査察
長官可哀想(他人事)。魔女討伐前哨戦です。
別に感涙の涙ではない。これは、後悔の涙だ。
聡いレイデスにはわかっていた。
少年は、皆まで言わなかったけれど、今世で救えたかもしれない命を、自らドブに捨てていたのだと思い知らされた。
人一倍プライドの高い彼は、自分が血を利用するではなく、血に囚われていたのだと自覚し、絶望したのである。
そして。
「そうだ。私は、名医だ」
人一倍プライドの高い彼は、来世こそ、妻を医術で救うと誓い。
「誰の力にも頼らず、救ってみせる」
銀髪の公爵との利害関係も、ここに崩れたのである。
ブランは、暗闇で目を見開いた。
「手錠、引きちぎってきたんですか?」
「うんにゃ。どっかの子爵の魔法の残り滓を使ったんだよ」
聞けば、“資料室”から宰相の執務室まで転移する魔法が敷設されているのだとか。
「それをちょいちょいと応用して、ここに転移したってわけ」
どいつもこいつも。ブランは溜め息を吐いた。気軽に牢屋に侵入してくるのはやめてほしい。
「それで、なんで入って来たんですか。アルドさん」
「魔女やお姫様がいないうちに、遺言を伝えてもらおうと思ってさ。頼まれてくれないか?」
「遺言なんてそんな、縁起でもない」
「人の死因は変わらない。だからこそ、生き方を変えなければならないんだよ。四千年を経ての俺の結論はそれ。今更、アルバートに合わせる顔はないけどさ」
その言い方。ブランは悟った。そうか、この人が。
「子孫に合わせる顔はあらあね。ハルバ君に伝えておいてくれ。“魂を視るな”って。そうすれば、俺が視れなかったもんを、視ることができるってさ」
「わかりました。伝えておきます」
「賢くて助かるよ、ブラン・ルージュ秘書官」
自嘲気味に笑うアルドに、ブランは首を傾げる。
「でも、なぜ私に?」
「あんたがいちばん、生き残りそうだから」
暗くてよく見えないが……アルドの口調は真面目だった。
「それって、どういう意」
「じゃ、頼んだぜ」
ブランが訊く間もなく、一瞬の青い光と共に、彼は去っていったのであった。
戦後の再開発にて忘れられた禁域、『魔女の棲家』。トウェル王麾下にて急襲されたそこは、本当はアッカディヤ一族の本家が住む場所だったという。
内務省行政局の長官は、先日ガウナによって掛けられた術を、リルウに包み隠さず話した。リルウは少し考えていたようだったが、それは暗殺計画の決行を中止するかどうかではないように思えた。むしろ、それのもっと先を、考えているような。
冴え冴えとした紅い瞳の女王様は、当然決行を選び、作戦通り長官を同行させた。
そして彼らは、古びた家屋の前に立っているわけである。
年月を感じさせる家屋には、ところどころ蔦が這い、今にも崩れ落ちそうだ。人が住んでいた形跡はあまり感じられない。
「なんというか、文化財の指定に来た気分になるね」
殺される予定の宰相は、曇天の空の下、あまりにも軽く呟いた。
その軽さが、長官と、“実働部隊”の不安を煽ったが、同行したリルウがあまりにも平然と「木造家屋はほとんど火事で焼けたから、貴重には貴重かもね」と応じていたので、少しだけ肩の力を抜くことができた。
女王とはいえ、齢十の少女が態度を崩さないのに、大人の自分達が態度を崩していては情けないことこの上ない。
トウェル王時代の華やかなりし政治に戻すため、今日ここで、宰相を討つ。
「それじゃ、打ち合わせ通り、“実働部隊”の半数は外、半数は建物の中で頼むよ」
「いいえ、“実働部隊”は、全員外に待機です」
ガウナが言ったそばから、リルウがそれを否定する。ガウナが苦笑。
「バレてたか」
「本当なら長官も外に待機させておきたいけれどね。それだと、貴方に勝ち目がないでしょう?」
「言ってくれる」
二人だけにわかる会話が交わされる。何がバレてたか、なのか。
「錆びた剣でも、使えるようにするのが儀式ですからね」
リルウが親切に教えてくれる。儀式と聞いて、長官の顔は青ざめた……自分だけではなかったのか。
「お互い穏便な話し合いをできるように願ってるよ」
「これは公務ですからね」
もう夏に近いというのに、長官は腕をさすった。雨が降りそうだからか、ひんやりとしてきた。
「それでは、長官殿どうぞ」
「は、はい」
先に踏み入れた方が負けとでもいうように、二人は長官に先に入らせた。厄介な役回りだと、長官は溜め息を吐きたくなった。が、吐いたが最後殺されるのは自分であるので我慢。
「な、中も、普通の家屋ですね」
狭くも広くもない玄関。振り返ると、二人はジャンケンをしていた。
ーー何をやってるんだ。
「まあ予知があるから無駄なんだろうけど」
「お互い運試しということね」
ギスギスした会話が胃に響く。長官は気にせず、いちばん広いであろうリビングへと足を踏み入れた。
「お、おお……」
リビングの壁には、不思議な輪が描かれていた。そして、それについての説明書きであろう文字も。
トウェル王が調査した後だからなのか、机が端に寄せられている。
「これをどうやって政府公認にするかだね」
「そうね。いかにもな壁だもの」
わりとまともなことを喋っていた二人は、同時に指と踵を鳴らし。
消えたと思ったら、なぜかずぶ濡れになって現れたガウナを見て、長官の意識は無くなったのだった。




