人間スイッチ
死者を蘇らせるにあたって、『アッカディヤの魔術儀式』には欠点がある。
それは、ブランの時のように、一時的にしか死者を憑依ーーこの場合は憑依と言ったほうが良いだろうーーさせることができない点だ。
ブランが意識を取り戻したのは、魔術儀式後。生命力を吸われて虫の息のユリズと共に河岸に転移、それからナイフで殺させたわけだから、ざっと計算して五分。
それは、非常に短い時間だ。
五分じゃ、人一人殺せる程度。多くの人を殺す戦争には使えない。
それに、ブランの時のように、意識を取り戻した時に状況をうまく把握できなければ、その人物は戦場でわからないままに殺されてしまう恐れがある。
だが、五分だけ死者を憑依させられるというのは、逆に、都合が良くもある。なぜなら、どんなに凶悪な人物を憑依させても、五分で退場を願えるからだ。
ブランを見る限り、ラフトの魂は完全に消え去ってしまっている。しかし、憑依していた時だけは、ブランの身体能力は格段に上がり、ユリズを確実に仕留めた。ガウナが脇腹を蹴っただけで倒れるあのひ弱な青年の肉体が、である。
これも喜ぶべきことだ。この術は、ただ人格を憑依させるだけではない、肉体は本人でありながら、他人の身体能力や技術を得られるのだから。
つまりーーこれは、“使える”魔術である。
そう結論づけて、ガウナは、内務省行政局へと向かった。明日に行なわれる、『魔女の棲家』査察の打ち合わせのため……ではない。
「たとえば」
涙目の長官をふん縛り、反対に陶然とした表情の信者を、床に描いた魔法陣の中に放り投げる。
「あ、あの……アウグスト宰相? いったい何を……?」
信者と背中合わせに縄で縛られた長官は、哀れにもぶるぶる震えていた。
「下準備だよ」
「な、なんのですか」
「嫌だなあ。『アッカディヤの魔術儀式』の準備に決まっているじゃないか」
「……は?」
ぱちん、と指を鳴らせば、魔法陣は青く輝き、くるくると回転し始める。魔術儀式が何なのかわからない長官は、目を白黒させるばかり。
「ああ、魔女様……貴方の祝福を浴びることができるとはぁ、この私の人生においてぇ、今が! いちばん幸せですぅ」
「……魔女様?」
訝しむ長官。ガウナは信者を睨んだ。
「きみ、ちょっと黙ろうか」
「はいい!」
余計なことを喋る信者は、口を噤んだ。幸せそうな表情のまま、ぐたりと項垂れる。
「あ、え? 大丈夫ですか? って」
ぐるん、と白目を剥いて、長官も同じように項垂れた。信者の魔力……生命力が、長官の中に入っていくのが見えた、途端に、指を鳴らして解除。失われた生命力、すなわち魔力を信者に補填してやる。
ガウナは、一つの仮説を立てていた。
『アッカディヤの魔術儀式』における、“転生”の段階。それは、一定の魔力量を注ぎ込むことを条件に成功するのではないか、と。
ブランをラフトにした時には、ユリズの生命力を使った。だが、ユリズは死ななかった。存外強い生命力を持っていた……というわけではない。あれだけで、ラフトを降ろすのに事足りたのである。
と、いうことは。これは、“スイッチ”にもなり得るのではないか。名付けて人間スイッチ。
この魔力補填をした信者の生命力を削ることで、儀式は再開され、長官には、好きな時に操り人形になってもらえるという算段である。
これがタイムラグを発生させる手段。
つまり、この信者を瀕死に追い込めば、長官は別の人物の魂を降ろすのである。
ーーと、いうのは、これを視ているアルドにはばればれだろう。どのタイミングで長官が入れ替わるかも、その予知で丸わかりである。
だから、これはブラフだ。
ガウナは、長官を席に座らせ、信者を家に帰した。死ねないことに信者は口を尖らせていたが、これ以上死者を増やすと、レアリティが低くなる。
念のため長官を起こすと、長官は長官だった。
「宰相、貴方は一体何を……」
「さ、打ち合わせを続けましょうか」
実験は成功である。
「『アッカディヤの魔術儀式』とは、一体何なのですか。ルージュ秘書官が口走っていることと、何か関係が……」
「さあ、それはリルウに訊いてみれば良いんじゃないかな」
長官の顔が青ざめる。
突然意味のわからない魔術を使われ、不安の最中にいる時なのだから、顔に出さない方が無理というものだろう。鎌をかけたガウナは、鼻を鳴らした。やはり、買収済みだったか。
おかしいと思っていた。ガウナのことを嫌う連中が、トウェル王の娘のリルウではなく、ガウナに擦り寄ってくるとは。
「完全に敵になったな」
存外冷たい声が出て、ガウナは苦笑した。
おそらく、『魔女の棲家』、もといアッカディヤ家の査察を提案したのもリルウだ。アルドの予知で、クレイとのやりとりを知り、それを思いついたのだろう。行政局は敵、もしかしたら、禁域とされる廃屋で、ガウナをひっそりと殺すつもりなのかもしれない。
ーー護衛と称しての“実働部隊”。戦力にしては弱いと思っていたけど、背後にリルウがいるのなら、ハリボテでも十分か。
おそらく、実働部隊は囮。本命は、リルウなのだ。
長官との話し合いを終え、ガウナは城の廊下を歩く。まったく、ご先祖さまに感謝である。
殺し殺される強い結びつき。それは、たしかに存在するのだ。他者を望む儀式の本質とは違えど、これは確かに好都合。
明日を楽しみとでも言わんばかりに、ガウナは不敵に呟いた。
「さあリルウ。決戦の時だ、僕らに勝てるかな?」




