あとはよろしく
八度目。彼はまだ死なない。
残酷なことをしているとは思う。それでも、止めようとは思わない。
ガウナが転移魔法で、ギリア海の底、あるいはレトネアの家、そしてここを目まぐるしく移動させられて、徐々に消耗してゆくのを、チェルシーは静かに見ていた。
ルクレールという男性は、無表情を保ちながらも踵を鳴らして、彼を海に放り込む。その榛色の瞳は、濁り切っていた。
「俺は七人の子供と、一人の女性を殺したんだ。その前に、三十人は殺したかな」
ガウナが消えている最中、そう説明してくれた。どうして魔法を使えるのか、そう訊いた時の話だ。
「およそ三十八人分の命が、俺の中にある。けれど、いちばん大きな命は、女性の命だ」
ルクレールは、胸に手を当てた。
「俺が魔法を使えるようになったのは、大切な人を殺したからだろうよ」
どうして大切な人を殺したのかは、教えてくれなかった。
十一回目の転移。戻ってきたガウナが、懐から“聖剣”を引き抜く。ルクレールが警戒するが、チェルシーは、ジルトから聖剣の疑惑について聞いていたので、それを彼らに教えた。
「つまるところ、聖剣は善意で出来ていたんだ。だから、持ち主を狂人に変えるなんて嘘」
有利な立場にいるからか、チェルシーは冷静に聖剣を見ることができた。たしかに膨大な魔力は感じられる。
けれどやはり、それは聖剣本体のものではなく、外付けの魔力でしかない。
よって、聖剣は恐るるに足らず。
ーーそれにしても、なぜ、十一回目で聖剣を出してきたんだ?
なぜ、一回目で出さなかった? 一回目で出せば、事態は好転していただろうに。
そんな疑問が、チェルシーの中に沸き起こる。
ルクレールもそれを疑問に思っていたらしい。直接ガウナに訊けば、彼はそれどころではないらしい。今にも死にそうな呼吸で応じるのみ。
そう、彼は、やっと、死にそうなのだ。
魔女とて、深海と地上を本人の意思でなく行き来させられれば、いずれは死んでしまう。その膨大な魔力を消費して、枯渇させ、生命力という灯火は消えるのである。
回りくどくて残酷なやり方だが、転移魔法で少しずつ殺すことは有効なのだ。
あと、五回でもすれば死ぬかな。チェルシーはそう思う。ガウナが“魔女の生贄”を発動するたびに、同じ術で相殺する、“聖剣”の攻撃を結界で防ぐ。彼女がするのはそれだけで、ただただ、ルクレールの転移魔法によって死に近づくガウナを、じっと見ている。
彼が結界を使えなくて助かった。せっかく深海に放り込んでも、ディーチェルのように身を守る結界を使われれば意味がない。
と、考えていた時。
「はっ?」
床に倒れていた男性が起きた。たしか、行政局の長官だったっけ?
「あ、あの、今なにが?」
「魔女狩りです」
お姫様が、簡潔に答える。長官は「魔女狩り?」と首を傾げ、慌てた様子になる。
「そ、そうだ! 私が『アッカディヤの魔術儀式』を使われたとなれば、“実働部隊”にも使われているはず! 彼らは、無事なのですか!?」
ああ、それか。チェルシーは、リビングの入り口に目を向けた。
「無事に、意識を刈り取りました〜」
のほほんとした様子で、メイドが入ってくる。たしか名前はミュールというらしい。彼女は返り血一つなく、腕に力こぶを作って何かをアピール。
「殺さないようにするのは大変でしたが、計八名! 五体満足で、外でお休みになられています」
「そうですか、良かった……良かったのか?」
長官が複雑な顔をした。たった一人に八人がのされるのは、良いことなのか悪いことなのか。
付け加えておくと、実際に相手にしたのは、ガウナが降ろした腕利きの死者たち。だからこの場合は、“実働部隊”が弱いのではなく、ミュールが強すぎるのだと言える。
錆びた剣を研いだところで、ようやく使い物になっただけ。一つの業物には敵わない。
こころなしか、ガウナも驚いているように見える。いざとなったら“実働部隊”をここに突入させるつもりだったのだろう。あてが外れたという顔だ。
ーーだから、聖剣を使わなかったのかな。
もしかしたら、“実働部隊”が来るのを待っていたのかもしれない。聖剣は奥の手。本当は、使うつもりはなかったが、しびれを切らして使ったのかも。
そう考えたら、この拷問のような光景も、もうすぐ見納めなのだ。
チェルシーは安堵した。よってたかって人を殺そうとする、そんな地獄のような光景は、もうおしまい。
ルクレールの濁った瞳に見える悲しみも、リルウがそれを誠意だと言わんばかりにガウナから目を離さないのも、見ずに済むのだ。
転移魔法による殺人は、この場の全員の心を痛めていた。
一思いに殺せばいいものを、近づけば何をされるかわからない。あの聖剣が、御伽噺のような、伝説のような力がなくたって、ただの剣ではないのだ。
だからこうやって、じわじわと痛めつけていく。人が弱っていくさまを、手も出さずに見守っている。
ーー暗殺じゃなくて、私刑かな。
二十回目。虫の息のガウナが深海へと旅立った時、チェルシーは、灰色の髪の少年を思った。
今、彼は、『ユーフィット醫院』の院長を“説得”している最中だ。別に暴力的な意味での“説得”ではない。ちゃんと、言葉による“説得”をしているのだ。それは、持たざる者たちによる、あるいは、持てるものの最良の手段。
ここにいるのは、魔力を持てる者だが、良心を持たざる者たちである。
そして、私刑人たちは、たしかな焦りを持ち始めていた。
ーーもうすぐ、予言の時だ。
おそらくそれは、虫の息の彼が最後の輝きを放つ時。その輝きは、予知者の目をも眩ましてしまう。
「そろそろだ」
二十、一回目。
ルクレールが、リルウが、小刀を持つ。ミュールが細剣を引き抜き、チェルシーも短剣を引き抜いた。
四方向からの攻撃だ。誰かが死んでも誰かが殺す。
ーー誰を降ろそうが関係ない。絶対に殺す。
ずぶ濡れのガウナは、ふらりと傾いだ。か細い声で、ぶつぶつと何かを言っている。
「……は、……かったんだ」
四人は同時に動いた。ガウナは二回、指を鳴らした。
その一回は“魔女の生贄”。チェルシーが相殺し、ガウナの喉元に四つの切先が迫る。あとの一回は、あの術だ。
「でも、僕は生きたいからさ。だから、あとはよろしく、
トウェル王」




