなっていた。
それでも、公園の中に穿たれたいくつものクレーターは、クライスに有利に作用していた。
クライスは、ラテラに魔法で強化した攻撃をさせることで、公園に穴を開けさせていた。
やはり魔法と本来の自分の力を使い分けてくる点は厄介だ。ラテラはそれを上手に使い分ける。
空から降ってきて、大ぶりな攻撃を繰り出すかと思えば、そのまま魔法を解除して着地、クライスの足元を崩そうとするし、小さな踵で地面を叩いたかと思えば、地面にひび割れができる。
動作と効果が違うのは非常に厄介。だが、クライスは冷静にそれに対処した。自分自身がクレーターに閉じ込められないように注意を払い、確実に、ラテラが跳躍した時の着地位置を無くしていく。
ラテラがこの公園にこだわることはわかっている。
それより先……ジルトたちが向かった『ユーフィット医院』に、クライスを進めたくないからだ。その意図がわかっているから、まっさきに公園の入り口近くに穴を穿たれるのは予想の範囲内。いくらブラフを使おうが、本来の目的が達せられなければ意味がない。
クライスは、ラテラの目的を完全に理解したうえで、自分に有利な戦場を作り上げていった。
狭い公園だ。クレーターが穿たれていないところは、クライスが今立っている地面のみになった。つまり、彼に逃げ場はない。
ラテラは、これを好機と見てクライスに大振りな攻撃を仕掛けてくるだろう。そこを、狙う。
この確実な一瞬を、穴を穿ったラテラが穴から戻る一瞬を利用して、殺す。クライスは、執事服のジャケットを脱いだ。ラテラが目を見開いた。
目眩しに使うと思ったのだろうが、違う。
クライスは跳躍し、そのまま、新しく穿たれた穴の中に飛び込んだ。砂塵が飛んでよく見えない。だが、一番深いところにいるのが本人だ。亜麻色の髪を認めた瞬間、クライスはジャケットの袖を捻り、その細首を締め上げた。
少女の声は出ない。故にやれてるかわからない。
たしか資料によれば、スピレードに家族を惨殺された時に声が出なくなったとか。
砂塵が収まってくるにつれ、項垂れた少女の姿が見えてくる。今度はクライスが、目を見開いた。
少女は死んでいなかった。死んだふりをしていた。
たしかに気管を塞いだのに、生きている。白く細い指が、ジャケットの袖にかかった。
本能的に恐怖を感じ、クライスはその場から跳び下がった。
「貴女は、いったい何なのですか?」
ぽつりぽつりと降ってくる雨。ラテラが煩わしそうな顔をしたが、気を取り直したらしい。微笑んで、口を開く。音こそ出なかったが、読唇術で理解した。
ーーしねないにんげん。
その微笑みは、なぜか嬉しそうだった。黄水晶の瞳は、何かを見ていた。天から降ってくる、糸のような……。
大降りになりだした雨が、音を立てて穴に降ってくる。二人は同時に穴から脱した。といっても、化け物じみた跳躍力を駆使したラテラの方が、先に公園の入り口に立っていた。
クライスは、自分の敗北を悟った。
向こうには予知能力者がいる。雨こそが、戦闘終了……すなわち、ジルトたちの勝利だったのだろう。
「まだまだ修行が足りないな」
熱くなった体を冷やすような雨に、クライスは呟いた。
負けた。
負けた、負けた。
ジルトは、座り込んでいた。その目線の先には、静かに眠る二人の姿があった。二人の姿が歪む。視界に薄い膜が張った。
殺した、死なせた。ノーデン・ヒュラム参謀が死んだ時の、表裏一体の感情が、どっと押し寄せてきた。
「でもね、ジルト君。君が来なかったら、彼らはもっと早く死んでいたよ」
ガウナが屈んで、髪を撫でてくる。彼が、そうしたように。
「君に見てもらいたかったから、殺すのを引き伸ばしたんだ。それに」
君が来なかったら、リルウは死んでいたよ。
ーーなんで。
なんで、俺は慰められてるんだろう。情けない、悔しい。
「ひとの、力を借りたくせにっ」
「あの二人を自分の力で倒せと? 無茶言うね」
「お前なんか、死ねば良かったんだ」
「残念ながら死ねないな。彼女に出会うまでは」
「お前の言う彼女にそんな価値はない」
「それは、君が決めることじゃないよ」
「お前が決めることでもない!」
ぐちゃぐちゃになった感情で、ジルトは叫んでいた。
「お前の良心なんか、無価値な人間なんだよ!!」
頬を張られて、ジルトは床に倒れ込んだ。
「いくら君でも、それは許されない」
「許されないのはお前だ!」
起き上がって、ジルトはガウナを睨んだ。
「絶対に、絶対に許さない!! お前なんか嫌いだ、殺してやる、絶対に殺してやる!!」
「ジルト!!」
ハルバがジルトを取り押さえようとする。ジルトは、燃える瞳でガウナを睨んだ。
「お前の良心を否定してやる、お前を殺して証明してやる……!」
「すまん、ジルト!」
ハルバの声が聞こえた。
鳩尾が殴られて、視界が一気に暗くなる。絶望とともに、ジルトは目を閉じた。




