筋書き
と、ジルトが思っていた日の夜。
警邏局地下“資料室”の主、ダグラス一族で二番目に優秀な男と自負するアルド・ファリエは、今日もワインをラッパ飲み。
珍しい客に向かって、呂律の回らない言葉を投げかける。
「あー、だいじょぶだいじょぶ、ぼんくら宰相様は、あんたのことを認識してはない。予定通り、お姫様の仕業ってことになってるし、あんたは自由に動くといいさ」
信用できないという顔をする客人に向かって、アルドはヘラヘラ笑って喋り続ける。
「明日、ヤブ医者が釈放される。宰相様の筋書きとしてはこうだーー」
視てきた全てを繋ぎ合わせ、アルドは予知に近い予測を語る。
「まず、狸ジジイの工作を逆に利用する。工作ってのは、ライケット事件の引き伸ばし工作な。狸ジジイは新聞社に働きかけて、ライケットを殺したのはラフト・バリエスタっていう嘘の噂を流させた。新聞社に目の敵にされまくってる宰相様にはできない芸当だな、ん? ああ、そうだな」
頬杖をつく。
「ラフトが死んだってことは、世間には認知されてないんだよ。なにせ、俺は悪名高いダグラスだし? ダグラスに予知してもらったなんて、格好悪いし信用性に欠けるし」
一切の自嘲無しに言う。
「まあ、死んだってことを知らなくても、十二年間消息もない奴が突然殺人事件を起こすとか、突拍子もないから、それこそ姑息な手段だ。で、話を戻すが、その姑息な手段の形跡を逆に利用したのが宰相様。奴はそれに肉付けを行なうつもりだーー“死んだはずのラフト・バリエスタを犯人に仕立て上げた真犯人が、ユリズ・クリード内務副大臣”だってね……ああ、その辺もぬかりないぜ。夫人には、『ユーフィット醫院』の告発を待って自首してもらうつもりだからな」
ワインボトルを振る。空っぽなことに眉を顰める。
「なぜブランくんが殺人をしたかというと、狸ジジイの話に遡る。狸ジジイが殺人をしてしまったわけは、ライケットが『ユーフィット醫院』に手を出そうとしたから。『ユーフィット醫院』を隠蔽しようとした狸ジジイがライケットを殺し、それを殺害現場で問い詰めたブランくんが、殺されそうになって逆に殺した……と、いうのが、宰相様の立てた計画」
訝しむ客人に手を差し出す。客人は呆れた顔をしながら、持ってきたワインを渡した。
「で、夫人との約束通り『ユーフィット醫院』に行き着くってわけ。あんたが思ってる通り、夫人がいるから狸ジジイは殺人犯じゃない。だけど、ラフトを匿っていた疑惑ーーライケットの死体を運河にポイ捨てした疑惑だけは残る。さて、なんで死体遺棄をさせたか。それは、見せしめのためだ。二度と『ユーフィット醫院』を調べる輩が出ないように、殺人事件を利用した」
あっという間に半分を煽る。情緒の欠片もない飲み方に、客人の顔が引き攣る。
「ここで、狸ジジイは、殺してはないけど、見せしめのために死体遺棄をさせたってなるワケ。夫人の“良心”も回収できて一石二鳥。よかったよかった?」
嘲笑うように人差し指と中指を立てる。
「その“良心”であるナイフを『ユーフィット醫院』の近くのゴミ捨て場に捨てたのが、今現在ラフトのフリしてるブランくん。奴がおかしな言動をしてるのは、養父の名誉を守るためって設定ができる」
残りの半分を一気に煽る。
「やっぱうまいな、あんたんとこの酒。ブランくんは、養父と正義の間で板挟みになったんだ……養父の名誉は守りたいけど、史上最悪の『ユーフィット醫院』を告発したい。だから、ナイフを医院近くのゴミ捨て場に捨てた。それをよく思わない狸ジジイが、ブランくんを殺そうとしたので、逆に殺してしまった。そうして、養父を殺してしまったブランくんは、罪の意識に苛まれながらも、一つのことを思いつく……養父の名誉を守る方法を。
それが、自分が狂人になることだ」
机の上の新聞を、とんとんと叩く。
そこには、死んだ凶悪犯の名前を騙るブラン・ルージュ秘書官のことが書いてある。
「頭おかしい犯罪者に乗り移られた設定。養父には何の非もなく、ただ自分の気が狂っただけという風に世間に見せたいという思いが、彼を狂人にさせたのだ。まさしく悲劇の英雄。ブランくんはいずれ釈放されて、世間様からは同情されてめでたしめでたし。まじで死者に憑依されていたなんて信じる輩はいないし、苦い思いを噛み締めながら、もしかしたら自殺してくれるかもという淡い期待があるわけだ、あの宰相様には。
だけど、詰めが甘い」
机の上には、すでに飲みきったワインボトルが立てておいてある。アルドはその隣に、たった今飲みきったワインボトルを置いた。
「ゲームは延長戦に突入。突入せざるを得ない。なぜなら、あの宰相様は、一つのことを見落としているからだーーブランくんが、王総研の生き残りであるという事実を。
やつが、なんで死者のフリをしてるかっていうとな、『アッカディヤの魔術儀式』について、ひいてはこの国の闇について、洗いざらいぶちまけちまおうって魂胆なんだよ。死者に憑依されたという話を、単なる狂人の戯言にしないために、身の上明かす覚悟で信じ込ませる。そうして、英雄君を二つの意味で勝たせようとしているんだ」
アルドは右手を握り込み、客人に向かって突き出した。それは、まるで。
「ブラン・ルージュ秘書官は、理解しているんだーー英雄だけが魔女を殺せると。だから、事件を“解決”から遠ざけ、マティス・ウィリアムの死を知らせないようにする。それこそが、やつの勝利条件ってわけ。
さて、そういうことで、本題だ。あんたは、ブランくんが引き伸ばしてくれた時間を使って、魔女を仕留めることができるか?」
頷く客人。
「よろしい」と、アルドは、彼には珍しく、皮肉なしの笑顔で言った。
「ヤブ医者が釈放されたことで、アッカディヤの始祖様は、魔術儀式のほんとうを教える……教えるというか、ヒントを与えるんだな。それが、あんたらが調べている家屋。アッカディヤ家のあった場所だ。奴はそこに来る。殺るとしたら、その時だ」
客人が、ごくりと唾を飲んだ。
さて、英雄ではない男が、魔女を討つことは可能かどうか。半日後しか視えないアルドにはわからないが、刹那的なことが好きな彼にとっては、それもまた娯楽。
「ま、あんたの魔法があれば大丈夫だろ。せいぜい魔女退治頑張ってくれよな」
城の食糧庫にあるワインを持ってくるだけじゃ、アルドは靡かない。その大元ーー生産者を持ってくるくらい、永続的に特産ワインを供給してくれるぐらいじゃないと。
アルドは、くすんだ金髪の男を横目で見た。
「な、指名手配犯さん?」
やっぱりこの人で中編おしまい。後編に続きます。




