おめでとう。君も立派な
ちょっと長いです。
だっせえ。
俺のイケてる面が台無しじゃねえか。なんだこの善人面。
鏡から目を離す。
「おい、兄ちゃん。俺の体どこやった?」
「激流に落ちた時にバラバラになったんじゃない? 君の記憶が確かならさ」
本をぺらりぺらりと捲りながら、済ました顔で答える兄ちゃん。驚いたことに、この兄ちゃんは宰相様らしい。見たところ二十歳過ぎってところか、そんなに人材がねえのかこの国は。
兄ちゃんが説明してくれたことによると、この国は四年前に火事になって、あの悪食王が死んで、その娘……俺の死んだ二年後に生まれた娘が、今現在の君主らしかった。
「そんで? 俺に何をして欲しいんだ?」
わざわざ俺を生き返らせたからには、何か目的があるはずだ。そうやって訊けば、合格とばかりに頷かれる。人の神経を逆撫でするプロかこいつは。
そのプロは、明らかにやばい光を瞳に灯しながら言い放つ。
「うん、とある事件の“引き伸ばし”をして欲しいんだ。端的に言えば……とある人物を、殺して欲しい」
亡霊であるはずの君がね、とか付け加えながら。
壁に描かれた輪は、一定の太さがあるが、不思議なことに、表も裏もなかった。
始点を決めて輪を辿れば、必ず同じところにたどり着く。しかも、全部の道を通った上で。
「『アッカディヤの魔術儀式』には条件がある。その者が死んだ場所で、その者が死んだ二百年後に、その者の血を引く者を呼び水にする」
王都の宿にて。
日中降っていた激しい雨も止み、やっと日が差してきたと思ったら、もう夕方だ。照明に火を灯す。
ミュールが写真に撮ったものを手帳に書き写しながら、ルクレールはそれを復唱した。
「しかし、病死の者が必ずたどる、病死という運命は変えられない。しかし、捻りを無くしてしまえば、その者は転生できない」
結論。『アッカディヤの魔術儀式』は、完成し得ない信仰の範疇である。
と、いうのが、資料も何もかも持ち去られていた荒屋で、トウェル王がわざわざ残してくれていたメッセージである。
ルクレールは、レトネアの海で経験したことから既に知っていた。
ブラフにブラフを重ねるトウェル王。その性質からして、わざわざ残すということは、この不思議な輪の情報は見られてもいいものだということを。
つまり……『アッカディヤの魔術儀式』は、ここに書かれている方法以外で実現するのだ。
「ただいま帰りました〜」
間延びした声が聞こえ、ミュールが扉を開けて入ってきた。
ルクレールは手帳から目を離し「おかえり」と言った。目を見開く。
「なんだ、その紙」
「あ、この紙ですか?」
ミュールが抱えている紙袋には、様々な食材。野菜から果物までたっぷり詰め込まれている。そこに、薄い紙が丸めて挿してある。
「号外だって、新聞社の方がくれたんですよ。なんでも、十二年前行方不明になった犯罪者が、姿を変えて現れたらしいですよ」
「へえ、なになに」
その紙を抜き取って、ルクレールは号外を読む。
「自分をラフト・バリエスタだと騙る二十台の男が、殺人事件を起こした、ねえ。ん? この被害者と加害者って……」
怪物は、化け物は、存在する。
それは、傘を差し、つまらなさそうな表情を浮かべて、一連の行為を見ていた彼である。
「これだからダグラスはダメなんだ。まともなのは元外務大臣だけ」
腹から血を流しながら、ユリズが毒づく。我に返ったブランは半狂乱で、ユリズの傷口を両手で塞いだ。
どくどくと流れる血は止まる気配がない。ブランの指の間を勢いよく流れていく。降り頻る雨が作る水溜りが、赤く赤く染まっていく。
ブランは、彼に向かって叫んだ。
「なんで、なんでっ……宰相、貴方は、舞踏会の少女の正体を知りたくないんですか!?」
