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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
恩人殺し(後)
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考えなしの返上

警邏官が去っていった後、ブランは息を吐いた。


疲れる。ラフト・バリエスタを演じるのも、あの男のことを話さないでいるのも。


鉄格子から離れて、牢の奥へ行こうと向きを変える。藍色の瞳と目があった。


「……今度は、目を合わせてくれるんだね」

「何ですか、宰相」


『アッカディヤの魔術儀式』は不完全。術者に演技は無駄だと判断し、ブランは気怠げに応じた。


叫んでやりたい気持ちもある。だが、それは意味がないのだ。

突然現れた宰相は、やはり化け物か何かなのだろう。殺害現場の運河から、忽然と消え失せたのだから、“抜け穴”ぐらい使っても不思議ではない。だから、ブランが叫んだ瞬間に、姿は消える。ブランは今度こそ狂人の仲間入りだ。


「新しいゲームの駒でも見つかって……私を、殺しに来たんですか」

「残念ながら、マティスのことを知っているのは君だけだよ。だからまだ殺さないでいてあげよう、というか……」


ーー偉そうに。


傲岸不遜な言い方に、ブランは内心で溜め息を吐いた。この男に、罪悪感や良心といったものは、存在しないのだろう。


この男は化け物だ……行為だけでない、その内面すらも。


「僕、人を殺すことに躊躇いがあるんだよね」

「……は?」


考えていたことと真逆のことを言われて、ブランは間抜けな声を出した。躊躇い? ユリズの腹を、躊躇なく石突きで抉ったこの男に?


「ずっと思っていたんだ。僕には、良心というものがないんだって。家族が村人を殺すのを見ている時も、トウェル王が家族を殺して感想を聞いてきた時も。僕の心は動かなかった。暗い地下で、畜生以下の生活を強いられていた時も、僕の心は動かなかったんだ」


語られる壮絶な過去に、ブランは息を呑む。その過去が、このような怪物を作り上げてしまったのだ。


「それはきっと、僕にかけられた呪いのせいなのかもしれない。でも、そんな呪いを解いてくれたのが、“彼女”なんだ」


ブランは知っているーーその“彼女”の正体を。


そらすことができない藍色の瞳は、爛々と輝いていた。狂気、いや、狂喜の色に。


「あの日、僕は“良心”を知った。正確には、本当は僕の中にあった良心を自覚したんだ。彼女がいる限り、僕には良心が存在する」


わかりたくもない。けれど、ユリズを殺した時の冷たい目は、彼女のことを語る時だけは、温度を取り戻していた。


「だから、僕は、人を殺すことに躊躇いがある」

「意味がわかりません」


つい口に出してしまった。ガウナが口を尖らせる。


「ちゃんと聞いてたのかい? 良心を知ってしまったからこそ、人を殺すことがダメだと分かっているという話なんだけど」

「……じゃあ、なんで殺したんですか!」


声を荒げてしまい、ブランは口を手で覆った。周囲を見渡し、警邏官がいないことに安心する。


その様子をおかしそうに見守っていたガウナが、ゆっくりと口を開く。


「僕は殺してない。殺したのは、君だ」

「でも、あんたがトドメを刺した」

「放っておいても死んださ。話を戻すけど、僕は君を殺すことに躊躇いがあるんだ。だから、その躊躇いがあるうちに聞いておきたいんだけど」


一呼吸置く。


「恩人を殺したのって、どんな気分?」

「殺させられた、ですよ。最悪です、胸糞が悪いです。きっと、養父は失望の中で死んでいったと思います」

「なるほど、そんな気分なんだ。やっぱり君は考えなしだね」


ブランは、思いっきりガウナを睨みつけた。だが、その怒りが彼に届くことはない。


「リルウが言うにはね、これも、副大臣との話し合い通りなんだってさ。副大臣は、君の善性を計算して、愚かな君を生き残らせる方法を考えた。それは、君の価値を高めることだ」


ブランは顔を青ざめさせた。手足が急速に冷たくなっていく気がした。


「自分が死ぬことで、僕にとっての君の価値を高めたんだ。だから、あの時、彼と君が養父養子の関係であると暴露したんだろうね。それくらいの仲なら、彼が知っていることを君が知っていると匂わせた」 


結果、ユリズの思い通り。

マティス・ウィリアムがすでに死んでいることと、“彼女”の正体を知っているブランだけが、生き残らせられた。


「だから、副大臣は、君に失望なんてしてないよ。もしかしたら、彼も僕と同じ、君の中に良心を見ていたのかもしれないし」

「義父さんと貴方を一緒にしないでください。反吐が出る」

「せっかく(おもね)ってやろうと思ったのに」


つまらない、とでも言いたそうに、ガウナはあぐらをかき、頬杖をついた。


「遺体を運河に投げ込んで、見るも堪えない姿にした()()()()()()()()()ブランくんが、大切に育ててくれた義父を殺して意気消沈しているだろうから、慰めてあげようと思ったのに」

「そもそも、最初に私を殺そうとしたのは、オリヴァー監察官ですよ」


罪悪感からの逃走なのかもしれない。だが、ブランは、一人きりになってずっと考えていたことを言った。


「あの葬儀の二日後、グランテで殺されていたのは、私だったかもしれないのに」

「あ、気付いちゃったんだ。もう考えなしは返上ですね、ブラン・ルージュ秘書官」


それまでの舐め腐った態度が嘘かのように、ガウナはブランのことをそう呼んだ。 


「そうです。貴方が気に病む必要はありません。貴方と彼の関係は、殺されそうになった側と、殺そうとした側なんですから。最初に仕掛けてきたのはあちらです」

「それは、そうですけど……」


だが、起こってもない出来事を盾にして、実際に起こしてしまった出来事を正当化するのは……なんだか、負けたようで悔しい。


「ここを出たら、ネリア夫人とお子さんたちに、謝りに行きます」

「非常に良い心がけだと思いますよ」


ガウナは柔らかく笑って、頷いた。


「これで貴方を殺さなくて済みます。よかった」

「貴方の計画からは外れると思いますけど」

「たとえ他人のものであろうと、良心を認めることができるのは、とても素晴らしいものです」


この“良心”信者が。ブランは心の中で毒づいた。


「貴方も早く、貴方の良心と出会えるといいですね」

「ありがとうございます。僕の行ない全てを赦してくれる彼女のことを、貴方が教えてくれる日を楽しみにしていますよ」


途端、ブランは理解した。ああ、この男にとって良心は、この男を、人間たらしめるもので、咎めるもので、そして……生きることを赦してくれる存在なのだ。


そして、ブランは心から喜んだ。この男の良心は偽物だ。なぜなら、“良心”は、この男の死を望んでいるからだ。


「なんだか嬉しそうですね」

「そうですか?」


口元が緩むブランを、不思議そうに見た後……鈍感な青年は、呟いた。



「まあそれはそれとして、屑は殺していいっていうのが、人並みの良心だよね」

道徳を覚えた「だけ」

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