群青
短いので二話更新です。
見えたのは、群青の世界。
感じたのは息苦しさと……懐かしさ。
急に放り込まれた世界に驚きながら、ガウナは瞬時に、『魔女の棲家』へと戻る。
儀式で別人になった長官に、リルウを気絶させて、縛るように命じる。殺すより簡単だ。五分もあれば。
意識のないリルウに問いかけた。
「深海に放り込めば、勝手に死ぬと思った?」
そう、あれは、聖剣が沈んでいた、故郷の海である。どうしてリルウがそこを知っているのかはわからないが。
「僕にはこれがあるのに。いや、これがあるからこそか」
無抵抗の彼女に、炎を近づける。
確かに普通の炎なら、深海では無力。だが、魔女の炎は格別だ。深海に放り込まれても、爆発の原理で自分の周りの水を無くすことができる。
まったく拍子抜けだが、これで終わり。もうすぐ意識を取り戻す長官に全てを擦りつけて、リルウと本格的な訣別をしなければならない。
ガウナは微笑んだ。
「さよなら、リルウ。君との時間は楽しかったよ。天国に行っても元気でね」
ああ、きっと彼女には聞こえていないだろう。だが、意識のあるままに焼くのは、あまりにも温情が無いと思った。ガウナは厳かに、彼女の体を燃やそうとし……
「っ!?」
再び、群青の世界へと逆戻りしていた。
気管に水が入ってくる。手のひらに宿っていた炎が消えたと同時、ガウナはまたもや、水中で爆発させられるほどの炎を作らなければならなかった。
「げほっ、げほっ」
水を吐き、袖で口元を拭う。深海の圧力に晒されていた体が、気持ち悪さを訴えている。
「あら、死ななかったのね」
聴き慣れた声に、顔を上げる。
そこには、意識を取り戻し、縄を解いたリルウとーーそして、気を失った長官の姿があった。
その矛盾だらけの光景から、ガウナが導き出したのは、ある一つの結論。
ーー誰か、いる?
耳をすませば、確かに聞こえた。踵を鳴らす音が。目の前のリルウが鳴らすのに被さるように。
三度目の深海から戻ってきたガウナは、くらくらする頭で考えた。
魔法を発動しているのは、リルウじゃない。リルウの縄を解き、長官を気絶させた、誰かだ。相当な手練だろう、だが、姿が見えない。リルウを助けるには、実際にここにいなければならないのに。
四度目。
そこは、レトネアの家だった。惨劇の跡が生々しく残る家。てっきり深海に飛ばされると思ったガウナは、目を見開き……
「がぼっ!?」
そこから、海の底へ。気を抜いた途端のこれである。この魔法を使ってるやつは、相当性格が悪いに違いない。
それにしても、この風景を知っている人物なんて、いただろうか?
「ぜー、はーっ、ぜー、はーっ」
みっともなく、床に手をついて、肩で息をする。一体この魔法を使っているのは、どこの誰だ?
そんなことを考えられなくなるくらいに、手足が震える。いや、駄目だ。考えろ、考えろ。
眠りたい。眠ったら駄目だ。眠ったら最後、きっと殺される。深海から戻ってこれなくなる。
五度目。
死が纏わりついてくる。死にたくない一心で、ガウナは指を擦った。
「っ…がはっ、げほっ」
「もうすぐ死ぬわね」
リルウは、激しく咳き込むガウナを見て、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。ガウナはリルウを見つめた。正しくは、リルウの背後にいるであろう人物を。だが、いくら見ようとしても、その人物は見えない。確かにここにいるはずなのに。
ーー見えない?
ふと、引っかかるものがあった。
六度目。ガウナは指を擦り、そして、くず折れそうになる身体を叱咤して床に立ち、踵を鳴らした。途端に展開される魔法陣。
……が、消滅する。
同じ力を使った彼女によって。
七度目に飛ばされる時、ガウナは確かに見た。
珊瑚色の髪の少女を。そして、その隣に立つ、くすんだ金髪の男を。
ーーやっぱり。
そのくすんだ金髪の男が、踵を鳴らすのを見て……ガウナは群青の世界へと還っていく。




