切るべきカード
売り飛ばされる主人公
四年前の火事は、試される機会でもあった。
逼迫した医療、空の食糧庫。
人々は、優先順位をつけざるを得なくなった。
肌が焼け爛れ、のたうち回る人に火をつけ……市場では動物の肉と称した物が売られ……。
だから、ユリズは、切るべきカードをわかっている。
「墓場には、靴跡が二つあった。夫人のものであろう比較的小さなもの、そして、おそらく成人男性のもの」
ユリズを脅すふりをしてブランにコーヒーを掛け、まんまとその靴跡を確認したガウナは、ゆったりと微笑んだ。
「僕は夫人に会って、オリヴァー監察官が殺されるまでのあらましを聞きました。彼がなぜか、草の上を歩いてきたことも、ばっちりとね」
残念、ブランの願いは、ガウナが夫人と接触した時点で絶たれていたわけである。
「貴方が自分を死体遺棄の犯人だと言った時点で、そして、ルージュ秘書官がそのことを知らないと言った時点で、疑念はありました。なにせ、貴方はその時、何も知らないはずのルージュ秘書官の方を見もしませんでしたからね」
ユリズは苦笑した。「馬鹿」なのはユリズも同じだったということか。
「反応を見ようとしない。そのことで考えられることは二つです。一つ、ルージュ秘書官は、貴方が死体遺棄したことを知っていた」
人差し指を立てる。
「二つ。僕の注目を、ルージュ秘書官に向けさせたくなかった……なぜなら、彼こそが本当の死体遺棄の犯人だから」
「お手上げだよ」
言って、ユリズは両手を挙げた。反対に、太眉を下げた。
「コーヒーを向けられた時から嫌な予感はしてたんだ。もっと無様に喚けばよかったなぁ」
「ええ。貴方は僕に皮肉を言って、自らコーヒーを被ろうとしていましたね」
「あのコーヒー、冷めてたことを知ってたからね。別に被っても良いと思ったんだ」
「ルージュ秘書官の靴跡を見られる損失と比べて、ですね」
ーーああ、そんなに不安そうな顔をするな。
二人の会話に蒼白になったブランの方を、今度こそ見て、ユリズは穏やかに笑った。
「どうしてそこまでして、彼を庇ったんですか?」
「四年前に拾った、義理の息子だからだよ」
「義理の息子?」
ガウナが首を傾げる。当然だ。何か訳がありそうな彼のために、届出はしていないから、知らないのも無理はない。
「私の“良心”だよ。少々迂闊なところがあるけどね」
そのぶん、ユリズにない、好ましいものをたくさん持っている。
「……羨ましいな。“良心”を拾えるなんて」
空っぽの瞳で、ガウナは呟いた。
ユリズにはわかっていた。自分にないものを求める人の性、彼が舞踏会で見せた笑顔。それが彼にとって、どんなものより大切なことかを。クリード夫妻にとっての弱点と等しいことを。
……だからこそ、利用できるのだ。
見ず知らずの少年と、愛しい義理の息子を天秤にかけるとしたら。
「ところでアウグスト宰相、舞踏会で貴方と踊っていた、可愛い少女の正体はわかったんですか?」
ユリズは間違いなく、少年の方を殺す。
まさか“彼女”の話をされるとは思わなかった。ガウナは目を見開く。
「彼女の正体を知っているんですか?」
既にお互い、口調は砕けていた。お互いに譲れないものがあることを、認識していたからだ。
ユリズの「かかった」という顔は不快だが、前のめりにならざるを得なかった。
「だいたいの見当はついてる。意地悪な先輩達は、君の恋路を邪魔しようと、彼女の正体を教えてくれなかったようだけど」
意地悪な先輩達。その言い方からして、ガウナの恩人達のことを指すのだろう。スピレード元内務大臣に、ダグラス元外務大臣……そして、未だ行方知れずのくすんだ金髪の持ち主。
「それで、彼女の正体は?」
「驚くほど食いつくな……それを教えてしまったら、取引にならないよ。今から条件を言うから、黙って聞いててくれないか?」
やっぱりその眉毛を焼いてやろうか。馬鹿にしたような顔のユリズに、ガウナは密かにそう思った。
「条件は二つ。『ユーフィット醫院』の告発後における内務省の平和維持、そして、事件の犯人が夫人と私であるのを偽装すること」
意趣返しと言わんばかりに指を二本立てるユリズ。想定内だ。麗しき親心に反吐が出そうになるが、これで彼女の正体がわかるなら安いものである。
そんなことを思っていると。
「ところで宰相殿。一つ教えてもらっても良いかな?」
「何でしょう?」
ユリズが、そのムカつく眉毛を指さした。
「君は、私の眉毛を焼く手筈が整ったと言っていたけど、火は怖くないのかい?」
「……は?」
急に何を言い出すかと思えば。
ガウナが唖然としていれば、ユリズが続ける。
「私は怖いよ。四年前のことは、よく夢に見るんだ。あれは地獄だった。“焼く”なんて、安易に口にできないほどに」
「……」
「今度は、私が、推理を披露しても良いかな?」
弱点を暴いたとしても、彼は彼だった。いつもの嫌味はなりを潜めているが、その分恐ろしい。
「……なあんてねっ」
途端にユリズが明るい声を出す。流石に口に出すのが憚られたのだろう。
「君が火を恐れないのは、あの地獄を作った張本人だからとか、そんなことあるわけないよねぇ」
言った。全部言いやがった。「なあんてね」は何だったんだ。ガウナは口元をひくつかせた。
それを面白がるように、ユリズはにこにこと狸の笑み。あまつさえ。
「ジルト君と共同戦線張っちゃおうかなぁ。君のことを恨んでいるドラガーゼ公爵家の直系を神輿にして、現王家のことを訴えさせようかなあ」
その名前が出てくる始末。おまけに彼の素性がバレている。
この人は、一体何枚カードを持っているんだろう。
ーーよくも四年間、僕は無事でいられたな……。
ガウナは密かに慄いた。
とはいえ、それは的外れな脅しである。むしろ願ったり叶ったり。なにせ、内務省には警邏局があるからだ。
ガウナは頷いた。
「そうですね。彼とはゲームをしている最中なので、接触してくれるとありがたいです」
「ゲーム?」
「そう、ゲームです。ね、ルージュ秘書官」
「は?」
蚊帳の外だったブランを会話に放り込む。
「指を咥えて見ているんじゃ、僕みたいになりますよ。貴方の死体遺棄が発端なんですから、隠蔽に協力することくらいはしてください」
「いえ、私は……」
「自首するなんて、つまらないこと言いませんよね?」
「……」
「うまくいけば、クリード内務副大臣も助けられるかもしれませんよ?」
顔を上げるブラン。呆れ顔のユリズ。
「君さあ、ジルト君の前でもそんなんなの?」
「そうですね」
「絶対嫌われてるでしょ」
「復讐を企てられている気がします」
「気がします、じゃないよね。確実に復讐企てられてるよね。じゃ、なくて」
眉間を揉んだユリズは、
「いつか絶対、後悔するよ」
不思議な一言を言ったのであったが、別にガウナには関係ないのであった。
なにせガウナが欲しいのは、彼女一人の愛なのだから。