「知りたいよ。だから今度は、自殺される前に、拷問に掛けようと思って」
ぞっとするような冷たい瞳。ブランのことを歯牙にも掛けずに、ガウナはユリズの前で跪いた。
ぱちん、と指を鳴らせば、彼の掌には炎が灯る。その炎は、この雨の中でも消えることがない。
「さて、クリード内務副大臣。殺されたくなければ答えてください。“彼女”の正体は?」
前髪を掴まれ、炎を近づけられたユリズは、口の端から血を流しながら、呻くように言った。
「それは、私の出した条件をクリアしてからだよ」
「もうすぐクリアしますよ。全ては貴方が悪いんです。望み通り、貴方がオリヴァー監察官を殺したことにします。良かったですね」
「で、ここに、この子を、連れてきた意味は?」
「さあ、どうしてでしょう?」
「すっとぼけやがって……お前は、本当に、あいつにそっくりだ……反吐が出る」
がつっ、と重い音がした。ガウナが、ユリズの顔を靴底で蹴ったのである。
「質問に答えてください。くだらないお喋りをしている間に死にますよ」
「へなちょこな蹴りだ。そこは、あいつと似てない……」
「思い出話をやめろ」
再び重い音。項垂れるユリズを抱きしめて、ブランは懇願した。
「か、顔を蹴らないで! 舌を噛んじゃいます! そうしたら、ふくだいじ、父から、少女の情報を訊けなくなります」
「守られてばかりで、何も返せてない奴がよく言うね」
「っ……」
「君は所詮ゲームの駒だ。黙って伝言係を務めてれば良かったものを」
底冷えのするような瞳が、ようやくブランを捉えた。そんな瞳を、嘲笑う声が、響いた。
「くくっ、あははははっ、君は本当に、愚かだねえ、ガウナ君。どうして、そんなに、自分に、不利に、働くことばかり、する、んだい?」
「眉毛焼きますよ、副大臣。いや、体全部をこんがりと」
「焼きたきゃ、焼けよ。私の、死体は、残さなくちゃ、意味がないだろ?」
舌打ちが降ってくる。ブランの身体は、情けなくもがたがたと震えた。
「一丁前に、僕と渡り合ってるつもりですか?」
「ただの、一ぱん人と、私、だったら、私のほうが、良いゲームあいてに、なる」
「……はっ」
馬鹿にしたような笑い。
「貴方は、ゲーム相手にはならない。僕のゲーム相手は、ジルト君だけだ」
「こっ、かい、を?」
「こっかい? 告解か? どうして告解する必要がある? 僕が告解するのはあの子だけだ……さて、副大臣。答えてください、あの子の、正体は?」
ユリズが口を動かす。たぶん、それは否定の言葉だ。でも、声に出ていない。それくらい、弱っている。
ーーごめん、ジルト君。
心の中で謝って、ブランは、きっとガウナを睨みつけた。
「私も彼女の正体を知ってます! だから、拷問するなら私にしてくださ、」
「そうか。なら、もういいね」
にっこりと微笑み、ガウナはそっと傘を閉じ、ユリズの腹の傷口を、鋭利な石突きで、抉った。
「……え?」
「やっぱり知ってたんだ。じゃあ、もう用無しだね」
ゆっくりと、人形のように、崩れ落ちるユリズを見て。
決定的な一言を言ってしまったのだと、わかった。
コーヒーの時と同じ。ユリズがガウナの気を引いていることもわからないで、勝手に先走って。自分は、自分は!
「とうさ……」
「だから、言ったろう?」
手が震える。視界が真っ暗になる。どこか遠くで、ガウナの声が聞こえる。
「指を咥えて見ているんじゃ、僕みたいになるって」
「……ひっ」
藍色の眼が、じっとブランを見つめていた。それは、まさしく同類を見る目である。
「さて、ブラン・ルージュ秘書官」
ブランは、右手を握っては開き、握っては、開いた。消えない。柄を握った感触が。養父を刺した感触が。
魔女は咲った。
「おめでとう。君も立派な、恩人殺しだ」




