欠陥
すごい久々な気がする
突然やってきた迷惑上司ことガウナ・アウグスト公爵は、聞いてもないのにべらべらとこれまでの過程を話し始めた。
本日より営業再開、『魔女の信徒』。といっても、近々閉店セールを開催する予定である。
「いや、それ絶対罠でしょ。あんたにそんな人望があると思うんですか?」
行政局長官が、ガウナを頼ってきたことについてである。
なんでも、十五年前の王都再編によって眠ったままの『魔女の棲家』を、宰相直々の査察によって“透明化”してほしいとのこと。
つまり、「ここは別に危ないところじゃないよ。政府公認だよ」というお墨付きが欲しいのである。紛うことなきやらせである。
「あんたって、旧政権派にガチで嫌われてるじゃないですか。あんたを御旗に掲げて、あとは『俺ら宰相に連れてこられたんです』って擦りつける気満々ですよあいつら」
「だよね」
口では同意しながらも、ガウナは据わった目で手のひらから炎を出した。
「それはそれとして本当のことを言われるのは腹立つね」
「パワハラが過ぎるわ」
眼前まで近づけられた炎にびびり、シンスはのけぞる。
その反応を見て満足したらしく、魔女の生まれ変わりは炎を消した。シンスは椅子に座り直し、改まった。
「それで、『魔女の信徒』の“引っ越し”はいつになるんですか?」
筋書きでは、ライケットを殺したのはラフトではなくユリズで、ブランが狂人を騙るのは聞くも涙語るも涙の海より深いわけがあると、世間に判明しているはずだったのだが。
「それが、ブランくんが邪魔してくれてるから、なかなか『ユーフィット醫院』に手をつけられないんだよね」
困ったように言うガウナ。
『アッカディヤの魔術儀式』ごっこをしているブランくんは、死者に取り憑かれたという妄言を、旧政権の“禁域”について話すことで、信憑性を持たせているのである。
おかげで、ブランが義父の名誉を守るために狂人のふりをしているという筋書きが滅茶苦茶になっている。
シンスは肩をすくめた。
「人選がダメでしたね。旧内務省ってか、学者って言葉が出て来るところからして、ブランくん、王総研の関係者でしょ?」
「なんの知識もない一般人なら良かったのに」
はあ、とガウナが溜め息を吐く。
「ブランくんを英雄にできれば、狸が隠そうとした『ユーフィット醫院』にメスを入れられるのに」
「そんで、自棄を起こした地上のアホが、『ユーフィット医院』に火をつけて、真相は闇の中ってか」
そう、シンスとガウナは、レイデスを切り捨てることに決めていた。
今回のことで『ユーフィット医院』の地下にあることのメリットとデメリットを思い知ったシンスは、ガウナに持ちかけられた“本拠地引っ越し”案に同意したのである。
『魔女の信徒』七つ傘通り南四丁目店は閉店おしまい。これからは、ニュー『魔女の信徒』を、宰相様後任の施設地下にて開店する予定だ。
やっぱりガサ入れされるような場所の地下は良くない。やらせだろうがなんだろうが、安全圏でのうのうと“経営”するに限る。
「在庫処分も、本来なら今頃するはずだったんですけどね」
シンスは未だに決めかねている。赤い絵は一枚すり替えたまま。だから魔術は発動しない。
信者という名の非常食を増やす役割を担っているシンスが、“引っ越し案”を提示されたのは、すなわち生存確率がぐんと引き上げられる出来事と言っていいだろう。シンスの、生存確率だけが。
あの正義感強そうで負けず嫌いそうな英雄様を裏切ることに、なんの躊躇もない。
自分の命が保証された今、シンスがするべきは、信者の命をガウナに捧げることであり、話すべきは絵のすり替えのことなのだが……。
「信者の中には、そこそこ有名な奴らもいます。そんな奴らが一斉にいなくなったら、さすがに怪しまれるんじゃないですか」
「全部レイデスのせいにするから大丈夫だよ」
「まあ、そうなんすけど」
シンスは頭をぼりぼり掻いた。
「そんな、上手くいきますかね。現に、ブランくんの独り言で計画に支障が出てる。あんたが思ってるより、トウェル王の禁域は容易く葬れるものじゃない。ここを葬ろうものなら、表面上の味方の行政局が黙っちゃいないですよ。それに、人体実験のユーフィットは、軍事と深く結びついてる。せっかくお仲間になった軍部が、反旗を翻して来ないとも限らない」
建物一つ燃やすにも、様々な思惑をクリアする必要がある。そう言いたかったのだが。
「それは百も承知。だから、新しい“禁域”を作るんだよ」
「は?」
こいつ、頭おかしいんじゃないかとガウナを見ると、なぜかドヤ顔をしていた。
「今回ユーフィットを葬った分、新しい軍事施設を作る」
「あー、つまり。地上の方も移転するってことっすか?」
「そうだ。家主は変わるけどね」
「家主、って?」
「それは後のおたのしみ」
人差し指を唇に当てる。
「あ、そっすか」
ーー家主は変わる、ね。
さてはて、“引っ越し”したとして、シンスの命は本当に保証されるのやら。これ、看板だけ持ってかれて家主殺されるんじゃね?
生存確率上がったやったぜ! とかやっていたが、レイデスもろとも殺されるんじゃね?
なんてことを考え始めたシンスは、やっぱり赤い絵のことは言わないでおこうと思った。いざとなったら、サイネル青年とやらの家まで絵を取りに行こう。そうしよう。
それまでは、どちらの味方をするのも保留にしておこうと心に決めて、シンスは「ところで」と最も気になっていたことを訊いた。
「ブランくんが呟いてる『アッカディヤの魔術儀式』、あれ、俺らのご先祖様から伝わる内容と全然違うんですけど」
「まあそうだろうね。君たちはあの儀式の祖を持ちながら、真実から遠ざけられていたんだからね」
悪びれもなく言う。
「あれは、ローズ様を蘇らせる術じゃ、ないんですか?」
「人を蘇らせる術だよ。昔々、君たちのご先祖様が、病死した最愛の妻を蘇らせようと創った術だ」
まるでどこかの医者のようなご先祖様だ。シンスはそう思った。
「けれど、彼が作った術は未完成でね。大きな欠陥を抱えていたんだ」
「欠陥? 今回みたいなことっすか」
「いいや、違う。“運命”は、変えられないという欠陥だ」
遠い昔のご先祖様が、最愛の妻とハッピーエンドになったのなら、それは有効な手段として、後世まで伝わっているはずである。
だから、それは失敗したのだ。失敗したから、別の方法として伝えられた。
「蘇った妻は、同じ病気で死んだんだ。死因という通過点は、絶対に変えられないからね」




