教え子二人
クライス君は基本的に脳筋なのでバトルを楽しんでます。そして作者も楽しいです。
さて、かの悪名高き公爵、ガウナ・アウグストの忠実なる従者クライス・エドガーに匹敵する戦闘力を持つ人物は、この世に存在するのだろうか。
ガウナが宰相として就任して以降、その身体能力と暗殺技術で、裕に三桁は超える人間を殺してきた彼に、匹敵する存在は。
正解はーーいる。
一人目は、ミュール・フランベルク。ウォールカ家の元メイドで、人間離れの身体能力と、戦闘センスを持つ。
二人目は、隣国のお姫様、ラミュエル=レグナム・リオーネ。彼女が葬儀の場で見せた剣捌きは、ガウナとクライスを近づけさせなかった。
そして、三人目はーー。
「貴女と会うのは、三度目ですね」
クライスは、目の前の少女にそう言葉を投げた。黄水晶の瞳の少女は無言。小刀を構えた。
ラテラ・ルシウス。つい最近公爵の位に着いたチェルシー・ディーチェルという少女の従者であり、謎多き武の名門ルシウス家の出身。赤子の頃にスピレードに“拾われ”、その才能を見出された少女である。
少女は、『魔女の信徒』へと向かったジルトたちの殿を守るように、クライスの前に立っていた。
ーー強い。
クライスは、少女の立ち居振る舞いから察した。十にも満たない少女は、あの老人の正当な“教え子”だった。
「貴女の主人はどこに行かれたのですか」
ラテラは、首を横に振る。教えないという意味なのか、知らないという意味なのか、いまいち判別がつかない。
質問することは無意味だと判断して、クライスは流れるような動作で、ラテラへと小刀を投げた。二撃。ラテラがそれを軽やかに躱す。体重を感じさせない動きだ。ラテラはミュールと違って、小柄な体躯を生かして機動力に長けた攻撃を得意とするようだ。
翻りざま投げられた小刀を、クライスは人差し指と中指で受け止める。日の光が、切先に塗ってある何かに反射した。
ーー毒。
これをまともに受ければ、クライスとて無事では済むまい。五秒間のインターバルは致命的……そう考えた時、悲鳴が上がった。
クライスは、彼にしては珍しく舌打ちした。どうして『魔女の信徒』は住宅街にあるんだ。事件の影響か、通行人が湧いて仕方ない。殺してもいいが、邪魔くさいし、なにより、
「あれって、アウグスト公爵の……?」
「新聞で載ってたな」
思ったより、自分は有名なのだ。
ラテラが無言で左手を指さす。そこにあるのは、小さな公園だった。場所を移そうというわけか。
だが、これも彼らの作戦の内なのだろう。クライスを公園に留めて、『魔女の信徒』で絵を燃やすつもりか、もしかしたら、建物自体を燃やすのかもしれない。そうなったら、ガウナの計画が潰れてしまう。
ーーけれど、なぜジルト様は、ガウナ様の方ではなく、あちらに行ったんだ?
そんな疑問が湧いてくる。ガウナが『魔女の棲家』で何をしようとしているかは、予知能力者のハルバによってわかっているはず。
それなのに、『魔女の信徒』に向かったわけは?
考えている間にも。
ラテラがたんっと地を蹴り、小刀を投げる動作をする。しかし、それは罠だとクライスにはわかっていた。投げるには、この距離は近すぎる。
案の定、ラテラは投げると見せかけた小刀を地面に突き立て、クライスが咄嗟に構えた腕を蹴り上げ、頭上を通って彼の背後へ。
振りかぶられた小刀を、小刀で受け止める。蹴り上げられた時の衝撃と、投擲以外の小刀での攻撃はそんなに重くない。やはり最初の見立て通り、小柄な体躯を活かしたスピード型だ。
ラテラのことをそう分析したクライスは、次に、公園の敷地内の緑を見とめた。
ーーつまり、今は自分が不利。
ジルトたちから遠ざけられてしまったのだと、冷静に分析する。
“抜け穴”を作ることのできないクライスにとって、ガウナへの伝達手段はなく、常に事後報告となってしまう。
よって、『魔女の棲家』にいるガウナを呼んで、ジルトたちの計画を止めてもらうことも不可能。
唯一“抜け穴”を作ることができるのはシンスだが、そのシンスも、この間のやりとりからして味方と言えるかは怪しい。
つまり、ジルトたちの計画を阻止するには。
「貴女を倒すほかない……ということですね」
ラテラを倒す、ないしは殺して、『魔女の信徒』で行われようとしていることを阻止する。それが、クライスの勝利条件。
ラテラは微笑んで、頷いた。彼女の黄水晶の瞳が、光った、気がした。
再び、たんっ、と軽やかな音が聞こえる。ラテラの姿が消えた、いや違う、上だ。超絶的な跳躍力。先程の、小刀とクライスの体を使った技術的な跳躍ではない、現実離れした跳躍力を駆使したラテラが、太陽を背に降ってくる。クライスは、逡巡し……その場から飛び退いた。
ずんっ!!
地面が割れる。小柄な体躯から繰り出されるとはとても考えられない衝撃によって。
その、到底人の蹴りで作れるべくもないクレーターに、クライスは見覚えがあった。
ーー魔法か。
クライスは、胸の奥から熱いものが込み上げるのを感じた。この娘と戦いたい、そんな感情が心を支配する。
飛び退いてよかった。避けなければ、今頃クライスの体は細切れだ。
ジルトたちの計画を阻止するのが遠のきながら、クライスの口元は自然と釣り上がっていた。
ーー面白い。
この娘の戦闘スタイルは面白い。本来の機動力と、魔法を使った重い一撃。それが切り替えられるとしたなら、相手にとって……つまり自分だが、厄介極まりない。
そして、認めねばなるまい。この娘は、ミュール・フランベルクに匹敵する強さを持っている。
クライスは、己の分を理解しているが、決して諦めるということはしない。葬儀場で見たラミュエル姫の未知の力に敵わなくとも、ミュールの天性の才能に敵わなくとも。
そうだ、ラーナ・ナーヤで、魔法は大したものではないと学んだではないか。
ましてや、相手は神ではない。地面の抉れた後は消せない。
クライスは、心の中でトアヒに感謝した。
ーー師匠の教えを、実行する時がきました。
さあ、魔法攻略の時が来た。




