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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
恩人殺し(中)
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なんだこのタイトルはと思われるでしょうが床です。

取り柄といえば、磨き抜かれた白い床だけで、あとは物がごちゃごちゃと置いてある執務室。


その執務室にお越しになったのは、我らが敵対する宰相様だ。彼の爽やかな容姿は、恐ろしいほどこの場が似合わない。


ユリズは、対ガウナ用の皮肉げな笑みを浮かべた。少なくとも、ブランにはそう見えた。


「これはこれは宰相様、突然来て何をおっしゃるかと思えば。とうとう仕事のしすぎで頭がどうにかなさったのですかな?」

「そちらは仕事のしなさすぎで頭の使い方を忘れているんじゃないですか? これは宣戦布告なんですが」


部屋の温度が下がった。いつもユリズにやり込められているガウナは、その鬱憤を晴らすかのように無駄に笑顔。とんとん、と長い指で、机の上の書類を指さす。


「警邏局と行政局、相反する部署同士の戦いに巻き込まれて可哀想ですね。上に立つ人間は胃が痛くなる。いっそのこと、降りたらいかがですか?」

「争いを作ったくせによく言う。『ユーフィット醫院』を掘られて困るのは、内務省だけではない。外務も財務も関わっている。王城全体の禁域だ」

「ええ、『ユーフィット醫院』はじめ、あの時代の施設……トウェル王時代の禁域は、王城の負債です。ですから、貴方たち内務省に、全ての責を負っていただこうと思いまして」


()()を持つように手を握り、腕を水平に薙ぎ払う。ちょうど、ユリズの喉元の高さで。


ユリズがふん、と鼻を鳴らした。


「考えが甘いにも程がある。内務省だけで全てを受け止め切れるほど、あの男の創った闇は浅くない」

「ええ、そうですね。人体実験のユーフィット、焚書と火刑の王総研。戦後に生み出された闇は、軍事と密接に結びつき、定着した」 


王総研の名前を出され、ブランは唇を噛んだ。自分の祖父が所長を勤めていた場所だ。


その檻のような外観と、そこで研究をする学者たちの成れの果てから、『地獄』とも評された施設。


アドレナ男爵の娘はああ言ってくれたが、王総研が負の遺産であることは、ブランもわかっている。そこから出ることのなかった祖父の葛藤と決意は、子供ながらにもわかっていた。


前に行った時に良くしてくれた学者が、突然どこかに行ってしまうことなどざらにあったのだ。


「まあもっとも、王総研は王城の土地にあったから、あの火事で皆焼け死にましたが。中にあった資料ごと、ね」


そう、あの火事は、人の命だけではなく、罪さえ焼き尽くしたのである。


「他の施設も火事で焼けてくれればよかったんですが、そうは行かなかったようですね。おかげで、亡霊のような施設に、本物の亡霊が住み着いてしまった」

「『魔女の信徒』ですな?」


ユリズの言葉に、ガウナは目を見開いた。が、頷いた。


「そう。リルウ陛下を魔女の生まれ変わりと信奉する、厄介な組織ですよ。壊滅したと思っていたのですが、卑怯なことに、彼らはゴート・アゼラという身代わりを立てたんです」


ゴート・アゼラ。王総研の生き残り。定年を待たずして王総研を辞めた……あのトウェル王に辞めることを認めさせた彼は、『魔女の信徒』の教祖に仕立てられ、火刑に処されて死んでいった。


「それにしても、よくご存知ですね。あの地下にある組織のことを?」 


疑うようなガウナの視線に、ユリズはくっ、と唇を釣り上げた。


「勿論。墓場から死体を引きずって、運河に投げたのは私ですから。

ほら、あの日、宰相殿の部屋に行ったでしょう? どの程度情報を掴んでいるか、偵察しに行ったんですよ」


ブランはぎょっとしてユリズを見た。ユリズはブランを見ることなく、ガウナから視線を外さなかった。


「ライケット君が『ユーフィット医院』に査察に行くことは、報告を受けていたから知っていた。だから跡をつけた。彼の目的はわかっていました。毎週あの時間に来る、ネリア夫人に会いに行くんだとね。それで墓場に行きましたが、結果は宰相殿もご存知の通り」


