次なる異変
大火を予知できていた。
四年前の大火で孤児になったジルトには、さぞ辛い話だろう。目の前の少年がその事実に揺れるのを、ガウナは今か今かと待っていた。
ジルトはしばらく瞑目していたが、やがてその目を開いた。
「で、俺は何をすればいいんですか? ハルバの護衛とか?」
「……何か、思うところは無いのかい?」
思わず訊いてしまった。ジルトは顎に手を当てて唸った後に「強いて言うなら」と切り出す。
「公爵が何故そんなことを知っているのかが気になります。魔法があったとして、それは基本マイノリティのモノでしょ? だったら、ダグラス公爵家は必死になって隠そうとするはずなのに」
「知りたいかい?」
「いや別に」
少し胸を躍らせながら訊いてみたのに、即答された。
「俺はリルウ陛下を、今よりちょっとマシな位置にするために首突っ込んだだけですし。いくら俺が被災者だろうが、そっちが幹で、大火のことは枝にしか過ぎない。割り切ってるつもりです。だから、そうやってわくわくしながら見ないでください」
ガウナは頬に手を当ててみた……たしかに緩んでいる。
「性格悪いから仕方がないです」
リルウが対ガウナ用の冷たい瞳で見てくる。いつも思うが、十歳でゴミムシを見るような目をできるならば、成長したらどうなるのだろう。
「それはそうと、お兄様、そんなに私のことを思っていたなんて! これはもう! 結婚するしかないですね!?」
ーーうわぁすごくうれしそう。
今更ながら、少し温度差が激し過ぎないだろうか。ジルトに全身でじゃれつくリルウは、とびっきりの甘い声を出している。ガウナの前では絶対に出さない声だ。
「そうですねー。じゃあ俺は二番目かなー」
なぜかこちらを見ながら、間延びした声で言ってくるジルト。完全に冗談だと思っているようだ。
……空気が完全に弛緩した。ガウナは戯れが失敗に終わったことを理解した。
なんとかその瞳を揺らがせてみたかったのだが、やはり、彼女の代わりはいないのだ。
公爵邸に拉致されたジルトが帰されたのは、午後の五時を回る頃だった。街はもうすっかり橙色に染まっている。温かな馬車から外に出ると、少し肌寒い。
「本日は、ご来訪ありがとうございました」
クライスが頭を下げる。ありがとうございました、じゃなくて、謝罪をしてほしいのだが。あとご来訪じゃなくて拉致なんだけど、と悶々と考えているうちに、馬車の姿は見えなくなった。
学園のある西へ歩きながら、ジルトは考える。
結局、ジルトがガウナから頼まれたのは、ハルバの周辺に怪しい人物がいないか調査をすること。そして、ハルバに何か異変があったら報告すること。
それ以外はやらなくていいらしい。たとえハルバが攫われても。
ジルトは、ちらりと後ろを見た。
……素早い報告だけでいいと、公爵は言った。
あんなに仰々しいことを言うから、もっと深く突っ込んだことをやらされるかと思いきや、ジルトは拍子抜けした。
深いところまでは知りたくないというジルトの気持ちが伝わったのかもしれない。
いや、それはないか。そんな気遣いがあったなら、ダグラス家の予知の話の時に、愉悦じみた表情でジルトを見たりしない。ジルトが言うのもなんだが、あの公爵の性根はねじ曲がっている。
どうしてジルトを引き込んだのか、それがわからない。セブンスの名前を出して釘を刺したとはいえ、ジルト自身はただの学生。ハルバの親友だからと引き込むメリットなど、自分で考えてみてもないと思う。
「あいつんちが、魔術師ねえ……」
呟く。
公爵が言うことには、ハルバはその事実を知らないらしい。だが、困ったことに、魔力を一番蓄えているのが彼なのだとか。
『魔女の信徒』にとって、彼を手に入れることは、リルウを手に入れることの次に大事なことだという。
稀代の魔術師とされるセブンスの弟子でありながら、魔法に実感がないジルトには、遠い話としか思えない。
「な、そう思わない? フレッドさん」
「何がだ」
思わず顔見知りの門番に話しかけてしまうのも、無理はないだろう。
お人好しの門番は、「おかえり」と言い、そして、下世話な笑みを浮かべた。
「ところで、楽しかったか? 彼女とのデート」
「へ?」
何言ってんだこの門番、という顔をしたジルトに、逆にフレッドがきょとんとして言う。
「え? お前ら、今日デートしに行ったんじゃないの?」
「デートぉ? 誰と、誰が?」
「そりゃ、お前とアドレナちゃんだよ。わざわざ時間ずらしてさ! 憎いねこの!」
第2ラウンド終わり。
次回からメインヒロインの受難です




