欲しいもの
葬儀の時にキレていた理由です
さて、ジルトに差し向けるにあたり、ユリズとブランどちらを選ぶかは、ガウナの中で明白であった。
断然、ブランである。接していてわかったが、身内以外には冷血漢なユリズよりも、おそらく夫人の“良心”を信じ、ナイフを墓場に置いてきたブランの方が、今回のゲームに向いている。
『魔女の信徒』の場所をジルトに知らせることになってしまうが、まあ良い。事件が“解決”する頃には、皆死んでいる。
「それにしても」
王城。執務室の自分の席に座りながら、ガウナは上がってきた報告書を読んだ。
それは警邏局から上がってきたものであり、今回の件とは別件である。
ガウナは、眉間に皺を刻んだ。四年前。セント・アルバート学園の卒業生が、密かに寄せた陳情。王宮の地下で、たくさんの人々が死んでいたという……。
「やっぱり、学園に圧力をかけるべきかな」
呟き、ガウナは書類を燃やす。四年。白骨化するには十分で、完全になくなるには不十分な期間だ。
卒業生が寄せた陳情は、『王宮の地下を調べて欲しい』というものだったが、それは当時の暫定政府ーーガウナとリルウが就任するまでのわずかな間に機能していた政府が、握り潰した。
彼らが恐れていたのは、ガウナの悪事が露見することではなく、トウェル王の醜さが露見すること。
火傷を負いながらも死ぬまで民のために、そして亡き王のために政を回した彼らに、ガウナは感謝せざるを得ない。
これを理由として学園に圧力をかけるのは、ガウナが「犯人です」と名乗り出るようなものだから、心のうちに留めておく。
その卒業生が知っているということは、つまり、エベック・クレア学園長も地下の死体を知っている、ということになるからだ。自分からボロは出せない。
だが、相手がどの程度知っているかは把握しておきたい。植樹祭で希望を説いた彼の心は、どこにあるのかを問いたい。
それとは別件というか、本題もあるので、学園にはとっかかりが欲しいのだが。
懐から写真を取り出す。どこかの灰色の髪の少年に、ストレートに罵られた行為だ。
遠くから撮られた写真だから細かいところまでは見られない。セント・アルバートの制服を着た金髪の少女が、そこには写っている。どことなく着慣れないような感じが愛おしい。あの時も、あの時も、彼女は靴に、服に翻弄されていた。
彼女の制服のリボンは青色なので、二年生であることはわかっている。それ以外はわからないから、困っている。
「早く会いたいなあ」
会って、肩を抱きながら話したい。どんなに自分が彼女を愛しているか、彼女のためなら人をどれだけ殺せるか……。
ガウナはそこで、自嘲した。
葬儀の時、苛つきながらされた問いはきっと、自分の本質を突いていた。
『貴方は、魔女でありたいんですか? それとも、魔女でありたくないのですか?』
「僕は魔女でありたくない。だけど、魔女なりの愛し方しか知らないんだ」
性格が悪い男が言った通り、それが答えだった。
ずっと思っていた。どうして自分なんだろう、どうして魔女に関心を持てない自分に、魔女の声が聞こえるんだろうと。
妹だったら良かった。先祖代々の使命を守るために、己を犠牲にする父だったら良かった、祖母だったら、祖父だったら……遠い血筋になるけれど、母だったら……。
魔女でさえなかったら、暗闇に放り込まれることはなかった。畜生以下の生活を強いられることはなかった。
そして……彼女と出会うこともなかった。
要はそれだ。“運命”の代替として、ガウナは彼女のことを愛している。魔女であることのご褒美が欲しい。
言葉で共感してくれなくても良い。あの綺麗な瞳が、全部全部赦してくれる。舞踏会の日、二人で星空を見上げた時、彼女はガウナに殺意を抱いていただろうけど、それすらガウナは幸せだった。好意を持たれるよりもよっぽど。きっとそれは、魔女の呪いなんだろうけれど。
「僕の歪みを受け止めてくれるのは、君しかいないんだ。僕には、君しか」
あのとき、ガウナが少年の言葉を否定できなかったのは、自分が感じていたことだからだ。
……自分が欲しいものを、少年がチェルシーに与えていたからだ。
『誰と見るかで違ってくることもあるんだ。だから今度は、俺と見に行こう』
心底羨ましかった。歪んだ世界を一緒に見てくれる目が、柔らかな声が。
絶対に自分に向けられることのない好意が。
写真を握る手に力が入り、ガウナはふう、と溜め息を吐く。
少年の瞳は、少女の瞳と同じだが違う。少女の瞳は、唯一無二のものでなければならないからだ。似ているところがあるとすれば、それは……。
今からあの瞳が見られると思うと、ガウナの心は歓喜に包まれる。そのためにも、早く、早く。
「三日なんて言わずにさ、早く写真を視てもらいたいよね」
期待通り、ブランは優しさを発揮して猶予を設けた。けれど、三日は長すぎる。
ガウナは鼻歌を歌いながら、以前カルキを収容していた地下牢への階段を下っていた。
「楽しそうだな、腐れ魔女」
地下牢には一人の少年がいて、膝を抱えていた。十にも満たない少年の名前は、クレイ・ユーフィット。
現在勾留されているレイデス・ユーフィットの一人息子であり、ジルトと行なっているゲームの人質、そしてガウナの客人である。
「やあ、クレイ君。いや、偉大なるアッカディヤの始祖様。僕たちに隠していたことは、思い出したのかい?」
クレイは首を振る。
「『思い出したとしても、魔女に話すことは何もない。私たちの願いの結晶を、あんな邪悪なことに使うとは』だってさ」
「この前から始祖様、魔女の悪口しか言ってなくない?」
「おかげで俺の脳内もパンクしそうだ。どうしてくれる」
「それならとっとと、ほんとうの『アッカディヤの魔術儀式』について教えてくれよ」
クレイは、呆れたように言う。
「お前は魔女じゃないんだろう。英雄を求めているわけでもあるまいに」
「求めるものがあるから言うんだよ。なんなら、ガワだけでも良いよ。ガワさえあったら、あとは厚塗りしてお出しするだけだから」
「どこに?」
「もちろん、非戦論者の愚か者たちにだよ」




