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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
恩人殺し(中)
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分裂

いつもの部屋で、いつものコーヒーを飲んで、一言。


「やられたねえ」


ユリズは、頭を抱えて机に突っ伏す部下兼養子を見た。淡い金髪の頭の持ち主は、うんうん唸っている。


「ナイフを回収してくればよかった、いやでも、ナイフを回収したら、夫人のせっかくの“良心”が……」

「夫人も君も、“誰か”をあてにしすぎたね。戦没者墓地に来る“誰か”なんて、よっぽど奇特な人物だよ」


それこそ、犯人を別の人物に仕立て上げようとする悪意を持った人物だ。中途半端な良心を発揮したブランは、まんまと“誰か”にナイフを利用させてしまったわけである。


「ナイフに血がついていたということは、雨が降る前に回収されたということだ。ということは、当然、その人物は見ているだろうね。君の靴跡を」

「うぐっ」

「君もライケット君みたいに、草を踏んでたらいいものを。誰も来ないとたかを括って、堂々と地面を踏んでったんだろう?」


ブランが勢いよく顔を上げた。褐色の瞳は、混沌一歩手前。


「で、でも、足跡は二つだから、ナイフを持ってった人物は、オリヴァー監察官とネリア夫人だと思っているかもしれませんよ!?」

「死体を引きずっておいてよかったね。墓場から帰った足跡が二つあったらそれはもう、犯人以外の何者でもないから」

「流石に重かったので……」

「まあそれも、ナイフを持っていった人物にとってはヒントになってしまうんだろうけど。ネリア夫人ほどか弱くはないが、引きずるぐらいには屈強な大男ではない」


ブランの顔色がますます悪くなった。彼は一般的な成人男性という体格だ。今言った犯人像に、ぴったりと当てはまる。


「王城関係者でないことを祈るしかないね、ははは」

「……『魔女の信徒』の教祖も、患者の証言に関わっていると見て良いですかね?」

「そうだね。明らかに、『ユーフィット医院』を貶めるために、ナイフの人物に協力したんだろうね」

「あの教祖を、協力させることのできる人物……?」


教祖が処刑されたはずの『魔女の信徒』。王家の血を揺るがしかねない思想の持ち主を、従わせることができる人物……。表情には出さないが、ユリズの頭は既に痛い。


「一般人でないことは確かだね。『ユーフィット醫院』を邪魔に思っている人物が、今回のことを仕組んだんだろう。そして」


ユリズはブランにコーヒーのカップを向けた。


「事件を撹乱することで、君のことを誘き出そうとしている」


ブランの毛が逆立った……ように見えた。


「私を出世させようと欲をかくからだ。自業自得だね……と、言いたいところだが、これは朗報だ」

「朗報?」

「そう。君がまだ殺されていないことは、教祖が君の存在をナイフの人物に教えていないということ。まだ君は見捨てられていないということだ」

「あの教祖、金もらうときだけ露骨に良い顔しますからね。カモとして優秀と思われているんでしょう」

「とはいえ、せっかくのカモも、『ユーフィット医院』が閉鎖されたんじゃ入ってこれない。これじゃ、教祖にメリットがない。近いうちに、動きがあるかもね」


ユリズは机の上の書類を見た。乱雑に散らばる書類。

トウェル王の残していった優秀な飼い犬である行政局からの陳情。そして、何も知らない警邏局の野心あふれる報告書。


それは、踏み入ることを許されない旧時代の遺物をめぐっての、静かな戦いだった。簡単な仕事を捨ててきたユリズには、このような仕事が回ってくる。曲がりなりにも副大臣という上に立つ人物として、このことにも裁定を下さなければならな、


ーー内務省の分裂。


ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。


「副大臣?」


動きを止めたユリズに、ブランが首を傾げる。そんなブランに、ユリズは珍しく真剣に言った。


「君は私を、どうやって出世させようとしていたんだっけ?」 

「行政局がひた隠しにしている、旧『ユーフィット醫院』を内部告発、それから『魔女の信徒』を芋づる式にです」

「それだ」


だんっ、とマグカップを机の上に置く。


「ナイフの人物は、それをしようとしている」

「貴方の手柄を横取りしようとしている、王城関係者ということですか?」

「私の手柄じゃないからね、言っておくけど。そうではなくて、『ユーフィット医院』という聖域に踏み込むことで、内務省を揺らそうとしているということだ」


内部告発ならまだしも、こうして第三者により一石を投じられることで、現に行政局と警邏局で、目に見える分裂を引き起こしている。


それは、誰の味方でもない第三者の存在あってこそ。行政局も警邏局も、上の立場を計りかねているから、こうして遠回しに書面を送ってきている。


……貴方の立場はどちらですか? と。


「この状態は良くないね」


ユリズは太い眉を顰めた。そもそも二局は、絶妙なバランスで、互いの欠点を補っていたのだ。


行政局は、確かにトウェル王という史上最悪の君主の息がかかっている施設も隠蔽しているが、トウェル王の時代以前にもあった為か、純粋な軍事機密も握っている。今回の件で全ての空白地域が掘られたら、この国は終わる。


警邏局は、戦後新しくできた局で歴史は浅い。だがその活躍はめざましく、最近こそエリオット・ノーワンという裏切り者を輩出してしまったが、慣習に縛られていない組織だ。この国の良心と言っても良い。


新旧二局は、互いの領域を守りつつ発展してきた。


ブランの計画通り、ユリズが内部告発をしていれば、やりようがあった。ユリズは副大臣。どれを開示してどれを開示しないかの調整なら、いくらでもできる。


だが、一本のナイフによって警邏局が暴走した。暴走させられた。


均衡は崩れた。どちらの味方をしても、禍根は残るだろう。


「内務省卸し、ですか」

「そう。ナイフの人物が狙っているのは、“聖域”をめぐる内務省の分裂もあるんだろう。そして、分裂させて得をする人物といえばーー」


こんこん、とノックの音が聞こえ、ばたん、と扉が軽快に開かれる。ユリズとブランの視線が、一斉に入り口の方に向いた。


「やあ、ご機嫌いかがですか、クリード内務副大臣。今日は貴方に、伝えたいことがあって来ました」


いつかの事件の日の逆。こちらの領域に踏み入ってきたアウグスト宰相は、嫌味たっぷりに微笑んで部屋を闊歩。

ユリズの前に来て、びしっと指差してくる。正しくは、ユリズの顔の、上の方を。


「貴方のその鬱陶しい眉毛を焼く手筈が、整いましたので」


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