三つの真実
ガウナが口にした冗談のような言葉に、しかしクレイは半眼で言った。
「くっだらね。
『アッカディヤの魔術儀式』は、外法も外法。そんなので非戦派を説得しようとしたら、お前の人格が疑われるぞ」
「突然オカルトに狂った宰相として、後世まで語り継がれるに違いないね」
期待通りの反応を得られたことに満足しながら、ガウナはクレイの言葉に頷いた。
そう、だから彼も、“聖剣”なんていう表面上の理由を用意せざるを得なかった。だから、“聖剣”の真偽なんて彼にはどうでもよかったのだ。
同じ立場になったからこそわかる。
レトネアの海で、ガウナの家族を皆殺しにした男は知っていたーー死者蘇生の外法、『アッカディヤの魔術儀式』を。
貧民街に居を構える変わり者の当主は、ジルトの言葉に首を捻った。
「聖剣なんて、実は無いんじゃないかってこと?」
「そうだ。正しくは、どんな奴でも殺せる聖剣なんてない」
勝手に部屋に入ってきてくれて助かった。いや、勝手に部屋に入ってる時点で困るけど。
ブランとの情報交換を終え、今度マティス・ウィリアムの写真を持ってくる約束をとりつけたジルトは部屋に帰り、当然のようにいたチェルシーに脱力した。
が、いい機会だからと訊いてみることにしたのだ。「あの公爵が持っていた聖剣は、本当に聖剣なのか」と。
クライスと聖剣。ガウナが所有する武力と魔法的な力。その二つを思い浮かべた時、ジルトの中でとある記憶が弾けた。
『私は寝取られが一番嫌なんですよっ!! なんでよりによって、王家の血を引く者となんですかっ!!』
いや違う、そうじゃなくて。こめかみをぐりぐりと指で揉み、ジルトはチェルシーに言う。
「あの聖剣、結局あの場では使われなかったけど、使われてるところを見たことがあるんだよ」
「へ!?」
チェルシーが青緑色の目を見開いた。
「ど、どこで!?」
「王城で。訳あって、クライスさんと、ミュールさん……俺の母さんの元部下? だった人が戦ってたんだけど、その時に。クライスさんが投げた聖剣をミュールさんが剣で弾き飛ばしてたのを、思い出したんだ」
「弾き飛ば……!?」
チェルシーが「信じられない」と呟いている。
「聖剣は、どんな人間でも怪物でも殺す魔剣だ。投げたとはいえ、ミュールって人が無事だったのは、たしかにおかしい。いや、待てよ。あの膨大な魔力量、あれはどちらかというと外付けだ……それなら、ギリア王の時のあれは……」
チェルシーは顎に手を当て、ぶつぶつと呟いた。
「偽物にも魔力は宿ってた……だけど、アイツの持ってる“聖剣”の魔力は段違いだった……だから私は、アレを“聖剣”だと思ったんだ……そう、偽物よりも強い魔力量を秘めていたから」
「お前の持ってた奴と比較して、なんだな?」
チェルシーが頷き、青緑の瞳が熟考に染まる。
「もしかしたら、魔法使いの子孫が言ってたこと、本当なのかも」
彼女も同じことを考えていたようだ。ハルバの兄、レオンが言っていたことを思い出す。
『最初は、本当に純粋な気持ちを持っていたのかもしれないですよ? わるい心だけを取り除く魔法の剣。それが、百万人の魂を吸って魔剣に変化したのかもしれません』
もしかしたら、もしかするのかもしれない。
「持ち主を狂人に変える魔剣。そんなものは存在しなくて」
「ただ魔法使いの善意だけでできた聖剣が、存在するのかも」
ジルトとチェルシーは顔を見合わせ、力強く頷いた。
「アイツの足元、崩せるかもな」
一方、内務省に戻ったブランは、ユリズにジルトとのことを報告。マティス・ウィリアムの名前に、ユリズが眉をぴくりと動かした。
「警邏局には、三日のうちに欲しいと言ったんだね?」
「はい」
「それは良い判断だったね」
席から立って、ユリズは歩き出した。副大臣の執務室を出て、長い長い廊下を歩く。
「どこに行くんですか?」
「警邏局。の、“資料室”だよ」
副大臣ともなると顔パスらしく、いとも簡単に資料室の鍵を渡してくれた。
ユリズとブランは、地下への階段を降っていく。階段を降りがてら、ユリズがブランに説明してくれる。
「これから行く“資料室”には、未解決事件の資料が眠っている」
「み、未解決事件?」
「ひょんなことから、解決することもあるからね。別の窃盗事件の犯人が、恐ろしく残虐な殺人犯であることもある。だから、手口や犯人の特徴その他を照合するために、細かい資料を“資料室”にとっておくんだ」
「ちょっと待ってください。“未解決事件”って、スピレード元内務大臣のアレリア監獄襲撃から、一ヶ月も経ってないですよ!?」
それですぐにお蔵入りなど、見捨てるのが早すぎないか。ブランがそう言い募ると、ユリズが重々しく頷いた。
「……そう、それにもかかわらず、マティス・ウィリアム失踪事件は、“未解決事件”とされたんだ。考えてもみなさい。市井にマティスの脱獄は知らされたかね?」
「極秘裏に、調べられているのみです。でもそれは、余計な混乱を与えないように、と」
「表向きはね。本当は違うんだ」
「?」
扉を開ける。そこには、黒髪の男がいて、暇そうに欠伸をしていた。なんだかやる気のなさそうな男だ。
「よっ、狸ジジイ。元気してた?」
「君こそ、捕まってるというのに余裕そうだね」
「つ、捕まってる!?」
男の右手首には手錠。その目の前には、大量の写真が置かれていた。
「あはは、びびってやんの。心配しなくても、俺はしょっぼい罪で捕まっただけだからそんなに怖がらなくてもいーぜ?」
「予知によるイカサマはしょぼくないと思うけどね」
予知。そしてこの黒髪。男の目は濁っているが、たしかにあの一族の色をしている。
「紹介しよう。“資料室”の主、アルド・ファリエ君だ……今世間を騒がせている、ダグラス家の傍流だね」
「そして、二番目にすごい能力者だ」
「じ、自分で言った……!」
自信満々なアルドの言葉に慄きつつ、だんだんと、ブランは理解していた。
「もしかして、その写真……」
「そ。犯罪者どもの写真だよ。俺は写真と、奴らの名前だけで、そいつがどこにいるか知ることができる。だから、ココでこき使われてるってわけ」
そんな万能な男がいながら、マティス・ウィリアムの失踪事件は、“未解決事件”に分類されているのだ。
ブランは、ごくりと唾を呑んだ。
ユリズが進み出て言った。
「マティス・ウィリアムについて、もう一度視て欲しいんだ」
それにアルドは溜め息。じゃらじゃらと右手首の手錠を鳴らす。
「完璧な俺様が間違えるわけねーだろ? 何度視たって同じだよ。
マティス・ウィリアムはもうこの世にいない。だから、市井を無為に怯えさせることもない、ってな」




