戦争とゲーム
ジルトのこめかみには、青筋が浮いていた。
「上ッ等」
口元はひくつき、草色の瞳は据わっている。
「あんの公爵、やっと本性を表したな」
「あ、あくまで可能性だから! 可能性!」
ブランは慌てて言うが、ジルトは首を横に振った。
「いや、今までがおかしかったんです。視界をうろちょろする俺を殺さないのが。それが今回、ゲームとやらにかこつけて俺を殺そうとしていると考えると、納得できる」
その言い方に、ブランは「あ、これだめだな」と思い、その前提で話を進めることにした。同時に、殺されるかもしれないという恐怖を抱え、なおもまだ生きている同志を励ますつもりで、提案してみる。
「でも、君が例の少女だと言えば、さいしょ、公爵も命は助けてくれるんじゃないか?」
「…………は?」
その顔は、ブランの後のトラウマになった。
「あの公爵に命乞いしろと?」
「……そうなるね」
だが、ブランはあくまでも内務副大臣秘書官である。体勢を立て直し、ジルトの低い低い声に応じた。
「私が見るに、君、というか舞踏会の少女は、彼の中でいちばんの事柄だ。実際、副大臣がそのカードを切った時の効果といったら凄まじかった。あのアウグスト公爵が、すんなりこちらの条件を通してくれたんだ」
「あの男は自分の“良心”とやらに幻想を抱いてますからね」
ジルトもそれは認めているようである。が、いかんせん目が怖い。
「仮に、俺がその少女だと話しても、自棄を起こすだけだと思いますよ。幻想は幻想のままにしておいた方が良いです」
なるほど、それも一理ある。カードを伏せていた方が、期待も高くなるというわけだ。
「それより、マティス・ウィリアムの写真とか、ありませんか?」
「ああ、たしか内務省にあるはずだ。どうして?」
「ハルバの力を借りて、マティスの現在を視てもらおうかと思って」
ハルバ。
このたび外務大臣に就任した、レオン・ダグラスの弟の名前だ。そういえば、ジルトの側には予知能力者もいるんだった。心強いことだ。
「姿と名前だけわかっていれば、予知が可能らしいので。よかった、どこにいるかもこれでわかります」
「そうだね、これほど頼もしいことはない」
ブランも同意する。が、胸中には疑念が渦巻いていた。
あまりにも、ゲームとやらが上手くいきすぎる。
リルウが言うには、ハルバが予知できることを、ガウナは知っているらしい。加えて、警邏局を傘下に置く内務省のブランを、わざわざ接触させた意味は。
ーーこのゲームは、もしかして。
ぞわぞわと、背中を虫が這っている。ジルトにマティスを、いや、マティスにジルトを近付けてはいけない。そんな予感がした。
「ルージュ秘書官?」
「……いや、なんでもないよ。写真、少し時間がかかりそうなんだ。一週間後でもいいかな?」
「一週間後だと、遅いんです。なるべく早くしてほしいんです。じゃないと」
その続きは口に出されなかった。が、ブランはその表情から察した。
ーー脅されてるな。
じゃないと、毛嫌いしている男とのゲームに乗る道理がない。
「……わかった。三日くれ。三日のうちに用意してみせるから」
「三日のうちに、事件が“解決”してしまったら」
「誰かが死ぬのかい?」
「……」
当たりだ。ブランはため息を吐く。
「大丈夫、保証しよう。三日だけじゃ事件は“解決”しないよ。私の首を賭けてもいい」
「な、なぜ?」
これは、君を勝たせる前提のゲームだからだ。
とは口に出さず、ブランは笑った。
「うちの敏腕上司が本気を出すからさ」
不安を残しつつ、ジルトはブランを通して、リルウからの情報を受け取った。
魔女は殺せば殺すほどに強くなる。だから、ガウナは施療院を焼き、ノーデン・ヒュラム陸軍参謀を殺し、そして戦争を起こそうとしている。
「戦争で不安を煽り、『魔女の信徒』の信者を増やす。“赤い絵”で信者を一気に殺し、力を得る……らしい」
自分でも信じられないという顔をしながら、ブランが説明してくれる。
「そうか。表面上戦争を進めてるのは、そういう理由があったんですね」
「だが、戦争をしても、勝つのは公爵側だとリルウ陛下はおっしゃっていた。それほどに、魔女は力が強いそうだ」
『まあ、脅しになってるなら良いんじゃね? あの公爵、意外と自己評価低いから』
葬儀の後の、アントニーの言葉が蘇る。彼が濁していたのは、このことだったのだ。
ーーじゃあ、師匠は?
リルウは戦争を、望みの薄い最終手段として考えている。レオンは積極的に戦争をしたい、だが、それもお伽話が嫌になってすべてをなかったことにしたいという願いからだ。あの不思議なお姫様は、おそらく戦争推進派というか、戦場で暴れたいのだろう。
それではセブンスはというと。お姫様をけしかけて魔法を習得させたところは、戦争のやる気を感じさせるが、わざわざガウナの前でそれを披露して、脅したところからして。
「ジルト君?」
不意に笑みを作ったジルトに、ブランが不審そうな顔をする。
「すみません、ちょっと嬉しくて」
あの人に、勝算があるのかないのかはわからない。けれど、少しだけ心の中がわかった気がする。
ーー師匠は師匠なんだな。
少しだけ、心が軽くなった気がする。
ばたん、と扉を閉めた。
ーーまったく、これだから老害は困る。
ため息を吐きそうになるのを堪えて、無駄に広い廊下を歩く。敵兵が隊列を組んで通れそうな廊下だ。守るのには向いていない。
ーー城に罠を仕掛けようという案は却下された。ここまで来れる人物はいないだろうからと。そのような驕りが、敗北を招く。
不満は噴出するばかり。だが、それを表に出しては、姉様の遺志を全うすることはできない。
姉様のように大股で、姉様のように風を切り。
ーー太陽に焼かれる無力な生き物ではなく、太陽を喰らい返す絶対的な王者に。
そう。
「あら、ラミー。またお父様に案を却下されたの? 懲りないわね」
馬鹿にしたように笑ってくる平和主義者の。
「そうですな! 城を守るくらいならば、領地の一つでも落としてこいと言われてしまいました!!」
喉笛に、噛み付くために。
『小さなお姫様だけに教えよう。僕の国には、こんな御伽噺があってね……』