まるっきり、自分がユリズに話した内容である。ガウナがこちらを振り返る。


「ブラン・ルージュ秘書官。貴方はこのことを知っていましたか?」

「いえ、存じ上げません」 


藍色の瞳に見つめられて、ブランは気付いた。冷たい色だ。閣議で官僚たちに媚を売り、下手に出ている姿しか見たことがなかった。だから、彼の瞳がこんなにも背筋を冷えさせるものだと初めて知った。


結局、自分はユリズの背後に隠れて、頼りない宰相だなと思っていただけである。 


これで正解なのか……永劫とも思える時間、耐えかねたブランの唇が何か言葉を紡ごうとした時。 


「そうですか、では、貴方一人の暴走というわけですね?」


視線を逸らされ、ブランはほっとした。してしまった。


「ええ、最近仕事関係で悩みができたので、それを相談しに行っていた先が、たまたま『ユーフィット医院』の地下にある『魔女の信徒』だったというわけです」

「白々しいですね」


呆れたような声。あの冷たい瞳を前にして、ユリズはにやにやと笑っている。  


「ですから、私は貴方と『魔女の信徒』のつながりをわかっていますよ、宰相殿?」

「……」

「患者に嘘の証言をさせるよう、教祖に命令したんでしょう? 厄介な組織と言っているが、糸を引いているのは貴方だ。貴方は私のしたことを利用して、内務省を分裂させようとしているようですが……同時に、貴方と教祖のつながりも、そして亀裂も露呈させてしまったわけです。教祖は私のことを貴方に教えていなかったんでしょう? 王城だけでなく、あちらでも人望がありませんなあ?」

「……上司に問題を抱えているって言ってたけど、それが()のこととはね」


ガウナが溜息を吐く。


「ナイフを持ち去らなかったのは? 夫人の良心のため?」

「むざむざ証拠品を持ち帰る馬鹿がどこにいますかな?」

「運河に投げ込めばよかったのに」

「それはそうですな」

「……それは思いつかなかったんだ」


一層声を低くして、ガウナは机の上のケトルを手に取った。手のひらで温度を確かめるようにした後に、ユリズの頭上まで持ち上げた。傾けて、言う。


「まだ熱いね。これを君の頭から掛けたら、火傷ぐらいはしてくれるかな」

「実力行使ですか? これだから成り上がりは」

「待ってください!!」 


たまらず、ブランは席を立つ。ずかずかとガウナの元に歩いていき、ケトルを取ろうと手を伸ばす。


「宰相殿、落ち着いてください。副大臣は何も、貴方を脅しているわけではないのです!!」

「いや、脅してるよね……っと、手が滑った」

「へ?」


ブランが勢いよく詰め寄った為か、ガウナがケトルから手を離す。ケトルの中身が、ばしゃりと床にぶちまけられる。


「馬鹿っ……」


幸いにも、ブランの足元に少しかかっただけ。しかも、既に冷めていた。


「大丈夫ですか、ルージュ秘書官。すみません」

「え、あ、はい」 


驚くほどに落ち着きを取り戻したガウナが、ブランを心配し、かつ謝ってくれる。ブランはコーヒーの海から脱してから、靴を脱いだ。靴下までびしょびしょだ。


「絨毯じゃなくてよかったですね。シミになったら大変だった」


その言葉は、なぜか不気味な響きを持っていた。ガウナは、ブランを見つつ、実際にはその下の方を見ていた。正確には、ブランの足元を。


血の気が一気に引いた。ようやく、ユリズに「馬鹿」と言われた意味がわかった。



「床が白いのも好都合だ。お陰で靴跡が、よく見える」

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