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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
恩人殺し(後)
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努力の方向

クライスとラテラが死闘を繰り広げている時。


『ユーフィット医院』診察室にて。


「君は、えーと、ジルト君?」


レイデスが首を傾げながら言う。ジルトは頷いた。腹を押さえる。


「最近どこかの公爵のせいで、胃が痛いんです。診てもらえませんか?」

「それは、精神的なものじゃないかな」


レイデスの視線は、ジルトの背後へと向けられていた。壁際に立っている二人……ハルバとファニタに。ファニタは丁寧に名乗り、ハルバは簡潔に名乗った。


「三人で来ておいて、診察を受けに来たというのは、少し苦しい言い方じゃないか?」


指摘され、ジルトは「まあそうですよね」と腹に置いていた手を退けた。


「本当は? 何をしにきたんだい?」

「貴方の説得に来ました」

「説得、ね」 


レイデスの瞳が冷たい色を放つ。


「それは、どんな説得? もう公爵に関わるなというような内容かな?」

「はい。あとついでに、あの公爵がやってきたことを新聞社にリークしてくれると助かります。トウェル王がやってきたことも全部アイツに擦りつけて」 

「関わらないよりもハードルが高いね、その『ついで』は」


苦笑するレイデスは、ジルトのガウナへの敵意を読み取ったようだった。と、背後のハルバに目を向ける。


「君は、ダグラス家だったね。予知能力はあるの?」


唐突に訊かれて、ハルバはまごついたようだったが、頷いた。「あります」


「そうか。それじゃ、この“説得”の行方もわかっているわけだね」


つまらなさそうに言うレイデス。だが、ハルバは、今度は首を横に振る。


「俺にはわかりません。なにせ、音が聞こえないから」

「……音?」

「そう、音です。見えるだけです。唯一視えたのはーー」


口籠る。ジルトはその続きを知っている。“貴方が泣く姿です”だ。どんな意味の涙なのかはわからない。ただ、目の前のこの男が泣くくらいに、感情を揺さぶられることはわかっている。だから、来た。()()()()()()まで説得するために。


『なんだか、今日があの公爵の命日になりそうだよ。ていうことで、ラテラを置いていくね』


ジルトたちの作戦を聞いたチェルシーは、そう言って、どこかへ向かった。


ハルバが視るも、チェルシーの行方はわからず。きっと、葬儀の時に使った“結界”を使っているんだろう。だがこれで、監視役のクライスを撒くことができる。


小さな女の子と、経験豊富な暗殺者。どちらもスピレードの“教え子”だが、ラテラの分が悪い……と、思いきや、ハルバの予知では互角とのこと。


ラテラの無事を祈りつつ、ジルトたちは、ユーフィット医院で“説得”に臨んでいる。


たとえ、成人男性を泣かすことになろうと、ジルト達には、やらなければならないことがあるのだ。


レイデスは、冷たく言い放つ。


「私が公爵と手を切ることはないよ。彼は、重要な被検体を提供してくれているからね」

「被検体?」

「死後二百年説って、知ってるかい?」


ジルトは首を横に振る。代わりにファニタが答えた。


「同じ人間の魂は、死後二百年後に蘇る。要は、生まれ変わりですよね」

「その通り。流石はアドレナ男爵の娘さんというところだね。全ての人間は、二百年後に生まれ変わるんだ……私の妻もね」


レイデスは笑った。それこそが、彼がガウナに協力する理由だと、ジルトは感じた。ファニタが何かに気付いたように言う。


「もしかして、『アッカディヤの魔術儀式』を使うつもりですか?」


レイデスは、頷いた。


「ただ、生まれ変わりを待つだけでは駄目なんだ。ジルト君(英雄)のように。そしてあの魔女のように、お姫様のように。選ばれない人間は、魂の同一化を自力でするのは難しい。だからこそ、あの魔術儀式で調整をするんだ」

「調整?」

「私の妻……ティリアナと言うんだが、彼女は、不治の病で死んだ」


ジルトたちは、ごくりと息を呑んだ。


「『アッカディヤの魔術儀式』は、希望なんだよ! そうならざるを得なかった人の運命を変えるんだ。終わった運命の輪を断ち切り、今度こそ、病という運命を変える」

「そうすれば、ティリアナさんは、助かると?」

「そうだ」


陶然としたように言うレイデス。『魔女の信徒』、そしてトウェル王時代の禁域を庇うのには、妻への愛が根底にあるのだ。


難しいな、とジルトは思った。背後を振り返る。ファニタとハルバも、今のジルトと同じような表情をしていた。


既に亡くなった人が、心の中に住み続けている人は難しい。ジルトだって、母が焼死する運命から逃れられると聞けば、喜び勇んで飛びつくだろう。


「どうやら、理解いただけたようだね」


ジルトたちの表情を見て、レイデスは笑う。今度は、儚い笑い方で。


「誰を犠牲にしても良い。ただ一人の大切な人が助かるのなら」


彼の本心は、診察室に沈黙を作った。


「妻は喜ばないかもしれないが、私はティリアナを助けたいんだ。もっと、たくさん、美味い物を食べさせて、綺麗な景色を見させて、そして、愛したかった!!」


声を張り上げた自分に驚くように目を丸くしたレイデスは、ごほんと咳払いをする。


「そのためには、彼の力が必要なんだ。私は、もっとたくさん研究をする必要がある。妻の魂から、病死という忌まわしき運命を取り除くために」


悲痛な表情をする彼。机の上の、空白のカルテに皺ができるまで握りしめていた。彼の机には、何枚ものカルテが積み上げられていた。『魔女の信徒』目的でない、普通の患者の診察記録。


「……やっぱり」


それらを見て、ジルトは呟いた。両手を差し出す。


「やっぱり、診てください。精神的な方じゃなくて、身体的な方なんですけど。俺、ちょっと前に、両手にパンチを食らって腫れちゃったんですよ」

「……え」


固まるレイデス。背後の二人も戸惑っているようだ。いや違う、ファニタだけは、小さく笑っているようだった。


「頼みます、名医さん」


ジルトはレイデスの目を真っ直ぐ見た。きっとそこに、突破口があると信じて。

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